第30話 高校二年生 3 三年間って


「そっかー!じゃあ何組だったの!一年生の時」


「うん………?二組だけれど」


「そっかぁー!え、じゃあ今も二年二組だし、おんなじ?」


「………いや、けっこう変わってる、けれど」


 同じクラスになった沢村さんは、元気な女子だった。

 一年生の時の私のクラスを知っただけでそんなに大声で喜べるのか……私にはわからない。

 ………うん、悪い子ではなさそうで良かった。

 こう、休み時間も話し相手はいる私だけど……なんだかなぁ。


「ユイカぁ~、誰その子~」


 隣にまた、新しい女の子がやってきた。

 だらしなく間延びした声だった。

 ユイカ、というのは沢村さんのこと言ったらしい。

 漢字はわからないけれど、そのうち名前表くらいは配られることだろう。


「あ、この子ね、江垣さん!すぐ後ろの席になってさ」


「うん」


「ああ、江垣えがきさんね~よろしく」


「よろしく………」


 と、私も一応会釈をする。

 この頃にはもう緊張していた。

 この子たちと、仲良くしたい―――仲良くし過ぎないように、仲良くしたい。

 そして自信がない―――。


 ぐいぐい来る人と、上手に話すスキルがない。

 いや、もっと言えば、話せた。

 話せていた……中学生の頃、そういう子とは仲良くなろうとしていたんだ。

 そして、でも大抵は離れていった、……バラバラだ。

 卒業式の後は消えて。

 だから、……逃げたい。


 初対面で騒がしいクラスメイトたちが気に食わない、というよりは―――これは、私の性質の問題だった。

 つい最近、激しく燃え上がり始めた私の性質。

 ………はやく絵のこと考えたい。

 

 次はどんな子を描くか。

 模写もするけれどオリジナルも描けるようにしないと―――。

 そんな、焦り、焦燥。

 家では少し描いているけれど、絵の資料を買ってすぐに効果が出たかというと、そうではない。

 そこまでカンタンじゃない。

 いま色々、試行錯誤している段階である。

 とても考えることが多い。


 自分が描くこともそうだけれど、次にどのマンガを選ぶか。

 どんなマンガなら―――コンビニおとこは納得するか。

 それもまだ決まっていない。

 そうこうしている間も、新しいクラスの面々は楽しそうにお喋り。


「あれ?でもちょっと待って、江垣さんって―――中学校チューガクどこ?荷室にむろ?」


「………そうだけど」


 少し意表をつかれた。

 私が荷室にむろ市の中学校出身だという事がわかったようだけれど―――なんで?

 何でそれがわかる。

 いや、待てよ?

