第24話 あたしはガチャ子だ
「いっけなーい、遅刻、遅刻!」
今日もアルバイトがあるというのに、ミサチとか絵梨とか―――委員会の友達と手伝いがてら、お喋りしまくっていたら、帰りが遅れてしまった。
駅までは間に合うかもしれない―――、いや結構ぎりぎりだけどねっ。
ハロー、あたしガチャ子。
吾輩はガチャ子である。
本名はあるよ、別にあるよ。
ガチャ子ってみんなから呼ばれているけれど、メカサイボーグでもルンバでもないよ。
元気な女子高校生だよ。
教科書が詰まった鞄を揺らしつつ、小走りしているよ。
両脚とも、ぴちぴちの若い脚さ!
と、つべこべ走っているうちに(?)、時間が気になった。
スマートフォンを開くと、電車の時刻にはやや余裕があった。
ふと安心しかけて、走るのはやめた。
一歩一歩歩く。
走ったり勉強したりと、忙しい。
アルバイトを続けても成績が下がってしまってはやめさせられるのである。
うーむ、燃えるね、でも。
なんとか頑張るよ、部活入って勉強も頑張っている子だって友達にいるし、そう思うとやる気がわいてくるよね。
それに、何かを一生懸命やるのは嫌いじゃあない
色んなことを頑張るのが好きっていう病気にかかっているのさ、あたしは!
私はそれを見て、足を止めた。
コンビニの中に、牡丹がいた。
いや、イカしているかどうかはわかんないけれど、不思議なやつさ。
まあその牡丹なんだけど、あいつが雑誌売り場の前で立ち読みしてる。
あたしはマンガに関しては、根っからのコミックス派なので、毎週チェックするようなことはしていない。
ん、この情報いらないかも?
いまそれ重要じゃあない。
とにかく牡丹がマンガ雑誌を見ている。
そして隣の男子生徒に話しかける。
ウチ
その途端、牡丹が笑いだす。
「………」
意外と大きく口を開けて―――教室であたしと話すときとは、また違う表情で―――何かを男子生徒に話しかける。
今度はオトコの方が、笑いだした。
誰?
誰だ―――クラスの、向井かな?
と、顔つきが似ている男子を思い浮かべた。
私が知っている男子に―――似て、いなかった。
コンビニの前面に全面張ってあるガラス越しに数秒思案し、違う生徒だと判明した。
同じクラスの誰でもない。
私と牡丹の、クラスの男子生徒じゃあない。
ガチャ子データベースに記録されておりませんよ、これは。
今。
牡丹は何か言う―――あたしが知らぬ男子生徒に向かって。
彼は……無表情を。
突発的に崩して、楽しそうに、笑む。
牡丹と、その、男の子と。
周囲には他の人がいないようで、二人だけで完成している空間だった。
二人……で。
「………ぉ、おおお………っ」
どういった感情なのか、自分でも説明がつかない声が出た。
判然としない。
新しいタイプの動揺だった。
その男と女はガラス越しに、雑誌を持ち、それを時に見せ合いながら笑顔、感情を行き交わしていた。
その会話の内容は全く聞こえず、私の背後に通る乗用車の走行音だけが、世界の音だった。
なにか別の世界。
画面越しの映像作品のようで、どこか現実感がなかった。
あたしはただ見入っていた。
いや、一歩、退いた、後ずさったかもしれない。
そんな心境だった。
ごおうん―――と。
あたしの背後に、ひときわ大きなトラックが通り過ぎ、その音で我に返る。
駅の方へ走っていった車に触発され、スマートフォンを覗き込む。
「うわ、ヤバい時間が………急がなきゃ」
そうして、私は長い時間コンビニ内のそれを見ることはなかった。
ただ―――あり得ないことではなかった。
もとより、不思議な女の子だとは思っていたし。
不思議で魅力的な―――牡丹は、まあ、あるのだろう、そういうものを持っている。
牡丹と友達になりたいって思ってる女子だって、何人も知っている。
ただ、牡丹はそれでも恋愛、というタイプには見えなかったのも事実である。
そうくるのか。
カルチャーショックだ。
うむ?
意味が違うかもしれないが私の動揺はつまりそれほど大きいという事をわかっていただきたい。
こんなに動揺しながら駅に向かって走る私は、まるで牡丹から逃げているかのような絵だ。
心が揺れ動いているという事は、私もメカサイボーグじゃあなかったってことの証明なんだよね。
すげーじゃん。
悪いことじゃあないのよ、むしろ喜ぶべきだわ親友なら。
友達が私の知らない男子生徒といつの間にか仲良くなっていても。
う、ううむ―――しかし急な話だっぞぅ、牡丹。
そういうことならそうとガチャ子様にちゃんと言っておきなさい、この蒸しパン星人が。
思えば最近の牡丹はどこか楽しそうであった気がした。
以前よりも明るい雰囲気を持っていた―――ような気がしないでもないよーな。
楽しいことがあったからかな。
男の子と、仲良くしているから。
彼氏が出来たから―――言ってしまえば。
そういう理由があったとするなら、一連の奇行にも合点がいく。
まあ牡丹は奇行が多いけれど。
野生の猫みたいだね、ネコタイプだねっ。
あたしは走りながら、気づいたら笑顔を作ろうとしていた。
笑顔を、作ろうと。
そしてバイトに行こうと。
そうだバイトに打ち込もうと。
しかし内心は、明日から誰と話して過ごせばいいのか―――そんな戸惑いに支配されていた。
いや、絵梨とかいるけど―――みんながいるけれど。
けど、なんだろう。
あたしの心の中から、何かが、減った、もしくは離れた。
今日のこれは、これはそういうことだろう。
牡丹は優しくていい子だ。
けど、ケド。
そんな牡丹にも大切な人がいて、新しく出来て、あたしはそれを邪魔しないように、こう、過ごす―――生きなければならない、これから。
そう思うと、上手くやれるかどうか、わかんなくなるのだった。
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