第27話 前に進むんだ


 がたんごとん。


「絵が上手くなりたい―――。今はそう思う。そう思うよ。やっとわかった。というか、本当はわかっていたはずなんだ。学校が大切に思えて……それで忘れていただけなんだ」


 がたんごとん。


「私だって、本当はやりたいことがあったんだ」


 がたんごとん。


「すっかり忘れてたけど―――お父さんとお母さんと上手くいかなくて、ネットで絵を描かせてもらえない時もあって、色々忘れてたけれど」


 がたんごとん。


「友達とも、やっぱり中学生の時とか、上手くいかない時はあって―――でも学校だから行かなきゃならなくて。教室を無視できないし。親にされたことだって無視できない、簡単に忘れられるわけがない」


 がたんごとん。


「続く―――続くもん―――親と。親から禁止されたことって、一日や二日で終わらないから」


 がたんごとん。


「傷ついたら簡単に忘れられるわけないじゃん―――同じ部屋にいる人に、同じ教室にいる人に……言われたことって忘れられないじゃん。忘れたら、間違い―――そう、間違いだよ」


 がたん、


 でも。

 でも―――そうだ、私もやりたいことがあったんだ。

 行きたいところも、したいことも、手に入れたいものも―――ものじゃなくて、形がなくて。


 楽しいって、思えるものがあったんだ。

 女子だし、人間だし、生きてるし。

 一番やりたいこと、一番楽しいこと。

 これをもっとずっとやりたいって、まだぜんぜん足りないって思うこと。

 それを忘れるなんて無理だ。


 無理だし、嘘だし、強がりだ。

 普通じゃない、明らかにおかしい。

 親とずうっと喧嘩するために生まれてきたわけじゃあ、なかったんだ。

 当たり前だ。


 やりたいことはあって、でも、文句をいろいろといいながら。

 こんなにもやりたいことが。

 上手くなりたいことが、好きになりたいものが。

 実は私、なんにもやっていなかった―――?

 そんな……!



 前に進むんだ―――ああ、怖い。

 前に進むって、怖いけれど。

 私、戦ってるのかな?

 コンテストの時は、そりゃあ競い合ったけれど。


 ただ、あまり格好のいい自分になれていない。

 戦いは、わからない。

 わからないことが多すぎる。

 まるで勝負になっていない気もする。


 これだという答えを、親や先生や友達から与えられていない。

 与えられていないし、与えられる見込みもない。

 絵は、絵のことは―――ガチャ子だって―――ホントの『心』だって、そう。

 仲のいい子だって、大切な子だって、それに関しては―――教えてくれない。

 

 どうしよう。

 ガチャ子でも駄目なら、それはもう無理じゃん。

 どう考えても。


 前に進む?

 前に進む、未来に向かって進む。

 カッコいいね―――牡丹、でも、前ってどこ?

 どっちが前なの?

 自分の絵が、どう変われば、『前』なの?


「わから………ない」


 わからない。

 先生もいない……私には師匠がいない。

 だから、話したのかな?

 せめて気持ちを落ち着かせたかったのか、コンビニおとこに昔のことを話したのは―――そういうことだった?


 こうだ、という確かな正解がない。

 行き先が明確じゃあないことも真実。

 嘘じゃない、真実だった。

 残酷な真実。


 理想の絵がはっきりとせず、挑戦も怖くて。

 だから私はあの時、絵以外に心を向けたのだろうか。

 うん、わからないから―――でもせめてちゃんとした、普通の女の子になろう。

 最低限そうなろうと、思っていたのかな。

 一番なりたいものから、自分から離れて。


 最低限、こうしようと。

 最低限になりたかったはずがないのに。

 最低限になりたくない―――なぁ―――!

 うん、なりたくない。


 がたんごとんと電車に揺られて、どこへ行けばいいのだろう。

 険しい道なら、望むところだ。

 頑張ることは好きだ。

 けれど―――方角がわからない、手にしたコンパスが信じきれないけれど進む。

 そして進まなければ、進まない。

 いや、緩やかに衰えていくのだろう、すみっこに移動していくだろう。

 そういう意味では―――今までにない恐怖だった。




 まだやっていないことがたくさんある、あった。

 とりあえずは描くしか。

 ないか。

 そうなるしかない。

 大丈夫だ、今、描きたいものもある。

 来週には、新しいページだって、あのコンビニに並ぶ。

 これからもずっと。

 確実に。

 きっとそう。


 今日買った本は、有名な本では、無い。

 有名な画家ではなく―――ただ、自分がいいと思った、安いものを選んだのだった。

 西洋の美術集だ―――全ページ、描いてみよう。

 買って、すでにその紙質は昭和というふうで、やつれているけれど―――

 いや全ページ描きはきつくなるかもだけれど、変われるように。

 今までの自分の―――ペンネームもちもちの絵が、変わるのならば。


 私は今日、やったことは正解か、言い切れない。

 間違えているかもしれない。

 ただ、変わった。

 何かが変わったんだ。


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