 その子の名札を見て、顔を見て―――確か、どこかで。


「会ったことがある?」


「同じ中学校!だよね」


 荒木さんは、私と同じ中学に通っていた女の子だった。

 そうして、同じ学年でありながら、一度も同じクラスにはなったことのない女子―――ということになるのだろう。

 三年間、三回のクラス替えを経ても。

 まあ、そういう子は少ないけれどいる気がする。


「やっぱりー、廊下で見たことある気がしたんだー何部だったの?」


「………えと、私は」


 荒木さんは私の机に近付いて、両手を乗せる。


ウチね、吹奏楽―――それで部活中に江垣さんを見たの、それは覚えてる。ホラ校舎でさ」


 私の表情筋が硬直していくのを感じた。

 いや―――いやいや、驚く必要はないんだ、同じ中学の子と出会うこと、偶然出会うことは別に不思議なことじゃあない。

 私の頬っぺたはもちもち。

 もちもちなはず。

 その頬っぺたが妙な引きつりを見せる。

 彼女は、にんまりと笑っていた。

 何がそんなに笑えるのだろう。


「何か―――そうそう女子テニス部ジョテニじゃん!女子テニス部の走り込み、やってたよね!ウチらが発声練習してる時、ちょーうど廊下を通るのさ」


 荒木さんの言葉に、私は笑顔で頷いた。

 ただ―――頼むから声を低くしてくれ、とだけひたすら願っていた。





 ―――




 三年間、友達と同じ部活動に所属した。

 その子が入りたいという部活動に所属していた。

 私、それを得意になれるかはわからなかったけれど、せめて友達を大切にできる女子になりたかった。

 つながりを―――欲した。

 友達を―――消したくなかった。


 そして、テニス部でも頑張った。

 石の上にも三年。

 継続は力なり。

 そんなあれこれ―――大人が、先生が、なんだか健全なみんなが言いそうな言葉を信じていた。

 ちゃんとした、普通の女の子になりたかった。


 けれど、部員が多い部活動だったこともあり、試合に出ることが出来たのは、ほんの数回だった。

 毎日やっているから、上手くなれた。

 たくさんの、青春を全力で取り組んだ―――青春があったような、気がする。


 そして三年間、頑張った私は高校生になり。

 一緒にいた、隣にいた親友は今―――となり町の高校に通っている。

 私とは違う制服を着ている。




 ―――




「結局、私はなんだったんだろうね」


 学校には、嘘が多い。


「うん………コンビニさん、が中学の頃のこと……ね……なるほどね」


 場所は相も変わらず田舎町のコンビニ。

 今コンビニおとこは『週刊少年王者』のページをジーッと見てる。

 格闘マンガのようだった。

 紙面では、物理現象を無視したような必殺技を放った男の子と、リング脇で激しい口調でもって解説しているサングラスのおじさんが、強い筆圧で描かれていた。


「中学、うん。そうか、コンビニさんはそれが……どうなんだ?」


「どうって」


 どうって。そんなの。


「―――そんなの、理由なんかないよ、その子のことを思い出しただけ、思い出したいだけ」


 大切なことだった。

 友達を簡単に忘れるのは、良くないことで―――きっと、悪だ。

 友達がいないのは……そう、悪だ。


 そう思う。

 間違いなく強く思っていた。

 思っていたし、その気持ちはまだある。

 今思えば、


「今思えば―――私は部活に打ち込む気持ちよりも、ほぼ幼馴染だったのと、一緒にいたかっただけ………」


 なのかな。

 テニスなど、かけらも好きでなかった―――の、かな。

 もう……わからない。

 石の上にも三年、ってどういう意味だっけか。

 三年経ったら、違う高校に行った―――リセットされた。

 

 そんな事実があって……私はいったい何だったんだろう。

 いったい友達のために、何ができる女だったんだろう。

 友達のためになにも、出来ない女だった。

 だから、頑張って―――今までと変わろうとした、と思う……。


「………そのさ、コンビニさんと、そのう―――親友?だったっていう子は、今はどうしたんだよ?」


 マンガから視線を上げた彼は、問う。

 私は、隣の町にある高校の名前を挙げた。


「あぁ………! そりゃあまた、せつないな」


「せつないけれど、会えないわけじゃあないの、そもそも家が近いからさ………今でも土日は、電話したり、して」


 なんだか強がりみたいになってしまった、そんな自分に赤面する。

 あの子と電話はしている。

 近況も聞いている。

 ずっと聴き慣れたあの子の声色から、知らない人の名前が発せられる―――そんなことが少しずつ増えていった。

 高校生になってから、段々と。


「……」


「聞いてるの?ねえ」


「んあ? っまあ、聞いてる、返事してないだけだ」


 とても正直な返答をするコンビニおとこ。

 対して、言葉を整理する私だった。

 整理しようと努める。

 結局、私はなにが言いたいのだろう。

 私の―――私の中で、今でもくすぶっているもの。

 何が言いたいかじゃあなく、聞いてほしいだけなのかな、そうなのかな。


 男子に。聞いてほしいのか。

 男子、同じ心になって欲しい。

 ………それと、コンビニおとこだったら、どう思うのかも、聞けたら聞く。

 どうするのだろう。

 知りたい。

 高校二年生、自分一人では結論を出せない。


「コンビニさんは、その、後悔しているのか?それを」


「後悔……っていうか」


 後悔、だろうか。

 後悔とは違う気がする。

 だって、テニスコートでボールを追いかけて息が上がったことは、まだ思い出せる現実だ。

 コートを走る光景、足裏の感触までよみがえる。

 照り返してくる陽の光———とまではいわないけど、熱気が肌に接していた。

 


 ただ、悩み。

 悩みから抜け出せない。


「中学校の部活、ってさ―――なにか意味あるのかなって」


 何か意味があるのかな。

 三年、どれくらい、意味があるのかな。

 意味があって、残るのかな。


 とまでは、思わなかった。


 そう思っている。

 そんな不安を、抱えている。

 後悔、というより疑問。


「三年間やった後、その子とは別れちゃったんだよね………」


 中学生の頃、私は部活で青春をした。

 青春のようなものを、一生懸命に。

 正しい中学生活の過ごし方だ。

 学校の先生が推奨するような、しそうなもの。


 手を抜くのは卑怯なこと、良くないことだと思っていた。

 頑張っている人間が報われる。

 頑張っている人間が報われなければならない。

 そういう世界であるべきだ。


 世界は―――少なくとも、学校はそうあるべき。

 学校は、報われないといけない、絶対。

 そうじゃあないと、だって―――間違っているよ。


 けれど、走って、走って。

 三年間経ったら……今。


「わからないの―――わからない」


 全てが終わってから、回答編が欲しかった。

 毎日学校に通った。

 そうして、その結果、わからなくなった私に対して……誰か教えて。


「コンビニさんが、じゃあ友達と別れて―――それがなんか、つらいってことなのか?」


 要するにそういう話なのか、と訊ねてきた。

 私から切り出した話なはずなのに、うまく言葉を返せなかった。

 でも、そう。

 簡単に言える話なら、説明できるようなものなら、ここまで悩んでいないのだ。

 困惑がある。

 

「辛い?かどうか―――とは、少し違う。学校ですごく、なんか嫌なことがあったとかじゃないの、されたとかじゃないの……」


 ただ、三年間は。


「三年で……少しずつ、すり減り……なくなっていくような感じ……」


 なんて……まさか減るなんて。

 驚きだよ。流石に、ここまで何にもない場所だなんて、思いたくなかった。

 学校。

 

 つらい思い出……?

