48 CARAT 他人ではない
「で、具体的にどうするんだ? ジュリを調べるって」
「あたし……じゃなくて、ジュリの通っていた中学に行って、あの頃の桜木もみじがどんなやつだったか聞くつもり。路美尾も行くか?」
……この世界にいたジュリのことは、正直気になる。俺は彼女と共に行動していながら、彼女のことについて何も知らないから。
だけど、それを知ってしまっていいのだろうか。ジュリは記憶を取り戻したくないと言っていた。部外者の俺が、勝手に知ってしまうのは良くない気がした。
「俺は遠慮する。ジュリが記憶を取り戻したいと言ったときは、お前から話を聞くよ」
「りょうかい。じゃ、あたしは行く。バイト行ってからだけどな……。今日はバイトだったのに休んじゃってさ。今からでも行こうと思ってるんだ」
「ああ。わかった。またな」
「うん。路美尾……がんばれよ」
それぞれ別の方向に進んでいく。
今日ずっと、モヤモヤと考えていることがあった。伝えられずにいることがあった。
「桜木」
…………ふと、思い立って、俺は桜木を呼んだ。
桜木は振り返って、不思議そうに俺を見る。ああ、きっとこれは色々あって忘れてるやつだ。けれど、大事なことを言わずに放置は、もうしない。
「約束守れなくて、遊び行けなくてごめん。もう、守りきれない約束はしない」
「……あ、へへ、そういえばそんな約束、してたな。うん、わかった。あたしも無理に誘ったりは」
寂しそうに笑いながら言葉を続けようとする桜木を遮るように、俺は口を開く。
「だから、次会ったとき、行くぞ」
「……っ!」
それは俺が誓った、絶対に守る約束だった。
「そっか。なら、毎日待ってるからな!」
嬉しそうに、弾んだ声で言った。
俺が頷くと、桜木は手を振って、俺も振り返し、別れた。
桜木の感情は、俺には理解しきれないものかもしれない。
それでも、親友とどこかに出かけるのは楽しみだな。そんな感情が俺の中にもしっかりとある。この気持ちを大切にしよう。そんなふうに思う。
俺は今からこの世界でどうするか、桜木と別れる少し前から決めていた。
桜木と魔王を会わせた張本人に話を聞きに行く。
―☆―
アパートに帰っても、智乃さんはいなかった。そういえば智乃さんは、昼間はどこかにでかけていることが多かったな。
前にチラシを落としていったのを思い出した。
俺は引き出しの中になんとなく入れていたチラシを取り出す。
児童養護施設のチラシだ。子供たちが楽しそうに笑い、みんなで一つの大きな赤い石を持っている姿が描かれているイラストだ。この石がきっと、ガーネットだろう。
【児童養護施設 がーねっと】
「がーねっと、か」
どこをどうしたらそんな偶然があるんだか。
とりあえず、ここに行ってみるか。智乃さんがいるとは限らないが。
―☆―
チラシに載っていた地図通りに施設に行くと、そこには子供たちと楽しそうに遊んでいる智乃さんの姿があった。案外あっさり見つかったのもあって拍子抜けだ。
智乃さんはここで働いているのだろうか……?
子供たちは智乃さんのことが随分好きなようで、ほとんどの子供が智乃さんを囲むようにして群がっていた。
智乃さんがこんなことしてるなんて一ミリも聞いたことがない。
「どちら様でしょうか?」
しばらく入口で立ち止まって眺めていると、ここの保育士……らしき女の人に話しかけられた。少し不審そうに、探るような目で。
まあ、こんなところで覗いてたら不審に思われるよな。
「ああ、ええと、鈴木智乃さんに用事が……」
「鈴木さんに? わかりました。呼んできますね」
智乃さんの名前が出たことに少し驚いた様子だった。まあ智乃さん、知り合い少なそうだしな……。毎日のように俺のとこに来るくらいだし。
ここの子供に用がないことがわかると、保育士の女の人は智乃さんの方に駆け寄っていった。
呼ばれた智乃さんは、俺の姿に気付くと、大きく手を振りながら手招きをしてきた。俺が行くのかよ……。
正直言って子供はあまり得意じゃない。嫌いなわけじゃないが、接しづらい。
毎日のように公園に行けば子供に絡まれることも多々あるが、そういうのは桜木に任せているから。
とはいえ、行かないわけにもいかない。俺は智乃さんの方に向かう。
「王子くん! 元気してた?」
「……まあ。あっちで死にかけたけど元気です」
俺が智乃さんの目の前で足を止めると、子供らが俺のズボンを引っ張ってくる。
「おにーさんだれー?」
「あそぼー!」
……なんでこんなところで話をしなければいけないんだ。
俺は子供たちにどう対応していいかわからず、呆然と突っ立つことになる。
助けを求めて智乃さんの方を見ると、智乃さんは満面の笑みでこう言った。
「みんな、路美尾お兄ちゃんが一緒におにごっこしてくれるって!」
「は⁉」
「よーしみんなー! お兄ちゃんからにげろー!」
智乃さんが敷地内の端の方を指差して、弾んだ声で言った。子供たちは智乃さんの言葉に流され、「わー!」「おにごっこだー!」と言いながら遠くへ逃げていく。
