47 CARAT 魔王を止めるために

 俺たちはなんとなく気まずくなって、数分間、言葉を発さないままだった。


 桜木はあれだけ「好き」を言った反動なのか、顔をこれでもかというくらい真っ赤にして、さっきから俺が見ても、目も合わせてくれない。


「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


「あーもう! あ、あたしの用は終わり! ほんとはもっと話すことあっただろうけど、もう忘れた! ほら、路美尾の番だろ! 途中で話を遮って悪かったな!」

「だったらこっち見ろよ……」

「無理! あんな恥ずかしいこと言っておいて目を合わせるなんて無理! むりむりむりむりむり!」


 桜木はそう言いながら、くるりと俺に背を向けて座り、壁を見つめていた。

 この状況でどうやって話を切り出せばいいのだか。

 とにかく、今日は桜木と話しに来たんだ。桜木は当分落ち着く気もないだろうし、話しながら落ち着いてくれたらいいのだが。


「……異世界に飛ぶって話をしただろ。その異世界って言うのが、並行世界のようなものらしい。この世界の俺たちのように、あの世界にも俺たちと同じ存在がいて……。性格はまるで違うけど、顔はそっくりなんだよ」

「顔が? それって……」

「お前も会ったんだよな? 俺そっくりの奴。そいつが、あの世界を狂わそうとしてる。悪魔に魂を売って、自分の願いを叶えようとしてるんだよ」

「――そんなっ! なんで…………っ!」


 桜木は、即座に俺の方に振り返って俺の肩を掴んだ。まるで、魔王のことを心配するかのように、焦っているような、苦しそうな目をしていた。


「…………なんで」


 桜木は、自分の行動に疑問を持ったように呟いてから、「ご、ごめん!」と言って慌てて手を離す。


「大丈夫か桜木?」

「あー、ああ。平気平気。何なんだろうな、今日のあたし」

「桜木は、魔王と話をしたのか?」

「魔王? あの路美尾そっくりの男のこと?」


 俺は頷いた。

 桜木が不思議そうにしていたので、俺は魔王が魔王と呼ばれている理由を話すことにした。


「あの世界には黒の水晶という魂を食う宝石があるらしくてな……。世界を壊しかねない強い力を持っているらしい。願いを叶える代わりに、その人間の魂を食って自分のものにするんだ。そんな黒の水晶を蘇らせようとする人物があいつなんだよ。自分の願いのために、自分の魂を授けるつもりでいる。そんなあいつを周りは魔王と呼んでいる」


 このままでは本当に魔王が魔王になってしまうかもしれない。

 それを止めるのが、俺の、俺たちのやらなきゃいけないこと。

 桜木にそう伝えたところで、桜木は考え込むようにして無言になってしまった。

 俺は急かさず桜木の言葉を待つ。


「あいつ……自分のことを【ミオ】って名乗ってた」

「ミオ……? それって」


 桜木が俺に付けたあだ名と同じだ。

 それに、今まで散々名乗ってこなかった魔王が、なんで急に……。


「なあ路美尾、あいつがその黒の水晶に縋る理由……あたしかもしれないんだ」


 桜木は、声を震わせながら、確かにそう言った。

 俺は何が何だかわからず、桜木の言葉を訂正しようとした。お前のせいじゃないと。そんなわけないと。

 それはそうだ。桜木はこの世界の人間だし、魔王と接点を持つタイミングは俺が水晶を奪われたあの一度しかなかった。ありえないんだ。普通ならありえないはずだ。


 でも――。


 水晶を通して見た夢を思い出してしまった。

 既視感のある少女。あの子の外見は、ジュリに似ていた。クリーム色の髪に青い瞳。ジュリのような外見はあまりみないから、夢の中でも似ていると思っていた。だけど、性格はまるで違ったから、印象もジュリとはだいぶ違うものだった。

 そうだ。性格は、桜木に似ていた。

 乱暴で自由な立ち居振る舞い、だけど自然と希望を与えてくれる眩しい笑顔に言葉。一年ほど前、俺が桜木と出会ったとき、あの夢の少女ように強引に俺を引っ張って光の道へ導いてくれた。夢に出てくる少女の性格は、桜木そのもののように感じた。


