第2話 草をむしるだけだが
「はぁ……」
その子はテノールで唸った。
左右の目の開き方が違う―――涼しく暗い草陰にしゃがんだままの彼は、私を訝しんでいると思われた。
やや頬骨が張っていて、
先ほどの―――ただ草むしりする彼は、むしろ癒されるような印象を受けたのだが。
教師からの呼びかけにどう反応しよう、無下に断れるわけもない。
そんなことを考える。
とっさに場を和ませるべく頬を吊り上げてみる。
私が引き起こした緊張だ。
悪いねえ―――ばつが悪くなる私であった。
目が泳いだ。
この中庭には池があり、睡蓮の円型葉と白い控えめな花をしばし眺めた。
水面で円型がいくつも生まれている―――。
まとわりつく熱気にも負けず、
兎に角。
話しかけはしたが叱るつもりはない……少年から誤解を解かねば。
私も少年と同じように―――すなわち校舎の清掃活動に取り掛かる。
並んだ二つの影を、しばし眺めた。
「いや、いや……綺麗にしてくれてありがとうよ、いつも」
草むしりを黙々と続けていた彼の仕事をねぎらう。
呟いた。
あからさまに仕事をサボる生徒も経験上はいたが、彼はそうではない。
「別に、俺のやり方が悪かったら、そう言ってください………ま、係ですから」
もはや引き攣るような表情で少年は言って。
「……笑っていましたか、俺は」
そう見えたよ。
「仏頂ヅラだって言われますけどねー」
ほっといてくださいという態度だった。
手は作業に戻り、地面を睨む。
「悪いことではないでしょう……」
彼の声が低いことで、思いのほか慄いてしまう私。
表情がうかがえなくなった。
彼は地面を、草を見ている。
確かに朗らかな雰囲気だったのだが、私は見間違えただろうか。
確かに笑っていたのだ。
当然のことながら、彼は自主的に校内清掃を始めたわけではない。
私はどういう係が、委員会が、この校内に存在しているか―――また、私と近い立ち位置なのかを知っている。
私は少年の隣を見る。
間近で見やれば、草の山が積み上がっていて影を作っている。
この時点では、真面目な性質を感じていた。
「すまないね、キミは話しかけやすい――そう思っただけだよ」
はあ……と彼は戸惑う素振り。
「時に私は、草むしりの達人でね」
「……なんすかそれ」
「コツを知っているかい? 細い根っこは別に、残しても構わんのだがね」
「……知らないですけれど」
コツとかあるんですか、と聞いてきた彼は、幾分笑顔が戻ったように見えた。
その日は簡単な会話で別れたのだが、彼とはたびたびこの場所で顔を合わせる。
仮にも私は教員で、しかし彼は選択授業で私の教室―――音楽に来ることはない、にも関わらず。
あれだけ話す間柄になるとは、この時は想像もしていない。
不思議な縁だった。
……まあ、草をむしるだけだ、面白くはならんだろうよ。
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