第26話 買う本は決まっていない


 がたんごとん、がたんごとん。

 電車の中―――揺れる地方鉄道の車内。

 土曜日の今日も、客はまばらだよ。

 人口密度は低いけれど、窓の外にはたくさんの田んぼ、畑、田んぼ、畑。

 山が見える―――たまに家。

 線路は続くよ。


 田んぼと言っても時期は春休みである―――稲などはこれから植えるのかな?農家じゃあないからわからないけれど、緑よりは土の色が多い。

 そんな中、私は電車に揺られて一人、出かけている。

 徐々に家が増え、川を渡ってからは町と言えるような景色になってきた。

 そうして私の住む県の、中心街―――県庁所在地へ向かう。


 中心街に行けば、古本屋がある。

 私の町の本屋とは違う種類の本が、違うラインナップの本が売っている。

 最近のイラスト集とはまた違う、画集も―――。


 そこで、絵の資料を買うんだ。

 買うつもりでここに来ている―――ひとりで。

 高校入学を機に、電車通学になったので親に定期券をもらった―――その時から、私が無料で移動ができる範囲は広がった。

 高校のある駅の、一つ先までは、定期でいける。

 その先にも―――数百円追加すれば、いける。


 私はスマートフォンを握りしめる。

 黒い画面を、何度かタッチすれば―――あのVIVIイラストコンテストの結果も、見ることが出来る。

 いや、見ないけれど。

 それよりももっと見るものがある。

 今は、見るべきものが―――。


 がたんごとん。


 降りる駅が近い。



 色々目移りしそうになったけれど、私は調べた旧商店街に向かって進む。

 商店街の通路は屋根があり、私のゆく道に影を落としていた。

 市の中心街は、今はもう廃れていて郊外の大型店舗が盛んだという話もあるけれど、やはり車通りは多かった。

 道路も狭い気がする。

 アーケード街に入って、やや年齢層が上がった店員さんたちを目の端でとらえながら、私は一つの古本屋に入って行く。

 達筆な看板には、『小梢こずえ書店』とあった。


 最近のショッピングセンターとは違い、昭和の香りがした。

 隠れ家的―――というのかな。

 木の匂いが強い。


 小屋というよりは、木製の本棚の集合体のような六畳間だった―――。

 いや、六畳よりは広いと思うけれど、本棚が多いと狭く感じるのは事実だった。

 そして私は狭い場所にいると安心してしまう性質を持つ―――そんな女なのである。


 カウンター奥からのそのそと足音がして、店長さんかな?おばあちゃんが現れた。

 いらっしゃい、等と声を上げずただそこにいるだけだったけれど、それも私にはありがたかった。

 本棚に目を走らせる。

 古い文庫が多かったけれど、美術系のコーナーがあった。


 並んでいるのはすべて中古の本のはずだけど、決して安くはなかった。

 画集というものは意外と大きいというか、ノートや教科書よりも大きいものが大半だ。

 何も知らない私。

 あと、歴史的な―――重要性もありそうだった。

 葛飾北斎さんとか。


 あとは西洋の―――どこの国かはわからない有名な画家たちの作品、そのコピー集が載っていた。

 美術の授業で資料集をパラパラとしていると名前だけは知ることが出来るような―――聞いたことはある人たち。

 絵を描き続けていたら歴史を作った人たち。

 絵を描き続けた結果、歴史になった人たち。


「………………」


 美術。

 私は―――たとえば、美術部に属したことがない。

 これは、コンビニおとことも話したことだけれど、美術の良さを、私はいまだにわからない。

 そういうセンスがないだけかもしれない。

 けれど。

 読んだ方がいいのか。

 最近は思う。


「ビビちゃんは、もっと可愛くなれる―――可愛くなれた」


 あのコンテストで描いた時よりも、私は上手くならなければならない。

 そのためには―――たぶん、別の何かが必要。


「今思えば。ブサイクだったなぁ―――ブサイクだったかもしれない」


 いや。

 どうだったのだろう―――ただ、最終的に週刊少年跳躍で連載されているような作品―――その画風に近くなった。

 それは、確かだ。


 顔つき、頬っぺたの感じなんて『RANSEN』のイイヅカ先生がベースか………少し前の有名なマンガだ………。鼻と口もとは、TAKI先生。イラストレーターの………。

 耳の描き方は『大スナ』の丸パクリだって、今から見直すとすごくわかる。

 群具煮ぐんぐにるの要素は―――ないかな。

 あのマンガはギャグだから絵がすごく美麗という感じではない。

 好きだけど。


 もちろんプロの絵を毎週楽しみにして、真似していた私の画力はそのおかげで、ある程度まで達した。

 けれど、良くも悪くも有名作品の―――有名なマンガの、皆が知っているマンガを頑張ってまねただけ。

 そんな絵だった。

 そしていろんなものを無理につなげたような、違和感が見え隠れする。

 つまり、何か輝きが失われ―――そう、劣化している。

 私が描いたやったら、そうなってしまった。


「そして、それで―――グランプリにはなれなかった」


 前回の結果。

 前回の、事実。


 だから、だから――何かが必要なんだ。

 まだ『跳躍』以外にも、マンガの模写はしているけれど、それしか努力の方法を知らなかっただけで。

 違う努力―――って言ったら気分的に恥ずかしいけれど、それも必要だ。

 一度マンガの絵から離れてみるのも良いかもしれない。

 そうだ、仮にこの古本屋で何かの本を買ったら、お小遣い的に『跳躍』を買わない週が生じる。


 マンガを、マンガから一度離れてでも―――今は画集のような何か。

 それにお金を使う。

 使うことが―――それが出来るのか、私に?

 そして探している本が何だという、固まったイメージもないのが悲しい。

 何を買いたいかはこれから決める。

 非常に要領を得ない―――何をしている。

 何をしたいのかわからなくなってくるな、こうやって考えていると。



「何か、お探しですか?」


 おばあちゃん店長の優しい声がした。

 優しいはずのその顔を見ず、ただ私は少し困る。

 お探しのものは、ある―――あります。


「画力です」


「はいぇ………?」


「がりょっ―――ええと、探してるものは―――本。本で言うなら、絵が上手になる感じの、やつです」


 なんだかテンパってしまったぜ。

 ドジっ子。

 少女マンガのヒロインに欠かせないのを、どうやら持っていたのか、私は。

 まあともかく。


 ああ、もっとうまく描きたい。

 コンテストのときは、『上手かったはずなのに』『得意だったはずなのに』だった。

 けれどいま、上手くなりたい。


「これください」


 日に焼けた肌のような、本の表紙。

 いい感じにアンティークな書物を本棚からするりと引き出しつつ、私は思う。

 久しぶりだ。

 気が付けば、随分長い間持っていない感情だった。


 久しぶりだった―――こんなに、絵が上手くなりたいと思ったのは。


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