第33話 そうして時が経ちました
あれからずいぶん、時が経ちました。
私はとある美術大学の三年生となり、講義を受けています。
私のマンガが好きという性質は両親も折れたというか呆れたらしく、やる気があるのなら、と私の美大進学を受け入れてくれました。
私の普通の両親。
普通の両親は、普通の、というか大衆的な大学に通って欲しかったようですが、私は親の顔色を窺うよりも紙にペンを走らせることが多くなりました。
親の顔色は神妙で、悩みが浮かび―――まあ深く描写しても変わらないですからねあまり。
ただ―――私が熱心にやっていると知ると、どうも、いまでは兄の方を中心に重点的に?見ているようです。
チャイムが鳴り、今日私の取っている講義は、終わりました。
友人たちと別れを告げ―――私はアパートに帰ります。
家に帰ると私はパソコンに向かい、ペンネーム『もちもち』としての活動を続けています。
握るペンタブも変わりました。
紆余曲折あり、三代目になりました。
大学ではなかなかついて行くのに必死な私ではありますが、それについて別段、不利に感じたことはありません。
ネット上ではイラストを描き続け、色んな描き方を試したりしていて、その度に作風を変えたりしていました。
変える、というほど多彩で多才な人間ではありませんが―――わたしは描き続けました。
今、絵を描いています。
例えばこの大学に入らなかったとしても―――私はどこででも絵を描いていたでしょう。
それが出来て嬉しい。
急に大学生としての私、そのお話となってしまったことには、もの寂しさを感じないでもないです。
読者諸兄姉も戸惑われたかもしれません。
ただ―――強いて言うならば、あれですべてだと。
すべてを、すべてを―――なんでしょう、やりきったつもりです。
高校生活。
コンビニでマンガ談議していただけ。
そうやって時は過ぎていき、それ以外は、ないのでした。
私の青春はそれが大半、いえ全てでした。
青春だとか、何らかのドラマ性のようなものは早々に、そして静かに終わり、色んな絵を描いていた。
だから、それだけなのです。
劇的なドラマもなく高校生時代は終わっていきました。
激しい展開の連続はありませんでした。
そういうものなのでしょう。
普通はそういうものなのでしょう。
友達は、何人かいました。
仲良くお話したりもしましたが―――いても、いなくても、という様な―――うっすらとした、淡白な関係でした。
ものすごくべったりではありませんでした。
休み時間にもふと気づけば、絵の続きを気にしてしまうような私の性質が影響したのか、おそらくはそうでしょう。
いつも、自分の絵には何かが足りない。
自分の腕は、想いは何かが足りない。
そんな意識だけは途切れなかったので。
あとはやっぱり、どこかで怖かったのです。
私は弱さを持っています。
弱点です。
教室や部活で友達を作って、楽しみ、時間を過ごし―――楽しくなり。
愛する……ということになり?
そして、結局は彼女ら、あるいは彼らが違う校舎に行ってしまうという事が。
楽しいことがあって、———そして、それがどこかに行ってしまうことが。
三年間。
結局のところ三年間で、強くなれるどころか、大切な友人が離れていくだけということが。
ありえることで―――前に、あったので。
怖かったのです。
私は、だから絵を描いている時が一番安心できて、自分を感じます。
そして、友達を作る際に別れまで想定してしまい、過度に恐れる人間となりました。
クールな性格を気取っていると、思っていただいても構いませんが。
取り立てて綺麗な女でもないし、友達がすごく多い女にもなりませんでした。
高校生の時。
教室で楽しそうにお話しているグループもありました。
彼女ら、彼らは楽しそうにおしゃべりをしていた日があり、また理由はわからないけれど激しい口論をしていた日もありました。
それを羨ましいと思ったことも確かにあるけれど、どこか、中学生の頃の自分を見ているような気はしました。
なんだか―――もういいや。
そして、そうした時が重なって。
教室の記憶があまりない。
無いというよりはインパクトがある出来事が少ない―――と言った次第、それに尽きます。
「懐かしいなぁ」
こんなことも呟いてしまう私は、もうオバサンなのではないか。
「―――いやいや、その、ほら、楽しかったなぁ」
一人で訂正。
実際、楽しかったのでした。
コンビニおとこと話した日々のことを―――今になって、よく思い出す。
終わってから、思い出す。
会えなくなった、今になって。
あの男は高校を卒業して、どこへ行ったのか。
結局なぜ、私はあの男子の名前すら聞けなかったのか―――という疑問もあります。
結局、三年間―――聞けませんでした。
出会ったのは一年の冬だけれど。
だから、二年間?
