46 CARAT 確かめたかった気持ち

「俺から、話す」


 沈黙した時間を埋めるように、俺は口を開いた。


「何日か前、突然できた噴水で水晶を見つけただろ。その水晶がきっかけで……異世界に飛ぶようになったんだ。信じてもらえるとは一ミリも思ってないけどな……」


 寝る度に異世界と現実世界を転移するようになったこと、それが水晶の力だということを話した。まずは俺がどんな状況で世界を行き来しているのか、それだけを話すことにした。


「異世界……漫画とかアニメとかでみる、あれが、現実に……?」

「ああ。剣と魔法の世界と言えばわかるか……? そんな感じだ」


 俺はアニメや漫画に詳しくはないが、この世界でいう創作での異世界と、俺が実際に行った異世界は、違うところはあれどイメージとして捉えるのには丁度いい。


「ふーん……。あんまり現実感がなくて、すっげえ混乱してるけど、路美尾の話は本当なんだろうな。この状況で嘘つくはずねえし。あたしを本気困らせること、しないもんな」


 桜木は、俺の話を信じる姿勢でいてくれた。

 もちろん、いきなりそんなことを言われて、そのまま信じることはできないだろうが。それは俺だって同じだ。もし俺が桜木の立場だったら、桜木のことを信じられても、想像はできないだろう。


「それで、お前に黙ってた理由なんだが……その世界が、色々と厄介なことになってて、正直言うと、本気で関われば、死ぬかもしれないんだ。そんなことを桜木が知れば、確実にお前は――」

「し、死ぬって、どういうことだよ! そんなの絶対許さないから!」


 桜木は立ち上がっていた。俺の言ったことに動揺している様子だ。

 俺は、桜木にこんなふうに心配をさせたくなかった。桜木なら絶対にしつこいほど俺の安否を尋ねてくるだろうし、俺が怪我をしたらそれこそ自分のこと以上に心配してくるはずだ。俺の自意識過剰かもしれないが、一年間関わってきて、俺も桜木も、お互いが特別なものになっていることはわかりきっていることだ。

 恋愛感情とかそういうのは関係なしに、俺と桜木は、お互いにとって大切な友人なんだ。その相手が危ない目に会う場所に行っているなんて、俺だったら絶対に耐えられない。


「ああ。もちろん俺は死ぬつもりはない。お前との競争、もあるしな。今はこんな状況だから何もできずにいるが、俺はお前との約束を忘れたわけじゃない」

「死ぬつもりがないからって、路美尾が安全でいる保証なんて……どこにあんだよっ」


 桜木の質問に対する答えは、すぐに見つかった。


「俺には、仲間がいるから」


 今まで桜木ただ一人だった。本気で心を許せる友達が。仲間が。

 だけど、異世界で俺は、あいつらに出会った。

 約束も、交わした。

 俺は、生きる意味を、ジュリと一緒に探す。そう決めた。

 だから俺が死ぬ理由は、今はどこにもない。


「…………悔しいな」

「桜木?」


 桜木は泣いていた。下を向いて、その長い髪で涙を隠していた。

 その姿は、どこかジュリと重なって見えて……だけどそれは確実に桜木だった。涙を拭って、何事もなかったようにまっすぐと俺を見る。その瞳の奥は、見ていられないくらい辛そうだった。

 

「なあ、路美尾。あたしのこの気持ちは、本物、だよな」


 桜木の、気持ち。

 それは少しだけ他人の感情に敏感な俺がわからないはずもない大きな感情。俺が何度も目を逸らしてきた、桜木の俺に対する感情。

 俺は、何も言えない。たとえ俺が気づいていたとしても、桜木の感情のひとつひとつは桜木にしかわからないことだから。

 ただ、どうしてそんなことを聞いてきたのか、疑問に思った。


「あたし、路美尾のことが好き……」


 ――あまりに突然な言葉。その言葉に俺は、何も返せなかった。


「返事なんていらない。わかってるから。路美尾があたしに恋愛感情なんてないこと。でも、自分の気持ちが不安でいっぱいなんだ。だから、今だけ」


 そう言って桜木は、俺の手を両手で掴み、自分の胸元……心臓のある位置に押し付けた。


「好き。好き。好き。好き。……好き。あたしは路美尾が、好き」


 確かめるように、逃さないように、桜木は「好き」をひとつひとつ大切に言葉にする。

 

「路美尾といる時間が楽しくて、路美尾がいない日は寂しくて、路美尾と話すと緊張しちゃって、だけど路美尾と話すと気が楽になってさ……」


 矛盾した言葉に、嘘偽りはない。

 そんなのは、桜木の顔を見ればすぐにわかることだった。


「嫌い嫌い言っておきながら、意外と情が深くて、人を嫌いになれない路美尾。自分だけが嫌いで、どこか暗い感情を抱えてる路美尾。だけど本当は生きることを諦めきれない路美尾。大好きだ。……普通さ、そんな危ないことに首を突っ込んだりしねーよ。でも、路美尾の性格を考えたら、誰にだって手を差し伸べたいと思うんだろうな。お前、自分では気づいてないだろうけど、すっごくお人よしだから。すっごく熱い心を持ってる人だから。あたしと一緒にいてくれたのも、優しさなんだなってわかってる。でも、そんな路美尾だから、あたしは好きになった」


 俺は、まっすぐとした視線で自分の気持ちを言葉にする桜木から目を離さなかった。自分はそんなできた人間じゃないと思いながら、桜木からみる俺を、俺は受け入れることにした。


「あたしの心臓、ちゃんと感じてる?」

「……ああ」


 ドクドクドクドクドク。バクバクバクバクバク。


 桜木の心臓が激しく鼓動しているのが伝わる。

 速くて、強くて、大きくて。胸元から伝わるこの音が、桜木の「恋心」を物語っていた。

 桜木は、両手で握りしめていた俺の手をそっと離した。俺も、手を元の位置に戻す。


「へへっ。こんなに気持ちを伝えても、路美尾はあたしに恋してくれないんだな」

「……ごめん」

「いいんだよ。そんなのわかりきってることだし。恋心なんて、強制するものでもないだろ? それでも路美尾が「好き」という気持ちを手に入れたいなら、あたしはいつだって協力する」


 桜木は、今までで一番辛そうに、だけど幸せそうに、優しい声色で言った。

 桜木はこう言ってるのだ。

 

『もし相手があたしじゃなくても、路美尾が「好き」を見つけられるなら、それでいい』


 こんなときでも、自分の感情が「恋」に動かない自分を、俺はまた嫌いになった。

 だけど、桜木の言葉で、俺の心はどうしようもなく、動いた。

 恋ではないこの感情を、どのように表現したらいいかわからない。


 だけどこれは――「好き」というものなのかもしれない。


 わからない……けど、俺の心は、確かに近づいた。

 確かに「好き」に近づいた。


 それだけは、わかる。 


「ありがとう。桜木」

「…………うん」


 俺が伝えたかった「ありがとう」と、桜木に伝わった「ありがとう」は、違うかもしれない。

 今はそれでいい。

 いつか、この感情に自信がついたとき、桜木に伝えよう。


 恋心ではないのかもしれないけれど。


 ――最初に好きになったのは、お前だと。

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