第34話 そうして時が経ちました 2



「―――牡丹ってさ、彼氏カレシいるよね?」


 とつぜん女友達から聞かれた。

 何だよ、返答に困るなぁ、私を―――いるように見えるか、いませんよ。

 ひとりでいても飽きないのが現代です、そう思う。


 さーてどうはぐらかすかと考えた私だったけれど、美大生の女友達は、しかし言葉をつづけた。

 意外な方向に。


「牡丹って、不思議だよね。あのさ―――楽しそうなんだよ非常にね」


「そう!そうよねー楽しそうなんだよ。だからつい―――」


 なんかね、なにかあるのかな、彼氏でもいんのかなって。

 そう呟き、私を見る。

 その場にいた他の子も目を大きくしているようだ。


 ……あら、意外と私のことが気になるのかしら。

 私が楽しそうに人生を過ごしているのが気になるという事?


 そこまで言われると………えっと、これはよろこんでいいのか?

 上手におだてなさってんなあ。

 みなみなさま、なんというか、私を注視しているようです。

 正面にいる有海あみなんて、まっすぐな目をして私を見つめている。

 どうも期待がチラつく目元である。



「………そう見えるのかにゃー」


「何が楽しいの。どうして………笑ってるの牡丹は」


「私は生まれつき笑顔がマブしい不思議系美少女であることは疑いようがないとして、―――つい、笑うというかねえ―――」


 テキトーにテンションを上げつつ、なに言うか考える。


「つい?つい、笑うの?」


 ぐわっと勢いよく迫られるが、だから深い意味なんてないのだってば。

 何故私は笑っているのか。

 ううん―――ま、笑えなかった時期も、あったものね。

 

 学校には、いろんな人が来る、たくさんの人が来る。

 全員が笑えるわけはない。

 私や、出会った、あの頃の人たちを思い出して、本当にそう思う。

 でも。


「高校の頃にね………不思議な人がいたの。その……ずっと好きなマンガの話。 してたの。それだけ」


 私は、正直に答えた。

 だって、大したお話でもない―――高校生の誰だって、出来そうなことだ。

 話す内容も、とてもくだらない、でもおかしくてたまらない内容だったはずだ。

 現実ではありえない、とても変な話。変なマンガ。


「………え、仲良かった子ってこと?友達?それ男子?」


「男子だけど」


「ホラ!ホォォォラ!男じゃん!それが彼氏!イッツ・ア・彼氏!」


 張り上げられた声。

 納得の空気が生まれた。でも。


「なーにがホラだよ!違うんだって―――私、本当にそんなんじゃないもん、みんなが期待するような展開にはなっていないって」


 今思えば………本当にそうだったな。

 本当に―――なんの色恋沙汰もないような二人だった。

 不思議なやつ。

 好きでは―――ない、と思う。

 好きではある―――跳躍が好きだった、だけ。


 あいつ男子だったわ、そういえば。

 そういえばそーだった。

 アレはアレで一応は異性なのだからなにかある―――べき?

 ものすごく男女関係がどうのこうの、ということには、ならなかったよ結局。

 お話してたのにね?


 あれは友達だったのだろうか。

 親友だったのだろうか。

 

 ……ただ、友達、いない方が良かったのかな。

 隣に行っちゃうし。

 別に事件が起こらなくても、行っちゃうし。

 そう……思うような人間でした。

 そうだ、友達はどこかに行くことがあるんです。


「カンタンな関係だったよ」


 ただ、毎日マンガの話をしていただけで。

 毎週最新話が棚に置かれるあの場所でお話ができれば。

 なんか、いいなって思える。

 思えました。


「えー怪しいー。だってマンガの話しているだけ?ありえないじゃん。そんなので、そんな楽しそうにならないって」


「牡丹、言いな? 正直に言いなあ―――何があったんだーい?」


「なんでさ………」


 いやマジ、普通に楽しかっただけだし、ほぼ毎日だった。

 それだけでした。


「おぉ……そんなに仲良く」


「うーん、毎日。 ……かな?いや、ゴメン少し盛ったカモ」


 みんなは私の思い出話を疑う。

 おおざっぱな、個人が特定できない程度にぼかした話を、疑う。

 あまり、噂話みたいなことはしないのだ。

 コンビニおとこを言いふらすようなことはしたくない。

 あいつはあまり、何も思わないかもしれないけど———せいぜいが、読んでいる時間を邪魔されることは嫌なぐらい。だよね。

  

 ただ、あの時間が楽しいことは、伝えたい。

 マンガ談議が楽しいっていうことは伝えたい。


「簡単なことで」


 そうだ、当時、私もびっくりした……しながら、していた。

 私はクラスの中で唯一、あの楽しみを知った。

 一人で抜け駆けをした。

 自分だけで、いやもう一人だけで、楽しんだ。

 高校生の時———楽しかった。

 ずるいよ、と思うくらい。


 とてもおかしな、おかしくてたまらない時間。

 思い出しながら言葉をつむぎます。


「コンビニでね。どこの町にでもありそうなコンビニでね? 親友―――親友?とは少し違うかもなんだけれど、名前も……そうなの。本当の、名前すらわかんない。でも、いたの。毎日話してた……!」


 毎日、笑っていた。

 いや、月曜日と、火曜日と、水曜日と、木曜日。

 その日に並ぶ最新の。


 好きなものがあり、どう好きか、どこが好きかをずっと考える―――どの部分が、おかしいか。

 どのコマで一番笑ったか。

 口に出す。

 あとは―――別に、考えない。


 そうだ、そんな……ことで。

 あんまりだよ。

 あまりにも簡単なことで。

 女子って幸せになれる。

 人は幸せになれる。

 どんな人間も、簡単に幸せになってもいいに、決まっている。

 ただ、それになろうとしない馬鹿が、たまにいるだけで。


 仮に―――仮にコンビニおとこが男子じゃなくても。

 良かったと、思う。

 女子だったとしても違和感はないのでは。

 出会ったのが、コンビニおとこが、コンビニおんなだったとしても。


 隣でマンガを読んでたのが姉御肌あねごはだだったとしても妹キャラだったとしても、なんなら不思議系美少女だったとしても、良かったと思う。

 重要なのはそういうところじゃなくて。


「普通にマンガの、話してるだけでね―――結構いいもんだよ」


 私は……そんなに大したことのない話をした。

 小さい子供でも知っているような話をした。

 毎日、心の底から思っていること。


「生きてるの楽しいなぁ。って―――高校生の時から思ってる」


 私に注目していたみんなが少し、笑顔のまま狼狽えたように見えた。

 表情が中途半端な笑顔で硬直していました。

 私のことを、珍しい生き物でも見るような―――目でもありました。

 いや、それは考えすぎな視点かなぁ。


 人生は楽しいって言っているだけな私に、何かおかしなところがあっただろうか。

 別に、ヘンじゃないっていうか、正解だと思うけれど?






「………あ、でも彼氏も欲しいっすわァ」


 私が天井でも眺めながらそう言うと、みんな吹き出しました。まる。

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