第3話 草をむしるだけだが 2


 

 自分が受け持った生徒以外と、つまり―――会話を重ねる関係になることは。

 思えば、教員生活の中でも稀有な体験だった。

 それまで、なかったことだ―――もう記憶力も、定年間近だからすり減ったがね。

 

 通常の授業で顔を合わせない方がむしろ良い。

 彼との関係は、そんなパターンなのだろうか?


「ああ、じゃあ君は二年生なんだね、イエくん」


「はい」



 当初、当たり障りのない内容から話した。

 早朝。

 環境委員会で校内清掃を任されている彼は、通常の生徒とは違うスケジュールで登校するときがあった。

 早い話が校内の清掃をする生徒たちで。

 多くの生徒が校門を通ろうとする時間が、ちょうど彼と話がはずんでいるときだった。




 どちらかというと私が口数多く話していた。

 最近のテレビで知りえた話、世論を集めた事件に始まり、私の息子夫婦との関係や私の愚痴など様々だった。

 愚痴のつもりもない、本当に近況報告のような吐露。

 朝露で光る草を眺めながら。

 

 

 孫がいるために、息子は私に構ってはくれなくなった。

 寂しいんだようというような絡み方をした。

 なるたけ、学校外の話をする―――。

 そうして、いえくんの警戒を解くことに成功した。

 

 家足、だから家クン。

 正しい読み方は知らん……私が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 


 彼も彼で、ははは、と乾いた笑いで流してくれた。

 草むしりの合間に、週に何度か……顔を合わす関係となった。

 今日のような金曜日の早朝、それか月曜日、水曜日の昼休みが基本的なルーティン。



 決して明るい性格ではなかった彼ではあるが―――言葉を交わし、私は孫と会話するときのような充足感を味わっていた。

 どこかでいずれ話さなくなるような、適当な関係のはずだった。


 彼だってこんなおじさん教師と長話することを、本当は望んでいないだろう。

 いくらでも同じクラスで、声をかける相手は選択できるはずだ。

 委員会だから仕方なく付き合ってくれているのだろう。

 草むしりで出会った二年生の彼は、バシバシ、と草を花壇の端のレンガに叩きつけ、土をはたいた。



「つまりぃ! つまり顔がいいキャラが並んでいれば、それをいいマンガだと勘違いしているんですよぉ、やつは」



 ある特定の話題になるとき、彼の声は激しさを増した。

 表情豊かで、このような敏活びんかつな一面もあると知ると、面白さを感じた。

 テンションの起伏が激しい。



「まぁーRANSENは絵がいいからわかるけどね……どうしてもそっちから見ちまうけど―――あの作者はあのっ……シーンのキレを、ですね……取り戻すべき!なんスよ。最近どーもマンネリっていうか―――あれだったらむしろ三巻までのさ。わかります?―――絵がめっちゃ下手だった頃の時の方が良かった!」



 その話題を話し出すと、なかなか彼を止めるのは困難だった。

 鳥を連想させるような、甲高い調子になるときもあった。

 私が一方的に語りかける展開を、当初は予想していたのだが(今までの男子生徒は大体そうだった)、これは意外だった。

 湯水のようにでてくる、今読んでいるマンガの話―――。



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