 もし、夢で見たものが魔王の記憶なのだとしたら――それは。


「あたしは記憶を失う前――あいつと好き同士だったって、本人がそう言ってた。たぶん、あいつの恋人だったんだと思う」

「っ……そうか」


 恋人。

 俺が見た記憶よりきっと先の話だろう。あの邪悪な笑みを浮かべる魔王が、記憶を失う前の桜木と恋仲だった。

 それをどう受け取ればいいのだろうか。俺にはわからない。


「あたしにはあいつのことがわからない。だけど、あたしがもしその立場だったら、好きな相手にすべてを忘れられるのは、嫌だ」


 桜木は俺の目を見て言う。決意が固まった……そう訴えかけるような顔をしている。


「路美尾、あたしは今の自分の気持ちをちゃんと知れた。今のあたしが好きな人は…………路美尾だって。ちゃんと自分の気持ちを確認できたんだ。だから」

「ああ、わかった。……お前の記憶を取り戻したいんだろ」

「なんだ。もう察したのかよっ」


 桜木は可笑しそうに笑った。

 こいつは記憶を取り戻すのが怖いと感じてる。そんなのはわかってる。

 それでもおそらく、魔王のことを救いたいと思っているのだろう。


「そうだ。あたしは自分の記憶を取り戻したい! それで、あいつと向き合いたい。魂を食われて無事でいられるはずないじゃねーか! そんなんで記憶を取り戻しても、あいつを好きだったあたしが喜ぶはずない……そう思うんだ」


 魔王はきっと、黒の水晶しか頼るものがないんだ。

 いつかジュリが言っていたことを思い出す。

 ジュリが自分に記憶がないことを教えてくれたときのことを。

 

『その時魔王は、私を見て、泣いていました』


 もし、ジュリが目覚める以前に桜木がそこにいたのなら……。恋人がそこにいたのなら……。


 ジュリと桜木、この二人はきっと――――住むべき場所が入れ替わっている。

 桜木はもちろん、もう察しているだろう。ここが桜木の本来の居場所じゃないことを。

 桜木が記憶を取り戻すには、あっちの世界が鍵になるはずだ。桜木とジュリの立場が入れ替わる前の、一年前のジュリ・リスタルについて調べる必要がある。

 

「俺は、あっちの世界のお前と一緒に行動してる。一年前のお前のことを、本人やその周りに聞いてみる。それが記憶の頼りになるかわからないけどな」


 正直ジュリにこのことを話すのは抵抗がある。ジュリは記憶を取り戻したいとは思っていないと言っていたから。自分の本来の居場所があの世界ではない事実を伝えることで、ジュリにショックを与えるかもしれない。

 それでも、魔王が泣いていた理由がジュリにないことは伝えたい。きっとジュリは、勝手に責任を感じているだろうから。


「あっちの世界のあたし……そうか。路美尾は会ってるんだな。どんなやつなんだ? きっと、おしゃれが好きな普通の女子高生だったんだろうなー」

「おしゃれが好きかはわからないが……純粋なやつだな。気弱で怯えてるし、力も他のやつと比べたら弱い方だと思う。けど、誰よりも強いものを持ってると俺は思ってる」


 たとえ悪者に対してでも、確かな優しさと思いを持っていて。

 たとえどんなに強い敵が現れても、震えながら立ち向かって。

 たとえどうしようもない状況でも、まっすぐと突き進む。


「かっこいいやつだよ。ジュリは」

「…………」


 桜木はそう言った俺のことを、呆けたように見つめていた。


「? なんでそんな見てるんだよ? 俺の顔になんかついてるのか?」

「あーいや……路美尾が笑うなんて、珍しいと思って」

「笑う? 俺が?」


「――笑ってたよ」


 桜木が寂しそうに笑った。

 その顔に、なぜか胸が苦しくなって、俺は少しだけ目を逸らした。


「すげーわかりづらいけど、確かに笑ってた」

「そう、か」


 自分で自分がいつ笑ってたかわからないなんて、やっぱり俺は、自分のことをわからないままだな。


「路美尾、あたし、今のジュリの過去を調べてみる。ちょっと怖いけど、路美尾を笑顔にできるやつがどんなやつか気になった」


 桜木は立ち上がってそんなことを言う。

 その顔は寂しさや悔しさみたいな、マイナスの表情に見えたが、それは一瞬のことで、桜木はにっと笑って見せた。


「絶対に魔王を……【ミオ】を、止めるぞ! あたしは協力できること少ないかもしれないけどさ」

「……ああ。絶対に止める」


 俺と、ジュリと、ナイト……そして桜木。

 俺たちの行きつく先は魔王を「捕まえる」のではなく「倒す」のでもなく、「止める」ことだ。

 桜木が加わったことで、少しずつ魔王へ近づくことができる。そんな気がした。

 

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