 ううん。

 何もない、思い出———って感じ。



 コンビニおとこは言葉を特に返さなかった。

 言葉を発さない。

 え?ないの?

 この男子だって、あるよね……?

 友達が、いなくなったこと―――自分は悪いことをしていないはずなのに。

 なんとなく、私はあわてて声を上げた。

 静かなのが怖くて。


「うん―――あ、もちろん恨んでるわけじゃあないよ、友達! 自由だし進路は!」


「俺に………俺にはよくわからないな」


 高校生になってまた何かの部活に―――それに挑戦し、頑張るという選択肢はあった。

 でも私の今は、もう部活というものをわかっていて。

 そうだ、わかっちゃったんだ。

 うん、ある程度———わかった、経験した。


 あとは、怯えていて。

 そう、とても臆病で―――現実として、失ったものが。

 確かな経験があって。

 友達というのは、いなくなる。

 いなくなることが、ある……。


 恐怖、というほどではないけれど、なんというのだろう。

 いずれはどこかに行ってしまうんじゃあないかな。

 そんな気持ち。

 それはあくまで過去のことで、でも―――でも、これからも、高校も、たぶん行くことになるであろう何かの大学、仕事、そのほかどこに行っても―――同じように。

 じゃあ、学校生活にどれくらい意味があるんだろう。


 ―――と。

 高校一年生の私は。

 臆病と―――なんだろう、わからない気持ち。

 そんなどろどろのなかにいる。

 まだ、足りなかったのかな……あのほかにどんな、———努力が必要なの?

 やり場のない、あまり良くない気持ちはもやもやと募って、―――学校がなんとなく嫌い、という感情に収まっている。


 三年間頑張った人間が報われないというのなら―――私は学校というものは嫌いだ。

 私は。

 私だけでなくて、いま日本のどこかで息を切らして頑張っている色んな子が、女子も男子も、報われないなら。

 みんなが、報われないなら。

 やっぱり、どうしても学校という居場所を好きになれない。

 居場所にしたくない。


「あの時、頑張れば、何か―――もっとあると思ったんだけどな。何かあると思ったんだけど、だって、学校なんだから―――」


 学校で、負けない人間に。

 辛いことに対して、負けない人間になろうとしていた。

 学校で、ものすごく辛いことがあったかって言うと―――、違くて……それはなくて。

 

 

 私は三年間耐え抜いた。

 ただ……消えた。

 三年で消えた。


「うまくいかなかったの」


私は言葉を吐き出す。

でも。


「でも―――うまくいかなかったってこと、それを言い出すなら、部活じゃないの。 きっと、もっと前から―――なんていうか」


 学校の、もっと最初の頃から。

 私という人間は、最初からそうだった。

 この辛さが、人生なの?

 

「いやまー、そういう、もんじゃないかな大抵は」


 あまり真剣味のないコンビニ男の表情。

 そういうもの……なの……。

 なのかな?

 コンビニ男はそういう顔をして物語に見入っていた。


「後悔、って昔のことだよね……で、でも私は、これからのことも、よくわからない」


 もう一度頑張って。

 そして―――そしたら、今度こそ何か手に入るのかな。

 消えないものが手に入るのかな。

 また同じになるのではないか。

 

 私は、部活にいま、入っていない。

 入部のエネルギーがない。

 エネルギーを使っても、この方法は無駄だとわかりきった。


「これからの?あれか……未来のか?そんなの、俺だってそーだって」


「………うん」


 ただ、せめて、どちらに行けばいいかを教えてほしい。

 頑張りはまだ、何か足りなかったのかな。

 先生が―――先生がいて、中学生のころ、先生はそれを教えてはくれなかった。

 仮に私がものすごいテニスプレイヤーになったとしても……超、活躍しても……消える者は消える。

 一人に……なる。


 それを、わかるための、学習するための中学生活だっていうことなのかな―――?

 なくなることがある、リセットされるものだ。

 そういうことが、あるのだ、人生ではあるんだって。


 とはいえ、本人は大したことなど言っていない、という気のようで。

 コンビニおとこは、マンガの続きが気になるようだった。

 私の昔話よりもマンガの方が―――。

 それに関して、ムッとする感情がある。


 ある……はずだったけれど。

 あっただろうけれど、同時に私には、そんな彼のマイペースさが心地よかった。


 彼はマンガ馬鹿である。

 彼は、こういっちゃあなんだけれど―――本当にマンガのこと以外は嫌いなんじゃあないかと思えるところがあった。

 馬鹿だ。

 馬鹿だけれど―――あの頃の私は、マンガ馬鹿にはなれなかった。

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