43 CARAT エメラルド王国

 紫の髪をした赤い瞳のツインテール少女、ルビー王女は、ナイトにがっつりとくっついて離れそうにない。俺はソファからはみ出したまま、呆然としていた。


「ナイト、牢屋は怖かった? 寒かった? 本当はルビーが行きたかったんだけど、そこのバカ騎士さんに止められちゃって! ねーナイト、戻ってきてよー!」

「あはは……困ったなあ」


 ナイトはルビー王女に抱き着かれたまま、いつものことのように彼女の頭を撫で、言葉通り困ったように笑う。


「バカ騎士さんってだれっすか? 確か危ないから俺は止めたっすけど……」


 そんな人いたっけ? というような顔でルチルは首を傾げる。なるほど、お前のことか。バカという単語に全く自覚はないようだ。

 というか、このルビーって王女……どこかで見たことがあるような。


「……ナイト、この人達何?」


 そして、我に返ったかのように辺りを見渡すルビー王女は、俺やジュリ達をみてものすごく嫌そうな顔をしながら、小声でナイトに聞いた。


「ああっと、仲間だよ。僕の新しい仲間」

「仲間……。ふーーーーん」


 ルビー王女の面白くなさそうな視線の先は、ジュリだった。


「え、ええと、なんでしょうか……?」


 困惑するように聞き返したジュリに、ルビー王女はなんでか安心したように笑顔になった。


「うん! ごうかく!」

「ごうかく……?」


 困惑がさらに困惑して、ジュリの頭は?だらけだった。


「だって、気弱そうで何もできなそうでナイトのこと落とせなそうだもん。私が抱き着いても何も思ってなさそうだったし! だからごうかく! よろしくね! あ、ナイトは絶対渡さないからね?」

「は、はい……?」

「ナイト―、今日はルビーに会いに来てくれたの? それともお城に戻る相談?」


 疑問が残るジュリにはお構いなしに、ルビー王女は満面の笑みでナイトに詰め寄る。

 が、ナイトは無言だった。

 そして、ルビー王女に向けて小さく呟いた。


「ルビー。今の言葉は取り消してほしい」

「え?」

「ジュリちゃんは、気弱でも、何もできない人間でもないよ。決して」


 俺は、ナイトに違和感を覚えた。

 いつものナイトには似合わない、淡々とした声だった。それは、淡々とはしていたけれど、どこか感情の乗ったもののように思えて。


「……あ、ご、ごめんルビー! あはは、なんかへんだね僕。今日は色々ありすぎて疲れちゃったのかな。あ、でも、ジュリちゃんは強くてかっこいいんだよ! たとえルビーでも、ジュリちゃんを悪く言うのは許せないからね」


 違和感を感じたのは一瞬だけで。気がつけばナイトはいつも通りのナイトに戻っていた。

 いつもの、やさしくて、笑顔で、おだやかなナイトだ。


「…………ナイト」


 ルビー王女は、どこか遠くを見るようにナイトの目を見つめていた。


「ん、どうしたの? ルビー」

「っ! ううん! なんでも、なんでもないよ!」


 ルビーは、ふるふると首を横に振る。

 そして、しばらくの沈黙のあと、ほとんど聞こえない小さな声を漏らす。


「ねえナイト、やっぱりルビーじゃ、変えられないのかな」


 それはきっと、ナイトに向けて言った言葉で、ナイトの聞こえないように言った言葉だった。

 そんなルビー王女の呟きが、俺は気がかりでならなかった。


 だがこの場で追及するほど俺は馬鹿じゃない。だけど、ルビー王女が何を感じているのかはともかく、ナイトの現状……ロードが話していた、負の感情を無くしてしまったナイトの現状に関して、ルビー王女も良く思っていないのかもしれない。


