第29話 高校二年生 2 コンビニ以外でも

 ブック・マーベラス。

 通称ブックマ―――と、友達の中では呼ばれている。

 古本屋としては最も大型店舗の全国チェーン店である。


 二人で徒歩によってたどり着いたその店内、少女マンガコーナーに関して、彼は、コンビニおとこは無知だった。私の後ろについてくる彼は、どことなくシロウトな雰囲気を醸し出していた。

 本棚の色が、全体的にピンクの割合が増え―――あとは、白か。

 背表紙がね、もう見ただけで男向けじゃないの丸わかり。

 私の領域なわばりだわ、ここは。


「読んだことあるコレ?『土器土器ドキドキ!マンモス学園』」


「なんだこれ―――どこで連載されてんの?」


「コミック魔亜雅烈多マーガレッタだけど………」


 ギャグに特化した作品だった。

 時代背景が弥生時代の日本だという設定が異色である。

 ヒロインが告白される際にティラノサウルスが突っ込んでくるシーンで耐えられなくなり、私は爆笑した。

 コンビニ男は、彼も―――そのページで苦笑しているようだった。

 呼吸が上手く出来なくなったコンビニおとこが、なんか、可愛かった。



「ひ、ひでえ………!コレ面白いな。意外とファンタジーなんだな少女マンガって」


「面白い?『マンモス学園』」


「今のところかなり上位だな。俺の中で………」


「ファンタジーっていうか、少女マンガはこれだけおかしいの。このマンガだけ最高に頭がおかしいのよ………きっと頭がおかしいんだね、作者の」


 十年に一度の天才か、もしくは単なる珍獣と呼ばれている作者による、剛筆だった。

 画は美麗の類に入るのだけど、内容が散々だ。

 登場する男の子も格好いいと思う―――常にイノシシの毛皮で着飾っている点を除けば普通の男子だ。


「やべえ、好きだ、好きだな俺………これ、人生でベスト5に入るかもしれねー………」


「………」


 私は声を細くしながらも、少女マンガを楽しむコンビニおとこを観察していた。

 観察というか―――。

 好きだよ、―――という言葉に、反応してしまった自分がいた。

 鼓膜が、それだけを捕らえた………。

 好きだよ。


 男子が。

 男子が何かを『好き』って―――その気持ち、今まで知ったことなかった。

 言うんだ。

 ていうか、言えるんだ。


 今まであっただろうか、教室では、そんなことあっただろうか。

 決定的なチャンスはなかったように思う。

 私は、今まで教室にいる男子のことを知らなかった。

 わからなかったし―――何か動物じゃあないけれど―――私とは違う、別の生き物のように思えてならなかった。


 私とは全く違う生態を持っている何かだと。

 少なくとも中学生まではそうだった気がする。

 わからないものはわからない。


 男子は、男子同士でいつも話していて―――つまり同じ教室にいても、女子わたしから見ても―――よくわからない、イキモノ。

 でも、仲良くしないといけないの、かな。

 


 いつか―――いつかは、仲良くしないといけないのかな。

 ならないと―――失格なのかな、ヒトとして。

 仲良く出来ない人は不良品なのかな。

 そういうことも、思っていた。


 例えばガチャ子なら―――ああ、いつも私は、ガチャ子なら、なんだな。

 意識しちゃう。

 あの子なら―――教室で高木クンとか、男子と会話する―――しかも大きな声で―――を、やってのける。

 毎日、びっくりするくらい自然に。

 気が付いたら大きな口を開けて笑っている。

 ぎゃはははは、は私としてはやめてほしいんだけれど、ガチャ子のアレは、迷いなく、自然な様子だ。



 ………まあ。

 まあ、兎にも角にも、私は好きなマンガがあった。

 それを今日はコンビニおとこに教えただけ。

 オススメしただけ。

 これほど攻めている作風の少女マンガはそうそうない―――画力については、微妙だけど。


「っていうかマジな話、弥生時代にいるのかな、ティラノって」


「いるわけないでしょ………」


 私は言いながら薄く笑う。

 だから面白いのだ。

 コンビニおとこのためにりすぐりマンガ、考えてきてよかった。


 知らない人と、目が合ったことで、我に返る。

 少女マンガを持った、知らない女の人が厳しい視線を送っていた。

 それは、一人ではなかった。

 店内で私たちは、話し過ぎたのだ―――。

 大きい私語はマナー違反。

 悪者、私たち。


 コンビニおとこも、流石に委縮したように見えた。

 そそくさと、その場を立ち去る二人、私たち。


 でも私は、あふれる笑みを押さえきれずにいた。

 マンガが。

 このマンガが好きな人が、今、一人増えた。

 それは間違いないはずだ―――。


 たった今、私が好きなマンガのファンが、一人増えたんだ。

 私がオススメして、増やしたんだ。

 それはマナー違反だったかも知れないけれど。

 これは私にとっては小さな一歩だけれど、マンガ界においては大きな飛躍だぜ。


 そろそろ陽が落ちる。

 帰りのことも考えないとなぁ。

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