第31話 中学生。あの頃の私は


 テニスが本当に好き。

 そんな気持ちが江垣牡丹えがきぼたんに、あったのかは、疑問だよ。

 もう、疑問だよ。

 

 どんどんうまくなる可能性はあった、それだけはあった、中学一年生の私。

 ただ、身体を動かすのは大好きだった―――そんな中学生だった。

 よくいる、普通の中学生だった。

 

 

 あの入部理由は―――いけなかったのだろうか。

 同じ部活に入れば、友情を維持できる。

 絶対に毎日会えるという保証が手に入る。

 欲しかった―――それが、欲しかった。

 それ以外は欲しくなくって。

 これを間違ったことだなんて、思わなかった、言われなかった。

 けど……それでは、駄目だったのかな。



 テニスの才能は無かった。

 コートの上で主役になれる可能性が低いことは、最初からわかっていた。

 わかっていた気がする。

 それでも、やってみれば上手くなる可能性は、間違いなくあった。


 才能がない。

 才能がないということは、それなら純粋な努力だけで勝負できるという事だ。

 それ以外のことなんて、何かあるのかな。


 そういう正々堂々としたものは、望むところだった。

 それに、正しいことだと思った。

 自分は何も悪いことをしていない、と思うのは、ひどく気持ちがよかった。


 私は上手な子を見て真似もした。

 ただ―――それでも上達が遅かったという事は、それほどだったのだろう。

 いや……上手いとされる子を見たことはあったけれど、何が上手いのか、理解できず。


 何が違うんだろう。

 みんなも上達していて、私も上達していたけれど。

 それで、良かったんだ。うん。


 テニスの才能がないのか、いや部活動というものの才能がないのか―――。

 ああ、学校の才能がないのはもうわかっています。

 それらをただ、頑張って、頑張っていた。

 ひたすらそれのみだった。

 私は三年間続けることで、自分がどんな人間なのか、理解していった。


 部活動に入らないという選択肢は無い……無いと、思う。

 ほぼ全員が何かの部活動に入っていた……それが中学一年生の、最初の頃だ。

 そして入らない生徒は目立っていた―――ような、気がする。

 とにかく、目立っていた。

 なにかに所属していない人間。

 それは学校に登校していない生徒よりも、あるいは目立ったかもしれない。

 と、思っているのが私という人間だった。


 何か、違う子だっていうふうに―――見られる。

 みっともない子だというふうに、見られる。

 田舎町なだけに。

 ………都会だと違うのかな。


 ああ、クラスメイトの奇異の視線が怖いだけだったのかな。

 私は。

 怖いだけで、それだけで。

 怖い、怖い。

 何が楽しいのかを……どこにあるのか?


 そもそも、絵が好きならばそちらの方面に進むという選択肢もあったけれど。

 美術部に入る勇気はなかった。

 何かが違うと思った。


 そもそも、それまで一人で描いていた絵を、みんなで描く―――というようなことは、身悶えする様な光景に思えた。


 そしてその部に入れば、私が笑いあえる友達は、完全に離れてしまう。

 同じ小学校の子で美術部に入った子は、一人もいなかったと、記憶している。

 そりゃあ、入部すれば絵は、画力は上達したかもしれない―――ただ、楽しく絵を描けるか。

 なんか、描いていて楽しい気持ちになるかは―――わからなくてそういうところが怖かった。



 少女マンガチックな女の子に完全に特化していた私が、美術部に入部することは何かズレていると思った。

 

 美しい女の子は好きだけど、あと美しい男子も好きだけれどね。

 それは、美術部という事なのだろうか。

 ……本当に?


 それは小学校六年生の―――部活動直前の、微妙な心境の生んだ、判断だった気がする。

 今でも、高校生になってからコンビニおとこにだけ話した本音も、変わらない。

 私はマンガが好きで―――美術が好きなわけではない。

 それは今も変わらない。


 美術部員の目が、嫌なものに見えたのは間違いない。

 先輩とか、先生とかの目。

 敵意。

 何を―――言われるだろう。

 私の絵に対してどう―――口出しをされるのだろう。

 私の「好き」を、どう崩してくるのかな。


 

