第25話 あたしはガチャ子だ 2
「うん! 少し早いけど終わろうか、上がっていいよー」
「あ、はーい!お疲れさまですっ!」
夕飯時を終え、お客さんはこれ以上増えることはないだろうという時間に差し掛かり、ひと段落した。
ファミリーレストランでアルバイトしてる。
働くガチャ子。
……
先輩はまだ働くけれど私は手元をもう少し整理して、更衣室へ向かうことに。
料理をひたすら運んでいた時間帯には気づかなかったけれど、肌に張り付いた汗の感触が気になる。
今日もよく働いたぜ、このガチャ子さまは。
そそくさと帰路に
厨房は広いというわけではないので、狭い通路、先輩とすれ違う時も。
すれ違った―――呼吸すら聞こえそうな。
先輩は20歳らしい。少し年上の男の人の、首筋の位置と私の目線は同じくらい。
その顎は細いけれど、喉の辺りがぷっくりと膨らんでいてカワイイ。
ややドキドキ。
あっはは。
先輩も少しテカってるかな、汗で?
「また明後日お会いしましょう!」
「おうよ」
アルバイトを始めてから、いろんな出会いが増えた。
当たり前だけれど、教室では会えない人たちがたくさんいるんだなっていうことを知った。
頼れる先輩もいる。
ともすれば、その出会いは恋愛路線にもつながるはずだぜ。
しかし今ンところ私は彼氏がいない。
マ、楽しいけどね。
――――
一人、金属製のロッカーにキーを差し込む。
「ぼたんよ―――お前もか」
お前もか、というのは少し違うかもしれないが、あいつは
いや、そうではないかも―――仲がいい奴だ、それだけだ。
そしてそれに、動揺した。
私は不覚にも動揺してしまっている。
自己の半身を奪われた気分だ。
ぼたんよ、お前はどこへ行くんだ、私から離れて。
私の身体が、減った……すり減った。
ていうかこのガチャ子さまこそ、彼氏できやすいポジションにいるはずだ。
アルバイトだぜ。
高校生の花形なのさ(たぶん)。
校外での、学外での出会いはあるはずだ。
正直に言って、アルバイト中も動揺が消えなかった。
チーズハンバーグ運ぶ時もあたふたしたわ、コンビニでの光景が目に焼き付いて離れない。
何故―――なまじ、コンビニの外から見かけて、あの二人の会話が聞こえなかった分、不安が。
そう不安が。
私の心の中で、あの二人の会話を想像してみた。
二人は人知れず、コンビニで逢引きをする。
我が友人、単なる女友達が、きらきらとした
二人は潤んだ目で見つめ合い、愛を囁く。
『ああ―――好きだよ―――ぼたん』
『ええッ―――そんなァ困りますわ、ロミオ(仮名)様』
二人の間には星のようなキラキラが瞬きまくる。
………まあ流石にないわな、これは。
サスガニナイワナ。
日本のコンビニにロミオという男が来店することがあるだろうか………。
グローバル化、ここに極まっている。
ギリギリ―――最近の日本になら、あるいはそういう名前の人もいるだろうか。
もう何もかもわからないぞ、ガチャ子さまには。
何にせよあのぼたんがねぇ………完全につきあっている、という確証はないが、二人だけで随分楽しそうだった。
二人で、完成している空間だった。
心に脇腹があるとするならば、そこをくすぐられたような気分である。
感情がよじれるぜ。
感情と腹がよじれる。
いいこと―――なんだろう。
喜んだ方がいいんだろうな。
取られた。
ぼたんと過ごす時間をこれから盗まれる。
……うん?
そうなのか、いやそうじゃないか。
どんな人なんだろう、私も知りたいな。
きっと友達が増える、増やせる。
ただ、なんでだろう―――想像できないわ。
ぼたんと私、あとコンビニのあの男が並んでいる姿が、思い浮かばない。
私は、どうなっているんだろう。
私はやりたいことがあって、一生懸命に生きたくて、バイトもしている。
部活はもうやっていないけれど、中学生の時にやりきったけれど―――なんか、すごく生きてる感じ。
汗をかいて。
ぼたんよりは、汗をかいて生きて。
職場には、頼りになる人もいて、それなりに仲良くやれている。
ガチャ子ちゃんとは呼ばれてないけれど―――うん、あんまり呼ばれるべきじゃあないなこれは。
あまり流行ってもしょうがない―――ロボっぽいけれどなんだかリズミカルな名前だ。
ぼたんみたいになった方がいいのかな私。
ぼたんは結構たのしそうに生きてるね。
いつも微笑んでいる女だ。
あの子は大人しい子に見えるけれど、優しくて―――あと面白い。
そんなぼたんに、近づこうとする子はいた。
―――牡丹と友達になりたいって思ってる女子だって、何人も知っている。
本当だ。
ガチャ子と仲いいんなら私もお話したいな、って言ってる子がいた。
あたし経由だから。
だから信頼出来るだってサ、嬉しーな。
本当嬉しい。
男子でも、だ。
あたしのクラスの男子でもいたぞ。
何人かあの子に近付こうとした悪い虫?はいたぞ。
ええ、あの子の方があれだ。
なんか、女子やってるからな、やれてるからな。
女子っぽいからなー、私よりも。
私はちょっと真似できないわ、あれは。
ぼたんのあの魅力は。
ただ、これは本当に謎なんだけれど、誰もぼたんと、その―――仲良く出来なかったんだ。
ある程度、までは行けるみたいだけれど。
あー、そもそもウチのクラスの男子がガサツすぎ。
話したことがないぼたんに結構失礼なこと言ってたから。
あれなのかな。
あれが、内気で可愛い女の子に素直に話しかけられないっていう、ことなのかな。
そんなこともあった。
でも、ふと思う。
私は関係してないんだなと。
今日、学校帰りに目撃した男の子と仲良くしているところ。
その、それが―――知らなくても。
あの男の子でなくても。
それは教室でぼたんの横顔を見て、ふとした時に、思うこと。
私じゃあなくても、と。
ガチャ子と話していない時でも―――あの子はもしかしたら、楽しいのかな。
と。
必要絶対条件、って、教室で
絶対に必要じゃあないのかなガチャ子は。
そうなら、少し寂しいかも―――知れないね。
あの子は、これからも毎日笑っていそうだなって。
私といるときだけ笑っているんだ牡丹は。
笑ってくれるんだ、そういう存在なんだって。
思っていた。
特に理由なんて無いけどさ。
いつの間にか、着替える手が止まっていた。
………なんなんだろう、動揺するにしても、ひどい気持ちだ。
ひどいよ―――私、なにか悪いことしたかな?
はやく帰ろう。
明日も、ぼたんには会うはず、会うだろう。
また今度はチョココロネじゃあなくて別の何かをあげよう。
新しい星人が見られるかもしれんぜ。
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