最終話 始まるかもしれない物語



 私はそれからの日々、彼を気にかけました。

 彼―――。

 コンビニおとこというペンネームの、どこの誰かもわからない誰か。

 日本のどこにいるかもわからない、彼。

 私がイラストを描いたり、うまく描けなくて休憩したりと言った時間のはざまで―――彼の小説を見に行きました。


 コンビニおとこという作者が描く物語は、冒険だったり、ギャグだったり、バトルだったり、下ネタだったり、色んな要素が含まれていましたが、そのすべてから少年マンガと同じ匂いを感じました。


 私はアカウント名コンビニおとこの、本当の名前を知りません。

 彼が―――私の想像している通りの人物であるという証拠は、乏しいです。

 ほぼないです。

 何しろインターネットですから。

 あの男子とは―――別人かもしれません。


 ただ、それでもファンになって、楽しみにしているのです。

 彼の描く物語の続きを。


 私は何度も、彼の作品にコメントをつけようと思いました。

 つけたら、きっと、喜んでくれるでしょう。

 クリエイターとして、読者からの反応はとても嬉しいものだと、私も知っています。

 私だから知っています。


 本当に、コメントを書こうと思ったのです。

 ただ、何故かコンビニおとこへのコメントに限って、上手く、コメントが出来なかったのです。

 上手く伝えることが出来なかったのです。



 絵を描きました。

 私は絵を描いたのです。

 書けなくなった私にできる事は、描くことだけです。


 コンビニおとこが描いた物語。

 その不思議な世界の中で活躍している、すごく好きな女の子の絵を―――好きなキャラクターを描きました。

 今まさに更新されている、連載中の物語を。

 丁寧に丁寧に描いたつもりでしたが、あっという間に完成してしまった時には、自分自身が驚きました。

 いつも握っているペン、すごく―――軽く感じました。


「この小説の、ヒロインを描きました。読んでいます」


 少し文章がヘンかもしれない、とは思いつつ、私はイラストを彼に送りました。



 数日後。

 果たしてコンビニおとこから、コメントが付いたのです。


【コンビニおとこ】「嬉しいです。嬉しいのでなんと言えばいいのか迷ってしまいました。すごく可愛い女の子に会えて、こんな………え、可愛すぎない?」


 私は、顔が真っ赤になったのが自分でもわかったので、画面の前でうつむいてしまいました。


【もちもち】「マンガが、………お好きなんですね」


【コンビニおとこ】「ええ、それだけです。本当に、どうしてだろう」


 それから私たちは、画面を通して、ひたすら話をしました。

 徹頭徹尾、すべてマンガの話になりました。

 ずっとです。

 男と女の話には、なりませんでした。


 跳躍の、日曜日の、弾倉の、王者の―――お話。

 あともうオトナだから青年跳躍とか。


 どういう訳か、示し合わせたように、予定調和とでもいうように。

 いつも二人で、そうしていたかのように。





 ………そうしてこの物語は幕を閉じます。

 閉じさせていただきます。

 コンビニでマンガ談議をすることは、それから先、もうなくて。

 ですから、終わりで良いのです。


 けど、私の人生はこれから。

 コンビニ以外の場所で、違う物語は始まる。

 始まったんだ―――そんな予感だけは、するのでした。





 おしまい。

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