第36話 見つけた名前

 ある日の偶然でした。

 イラスト投稿サイトを眺めている時です。

 私と何度かコメントを交換している、仲の良い絵描きさんがいました。

 おともだち。

 お友達だと、私は思っているけど……いえ。

 よく見かける人、みたいな……そんな関係の人です。


 イラスト、いえ、描き方が上手なヒトは見ていたい。

 いつものように、可愛らしいイラストにコメントをつけようとしたのです。

 ただ、先にコメントをつけている人がいたのです。



【コンビニおとこ】「いつもクオリティ高いですね」


 不思議な、アカウント名でした。

 このイラスト投稿サイトで初めて見かける、それは―――名前でした。

 私は少しの間だけ黙って、彼の名前を注視します。


 アカウント名コンビニおとこは、イラストを描いている人ではありませんでした。

 別に珍しいものではありません。

 このイラストサイトのすべての人が、描いている人ではなく、所謂いわゆる

 る専門の人、見る専の利用者の方が多いのです。


 コンビニおとこはイラストを描かない人のようでした。

 公開はしていないだけという可能性もありますが。

 ただ、コンビニおとこは、小説部門で作品を残していました。

 小説部門、ノベル部門。

 彼は、絵柄よりもストーリーを重視する人のようです。


「小説………は、そういえばあまり読んだことないなぁ」


 一度、私のテンションは迷いを帯びました。

 気分が低迷はしませんでしたが、どういうものかはわかりませんでした。

 私は彼の書いた作品のうちの一つを、クリックして読みました。

 彼の世界を、開いてみました。


 おかしな、とても不思議な、小説でした。

 良い小説かどうか―――というのは、文学的能力が乏しく、詳しくない私にはわかりませんが、それでも読みふけってしまいました。


 オリジナリティ溢れる文章の中に、息づいているもの。

 彼の小説は、稀代の文豪に迫る描写力、圧倒的な言語センス、高い語彙力のようなものは、ありませんでした。


 ただ。

 すごく―――マンガ。

 私の好きなマンガのようでした。

 週刊少年跳躍の、週刊少年日曜日の、週刊少年弾倉の、週刊少年王者の―――それらを、読んでいる時のような、あの作品に近い何かが―――、その小説の中にあふれていました。


 どうしようもなく勢いだけで突っ走っているような、アクションとギャグ。

 少女マンガで多用されるようなシーンも含まれています。


「頭わるいんだろうなぁ……!」


 失礼なことを言いながら、私は全てを理解しました。

 マンガのことしか考えていない―――そんな人が、書いているよ。

 私と、同じような、毎日を―――。


 コメントがついているところを見ると、彼の作品を好きな人がいるようです。

 人数のその人たちに、苛立ちを感じました。

 私より先に、この作品に触れた人たちに、苛立ちを覚えたのは―――こんなことは今まであった?

 ほぼなかった、初めての経験でした。

 先を越された。


「……面白い、よね、これ。うん。私はイラストだけしか描けない、けど……」


 私はいつの間にか、心臓の音が大きくなっていることに気付きました。

 とんでもないものを見つけてしまったのではないか、とそんな気持ちばかりが膨らんで―――!

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