 女子テニス部を途中でやめる選択肢も、あった。

 けれどそうなると完全にダメな女の子になる気がした。

 家に帰ったら帰ったで、ぞっとする―――何も、毎日きびしい親と喧嘩するとかそんなことは無いにせよ、やることがない。

 絵を、描けるけれど、絵の上達を見てもらえない認めてもらえない。

 お兄ちゃんから何言われるかわかんない。

 絵を描くこと邪魔されることか、たまに辛辣な何かを言われるか。


 お父さんもお母さんも、私の勉強に目を光らせることはあっても、それだけ―――だった。

 心配は、していたのだろう。

 

 まず、家に帰ってくるのが遅かったし。

 中学二年生の終わり、あの頃、ペンタブをおばあちゃんに買ってもらったのは、買ってもらえたのはある種の奇跡だった。

 あれがなければ―――。

 どうなっていただろう。

 絵がなければ、どうなっていただろう。


 結局今は絵を描いているけれど―――出来なかった可能性もある。

 今も、奇跡なんだ。

 高校生になっても絵をネットに投稿していなかった可能性は、ある。

 VIVIコンテストはともかくとして、私がネット上のフォロワーとチャットをしているなんていうことを知ったら、まず禁止する親だ。


 ネットで知り合った人間と、会ってはならない。

 それを今は、何とかうやむやにしている状態。

 ペンネーム『もちもち』が活動をしていなかった可能性、誕生していなかった可能性もある。

 その可能性の方が高いくらいだ、今は綱渡りの最中みたいなもの。



 けれど何がしたかったとしても―――私に選択肢はなかっただろう。

 私はお母さんお父さんと喧嘩するのが嫌で、言ってしまえば家にいる時間が嫌で―――だから、部活動に入ったのか?

 中学一年生の頃の私の心境を正確に思い出せるわけもないけれど、間違いなく理由の一つはそれだ。


 スマートフォンは持っていなかった。

 当然のように持っていなかったから、ネットも知らない中学生の牡丹わたし

 たまに母さんのを使わせてもらって、友達がやってるって言っていたゲームを調べたりする。

 それが精いっぱいで、色んなことが出来なかった自分。

 

 せめてこれだけは、とイラストサイトの出入りは、なあなあになっているけれど。

 あれは大切だ、ないといけない。

 ネット上にそんな、可愛い女の子を描くのが好きな人たちがいるなんて、初めのうちは知らなかった。


 だから私の世界は教室とテニス部と、そして家。


 テニス部は、充実していた。

 一生懸命走って、コートで球を追いかけ、体力も付いた。

 意味があることだと、思いたかった。

 息を切らしているとき―――生きている感じは、濃かった。

 ただ、毎日そうして部活に励んでも、自分が本当にテニスプレイヤーだったのか、   自信は持てなかった。


 上手くなって、先生や、みんなの役に立とうとしていた。

 心配こころくばりをしたつもりだった。

 しようとは、していた。

 最初はそうで……、でも練習するうちに、わからなくなっていった。



 そうしてなんとか三年間、部活動を続けたこと、続けることが出来たことは自信にもなった。

 マジメに部活動に励む中学生―――というふうに、周りから思われていただろう。

 そう、思ってもらえただろう。

 そして誠実さ、というのかな、それと気合や根性のような―――たぶん世間的に大切だとされているものはそこでつちかうことが出来ただろう。


 三年間、いろんなことを覚えた。

 知らないことも、知ったような---気がする。

 楽しいこと、楽しくないこと。

 出来るようになったことと、頑張っても―――出来ないこと。

 そもそも何が面白いのかわからないけど、みんながやっているから、やってみること。


 仲良くなれた人。

 仲良くなれなかった―――人。

 三年間頑張った人。

 頑張っているのかいないのかわからない人……辞めていった人。

 

 私は一人の友達について行き、ついて行こうとして、部員全員とは仲良くなれなかった。

 たまに部員がめるとねたましい気持ちになった。

 逃げたんだ。

 

 部活動っていう、中学生が絶対に直面する要素から逃げちゃうんだ。

 私は戦っているのに、真面目に部員として休まずに頑張っているのに。

 もう少し続ければ……わからない、けれど何かが手に入る気がしていて。


 自分だけ―――楽になるなんてずるいよ、と。

 ずるいよ。

 そんな気持ちが拭えなかった。

 ずるいと思ったし―――違うと思ったし、やめる意味も解らなかったし、やめた後どうなるのか想像つかなかったし、あとはらくそうだなと思った。

 気楽だと。

 