「えーとナイト、その人は?」


 俺は気になったことを聞いて、話を逸らす。


「ルビーは、ナイトの恋人だよ?」

「あはは、違うよ」

「笑顔で即答しないでっ!」


 小悪魔的に微笑むルビー王女はお構いなしに、ナイトはなんでもないように否定する。ちょっとムカつくな……。


「僕と兄さんは親がいないから、小さい頃から騎士としてここで働いていたんだ。ルビーも、だよね」

「うん。他の国は知らないけど、この国の王は妖精たちの指名で決まるようになったから、次の王にルビーが選ばれたんだー。まだ仮の段階だけど!」


 なるほどな……。王族はほとんど血は繋がっていないようなものなのか。

 ということは、確かにナイトとルビー王女は幼馴染というわけだな。

 ナイトに親がいないというのは初耳だ。ルビー王女も親がいないらしいし、やっぱりエメラルド王国は、そういう孤児の問題がかなりあるようだな……。


 俺は、そんなことを考えつつも、さっきのルビー王女の言葉に俺は少しだけ違和感を感じた。

 だが、俺が口を開くよりも先にジュリが遠慮がちに手を挙げる。


「あ、あの……昔は妖精たちの指名で決まっていなかったんですか……?」


 俺が気になっていたことを一緒だった。


「王族の、血のつながりで決まっていたんだ。王の性格など関係なしに、フレンドリーなメラル様は王とよく話していた。だが、そのせいでメラル様が心を壊してしまってた……らしい。当時のことは私も詳しくは知らないが」


 答えたのは、ベリル王だった。

 ベリル王が言うには、指名制になる前の王は表の顔はとても善良な王だったらしい。それこそ国王の話す情報でしか外の世界の情報を知ることができなかった妖精は、きっとこの国は平穏なんだろうと、安心していた。実際は、人種差別や貧困問題、悪魔の呪いによる影響と、多くの問題を見逃し、自らもビーストやエルフに差別を行っていた国王だった。


「ルド様も少なからず影響は受けていただろう。それでも自分を保つことができているのは、ルド様の強いところだ」


 何やら誇らしげに語る。よっぽどルドのことを気に入っているんだな。


「確かにルドさんの顔かっこいいですしねー! ベリルさんが惚れる理由もわかるっすよー!」

「…………うっ」


 誇らしげにドヤ顔をしていたベリル王は、その頬がみるみる赤くなっていくのに気が付いたのか、あわてて両手で頬を覆う。やっぱりベリル王、イケメンが好きなんだな……。

 あとルチルのその精神攻撃は天然なのか? だとしたら結構な凶器だと思うのだが。 


「ま、まあ、そんなところだ。この国は色々と複雑でな。細かいことは気にしなくていい。……それで、わかっていると思うが、妖精への交渉はナイトのみで頼みたい」


 露骨に話を逸らしたが、本来話すべき内容はこっちだったはずだ。ルビー王女の登場でややこしくなってしまった。


「わかりました」


 ルドはまっすぐと言う。その目は、交渉を成功させるという強い意志でできていた。 


 交渉はたぶん、時間がかかるだろうな……。なるべく人と関わらないと言っている妖精が、簡単に許可を出すようには思えない。ナイトが意気込むのも当然だ。

 ナイトが交渉をしている間……やっぱり俺はただ待っているわけにもいかない。


「ナイト、交渉の間、俺はあっちの世界に行っていいか?」


 成り行きで城に入ったものの、元々俺はこの国に着いたら宿を探す予定だった。

 今すぐにでも、桜木のところに行かなければ。

 俺は今日、桜木に話すと決めている。

 ずっと、桜木のことが気がかりだった。水晶を無くした時から。

 もし、俺の持つ水晶が魔王に取られてしまえば、桜木に危害が加わってもおかしくない。ただここでナイトの交渉を待つだけよりは、今すぐにでも桜木に事情を話したい。


「もちろんだよ。交渉は時間がかかりそうだしね。……ジュリちゃん、ユーナちゃんとロミオと一緒に宿を探してきてくれるかな?」

「わかりました。ナイトくん、交渉がんばってくださいっ」


 ジュリ、ナイトにエールを送るな。そんな澄んだ青い瞳で見つめながら。


「ががががんばるよ! ジュリちゃんに応援されたなら、僕はなんでもできる気がする! いいや、実際なんでもできることを証明する! うんうん、ジュリちゃんパワーは偉大だ! ありがとうジュリちゃんっ! よし、がんばるぞおー!」

「あ……え、ええと……? あ、ありがとうございます……?」

「……ナ、ナイト……? え、だれ?」


 ジュリはもちろん、べったりとくっついていたルビー王女でさえ、なんともいえない表情でナイトを見つめていたのだった。


 やっぱりナイトも騎士にしては変な奴だよな……。



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