「あの、智乃さん……」
「ということで王子くん! 全員を捕まえたらお話の続きをしてあげる! あ、くれぐれも怖がらせちゃだめだからね!」
「な、なんで俺がそんなこと――」
「じゃ、そういうことで! お姉さんは中で待ってるからね!」
俺が言い終わる前に、智乃さんは施設の建物の中に入ってしまった。
俺はグラウンドを見渡す。グラウンドには十人ほどの小さい子供たちが楽しそうに走り回っていた。俺を見ながら。
……異世界で魔獣に殺されかけたときよりもこの状況の方が最も嫌いだ。だからといって放っておくわけにもいかないし……。
さっき智乃さんを呼びに行った施設の従業員も……申し訳なさそうな顔をして俺を見ている。やっぱり、やるしかないのか。
「……わかったよ。智乃さん」
俺は嫌々ながらも、逃げ回る子供たちを追いかけまわすのだった。子供たちは随分と楽しそうに元気に走り回っている。運動不足の俺の気持ちを考えてくれ……。
―☆―
「ぜぇ……はぁ……」
無理だ……。だいたいは捕まえたが、残りの一人が見つからない。かくれんぼじゃなくておにごっこをしてるのになんで見つからないんだ。捕まえた子供に聞いたら、まだ施設に来たばかりのともりという名前の女子で、黄色いミサンガをつけていると言う話だが……。
「どこだよ……」
もう一度見渡してみる。すると、グラウンドの周りに植え付けてある木の裏で、小さな人影が見えた。どうやらあそこに隠れているらしい。
俺は一歩ずつゆっくり近づいていく。
「……っ」
木の目の前まで来たところで、少女は飛び出して走り出した。
俺はその横顔を見て、唖然とする。
「うそだろ……世間ってどれだけ狭いんだよ」
俺はなんとか追いついて少女の方をやさしく叩く。
「やっと……つかまえたぞ……」
「……」
長い金色の髪。腕には黄色いミサンガ。後ろ姿だとわからないが……。
俺は、振り返った少女を見て確信した。
「ユーナ……」
「……?」
思わず呟いてしまった。それほどユーナに似ていた。
まさか、この世界のユーナに出会えるとは思わなかったが……。
「ともり、だよな」
「……うん。つかまっちゃった」
少しビビられてるのかと思ったが、安心したように笑う彼女を見てほっとした。
微笑んでいるのを見て、ユーナを思い出す。
今のユーナは、感情をほとんど失っている。いや、もうどこまで感情があるのかわからないくらいだ。
だから、ユーナと同じ顔の彼女の微笑みをみて、少しだけ心が痛んだ。
とはいえ、今俺は現実世界にいる。ユーナとこの少女を重ねるのはやめるべきだ。
「何で隠れてたんだ?」
「ええと、わたし、足がおそいから……」
「だから隠れたのか」
「うん。かくれるの、じょうずだった?」
「そうだな……全然見つからなかった」
俺が正直に答えると、ともりはくすくすと小さく笑う。
ともりは、海外生まれなのだろうか。顔立ちも髪型も日本の子供とは思えない。名前は日本人っぽいが。
まあ、あまり詮索する必要も俺にはないか。
俺はともりと並んで、建物内に入った。
「おにいさん、とものお姉ちゃんとはどんな関係なの?」
おい智乃さん、数十歳も離れてる子供たちに「お姉ちゃん」と呼ばせるな。
……それにしても、俺と智乃さんの関係か。
「なんなんだろうな」
「わからないの?」
「まあ、大した仲ではないけど、他人ってわけでもない」
「……?」
ともりは不思議そうにしている。俺の言っている意味が分からないのだろう。俺も、自分の言っていることがあまりよくわかっていない。
智乃さんは、俺にとっては大家さんだ。だけど、やたらと俺に絡んでくるし、たまにちゃんと年上の姿を見せてくれるし、ただの他人とは言えない。
「またね。おにいさん」
「ああ」
智乃さんのいる部屋を案内してもらい、ともりと別れる。
ようやく智乃さんと話せるようだ。正直かなり疲れている。ここまでするならわざわざ智乃さんの働いてるところまで来なければよかったかもしれない……。
だが……魔王が目覚めた時、きっと智乃さんはすぐ近くにいたはずだ。桜木と魔王が出会ったのも、智乃さんがいたからだと思っている。
魔王のことについて少しでも情報を得たい。
きっと、ジュリが求めているものが見つかるはずだ。
『私、やっぱり魔王と話がしたいです』
ジュリが目を覚ましたとき、目の前にいたのは魔王だと言っていた。泣いていた、とも言っていた。
ジュリは、魔王の真意を確かめたいと思っている。
それがジュリの望みだ。そして、俺の望みであり、俺たちが立ち向かわなければいけない問題だ。
感の鋭い智乃さんならきっと、魔王についてなにか掴めているかもしれない。
掴めていなくてもいい。ただ、智乃さんに頼ることは、俺にとって大事なことだと思っている。
言葉では表せないけど、智乃さんと俺の関係は、そういうものなんだと思う。
俺は、ドアを開けて智乃さんのいる部屋に入った。
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