 おそらく楽な場所に、するりと―――静かに行った人間。

 一人辞め、二人辞め……。

 私は残ったけれど、残って、そして……何があったんだろう。


 いや、やっぱりわからない。

 もうわからない。

 本当にわからない。

 走った末に、わからなくなって……教えてくれる人はいなかった。


 学校には、嘘が多い。

 さも、学校に毎日行くべきだ、行ったらいいことがあるというような―――世界に、社会にしておいて。

 行ったら、行き続けたら……何をくれる?

 誰が何を、してくれる?


 私はあの三年間で、なんというか、強くなれたのかな。

 体力はついた……はず。

 周りと同じように。

 けれど、何も手に入らなかったという想いだけが、あの子と別れたとき、残った。

 きっと大切なはずの、あの子の役には、立てず……。

 そうして私は、高校生になった。



 私は―――そういう三年間だった。

 そんな中学生だった。

 可愛くない、女子だった。

 見た目にも自信が無いけれど、そういう問題だけじゃあ、なくて。

 もっと―――真ん中から、奥から、心の底から。

 決してヒロインにはなり得ない、輝いていない女子だった。

 

 ただ、それって私のせい?

 学校のせいじゃないの?





 ―――




「この前コンビニさんが言ってたアレさぁ―――全巻読んだよ」


「え?アレって、『マンモス学園』?」


「うん、レンタル本だったけど。七巻までで全部?」


「八巻はたぶん七月くらいに出るよ」


「あんなマンガを今まで知らなかった俺が情けないよ。あの話が神回だったな―――あの、ホラ」


「待ってストップ」


「はい?」


「はいじゃない―――コンビニおとこのお気に入りがどの話か、当てて見せますよ」


 自分でそう宣言してから、不安になったけれど―――ええい。

 コンビニおとこが訝しむような目つきをする。

 この男が好きな回。

 当ててやるぞ、マンガ女王のこの私がな!


「弥生土器職人のお兄ちゃんが、土器にアタマ突っ込んで抜けなくなる回!」


「あー違うね。あぁ………でもアリだな。俺の中で上位だな、結構」


「『犯人は弥生土器ではなく、縄文土器で殴ったんです!』のシーン」


「あの探偵回は微妙だったよ、ハズレ」


「クラスメイトの卑弥呼ヒミコちゃんが、実は女王だった回!」


「あぁ。実はクラス全員知ってたのがヤバかったな―――でもハズレ」


「えぇ………?じゃあチビ麻呂まろの別荘に遊びに行った回かな?」


「かなり面白かったけどハズレ」


「うぬぅ~~~なんでぇ?あの回の面白さがわかんないの?」


「面白いかって、まあ面白いけれどベストじゃない、アレはもっと上があるだろ」


 へらへらと、そんなことを言うコンビニおとこ。

 私はギブアップした。


「正解は稲作いなさくする回」


「稲作する回?」


「そそ。………それで校長がマンモスに乗るシーン」


「マンモスに乗った校長が『これが米騒動だッ!』って叫ぶシーン?」


「すごかった」


「すごかったよね………日本史を破壊するね、アレは」


 それから私たちは、また、コンビニの雑誌コーナーで少し笑った。

 周りの人たちは、ほかのお客さんは気味悪がるだろうか。

 とも思ったけれど、そんなこともなく。

 コンビニの商品宣伝の音に、かき消された。



 ―――あぁ。

 最近、すごく楽しい。

 私は―――部活を一生懸命やっているわけでもないのに、もう頑張って走って汗かいては―――いないのに。

 コンビニでマンガ談義してるだけなのに、このほうが楽しい。


 楽しくなれた自分が、いる。

 これで―――いいんだ。

 

 これでも、いいんだ。

 この毎日でも、許されるのか。

 許される?―――許されるって、いったい誰にか、わからないけれど。

 どういう風に許されるのかまったくわからんけれど。

 ……とにかく。

 楽しいと思える時間があってもいいんだ。

 そんな事実があった。



 中学生の頃の牡丹わたしにそう言ったら、たぶん怒るだろうなぁ。

 ズルいよ、って。


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