いや、ホントに。
何故、聞かなかったのだろう―――あの頃の私。
あの男の名前を聞いたら、何かいけないことでも、あったのかな?
けれど、聞かなきゃいけない感じでも、なかったし。
あれは―――夢。
夢のようで。
なんだか、あの毎日のコンビニが、夢の中だったような―――そんな気すら、するのです。
日常のはざまにあった、あるはずのない世界。
あの男の名前を聞いたら、多くを知ったら、現実がドサッとやってきてしまうような。
そんな気はしました。
名前が大事ではない。
もっと大事なものが、確かに……わかった。
そんな時間だった。
何か、真に迫るようなことをするなら、些細なきっかけで消滅する―――そんなことだけを、私は恐れました。
そう、名前を聞くのはタブーで、野暮なことのような気がしたのです。
彼も―――コンビニおとこも、そうでした。
私を知ろうとしなかった。
名前を聞かれたことは、ありませんでした。
あの男にも私のような、奇妙に繊細な発想があったのだろうか。
いや。
私の名前を聞くという発想よりも上位に、マンガのことが頭にあるようでした。
登場キャラ人気投票で群具煮が五位になっていた時に、なんで主人公が五位なんだよッ!って一人で突っ込んでいるような馬鹿な男でした。
あの子の可愛さに気づけないのは愚かとしか言いようがないのです。
コンビニおとこはコンビニおとこ。
それで―――文句はありません。
知らなくて結構です。
ただ―――。
ただ、お礼が言いたい。
お礼が言いたいのです、コンビニおとこに。
言えなかったけれど。
楽しかったって。
………私ね?
私、高校生活が、あんなに楽しくなるなんて―――思わなかったよ。
高校生活が、あんなに楽しくなるなんて思わなかったよって。
もっと、昔の自分と同じになるって、思ってた。
イヤなこともあって、そういうことを我慢しつつ負けないように通う、そういう人生を送らされるんだろうって。
決めつけていた。
思い込んでいた私はなんていうか、もう、馬鹿で。
けれど、あのコンビニが楽しかったのは事実で。
なんでもない、お話していただけの―――あの時間が。
たまらなくて。
夢のようだった。
自分が、特別な人間になれた、させてもらった気がした。
そしてそれは本当にささいなことなのも、嬉しかった。
ささいなことで特別になれた。
自分だけが恵まれている、とかじゃあなかった。
なんか、すごく優れた子とか、頭のいい子とか、見た目がいい子とか、お金持ちの子とかだけに許されたものじゃないあの時間が、あって―――嬉しかった。
学校のどんな子でも―――クラスの誰にでも、やろうと思えばできる簡単な方法だった。
何でもない、大したことじゃあない時間。
好きなことを好きって、思い続けるだけ。
そうなれたのは、私が自分の絵のために色々と努力をしたからだ。
それと―――それだけ?
ううん。
それだけじゃあないことも知ってる、わかってる。
あの時、コンビニで毎日笑えていなかったら、どうなっていたか………。
ありがとう。
ありがとうねって―――。
どうして一言でも―――、一度でも、コンビニおとこに、言わなかったんだろう。
少しでも、そんな言動を取れれば何か変わっただろうに。
優しい人間に、そう
言えば、良かった。
言えない女のままだった。
何も言い繕うことは無い―――、私が前に、不幸だったのは。
そういう女子だったからだ、その程度の女子だったからだ。
痛感します。
そんなことは時々、思うのでした。
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