第3話


遠くで、ガチャと玄関の鍵が開く音がした。


彼がはっと、表情を強ばらせたのが分かった。


そしてゴク、と大きく唾を飲み込み、覚悟を決めた顔をしてリビングのドアを見つめる。


玄関の鍵が閉まる音がして、数秒だろうか。

数秒な気もしたし、長い長い時間な気もした。


リビングの白いドアが開いて帰ってきた人は、彼の姿をテーブルに見つけても表情一つ変えなかった。


玄関に置いてある靴で全てを察したのかもしれないし、いつか来るであろう今日を覚悟して生きてきた私達にとって、この白いドアは、リハーサルを繰り返していた劇の本番の舞台の幕だったのかもしれない。


外は相当寒いのだろう、耳の先が少しだけ赤く、黒髪が少し濡れていた。


「...........たちばな...」


座ったまま彼は、掠れた声で、かつての親友の名前を呼んだ。


たちばな 裕翔ひろとは「久しぶり」仕事帰りのスーツ姿で、短くそれだけを答えて薄く微笑んだ。

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