35 CARAT 狂った恐怖心、トモノ
「桜木ちゃん……? どうして桜木ちゃんのこと……」
「さぁ?」
確証はない。むしろ僕の知ってる彼女の可能性は極めて低い。
それでも、僕は確かめざるを得ない。
「君がどんな人しかわからないし、簡単には教えられないかな?」
「……あぁ、そう」
目の前の女性……いや女は、へらへら笑いながら、申し訳なさそうに言った。
「だったら……無理やり聞くしかないねぇ」
僕は黒く染まった魔力を外へ出すようにしながら、素早く女の背後に周り、腕をつかんだ。
「――っ!」
女は意外にも、僕が手をつかんだと同時に一歩後ろに下がっていた。
反応が早い。
普通の人なら、僕の動きや殺気に感じる暇もなく捕まってくれるのに。後ろに回り込まなければ、逃げられていたかもしれない。
まあ、逃げられたとしてもすぐに捕まえるつもりだけど。
腕をねじるようにして抵抗する姿勢を見せるが、僕は離すつもりなどない。
「言ってよ」
「おっかしいなあ、私、昔から稽古事をこなした数には自信あるんだけどねっ! ぐっ!」
僕は、掴む力にさらに力を加える。少しでも加減を間違えたら、真っ二つにしてしまいそうだ。
「早く言ってよ。じゃないと、殺しちゃうよ?」
「王子くんは別の世界でも心を狂わせちゃってるのかなー。それにしても、この狂い方は――あああああっ!」
「うるさいなぁ。早く! そのサクラギってやつはどこにいるのか、聞いてるんだよっ!」
僕は女の腕の関節を折る勢いで曲げていく。
この女から情報を聞くまでは、殺せない。
サクラギ。ロミオが仲良くしているという女子。
僕とアレの関係が薄かったのを考えると、ロミオと彼女も出会ってすらいないかもしれない。
それでも僕は、僅かな希望さえあればなんだって試してきた。
どんなに小さな奇跡でさえも、僕は試さなければいけないんだ。
「はあっ、わかっ、わかった。わかったから……はな、離しっ」
僕は手を離さないまま、折りかけていた女の腕を床に張り付ける。結果的に女にまたがる形になった。
「できれば離してくれると、話しやすいんだけどなあ」
「言っておくけど、僕が本気を出せばあんたを殺すことも地の果てまで追いかけることも簡単だよ?」
「分かってるわかってる。私の知ってる王子くんとは能力が全然違うって。私が下手をして、本当の王子くんが刑務所行きになったら申し訳ないしねー。素直に言うことを聞くよー」
「少しでも怪しい動きをしたら、僕はすぐにあんたの心臓を抉る」
「はいはい」
僕は手を離す。
彼女はおとなしく、その場に正座した。
抵抗する気は、今のところないと……。
「桜木ちゃんに手を出さないって約束できるなら、お姉さんからあの子について情報を伝えるよ」
「ふーん。わかった」
今のところは逃げる気がなさそうだし、この人が抵抗しない限り、その話にはのってあげよう。
「あっやしいなぁー。もっと誠意を見せて!」
「はぁ?」
「ほらほら! もっとあるでしょ! 『お姉さまの大切な大切な桜木ちゃんに、あんなことやこんなことは絶対にしません! どうか教えてください、お姉さま!』 ――とか! あ、あんなことやこんなことっていうのは、エロい意味も含めてダメだからね!」
僕にあんな仕打ちをさせられて怯えないなんて、おもしろい。
狂ってる。こいつは誰よりも狂ってる。
生真面目なガーネットとやらより、よっぽど僕を楽しませてくれそうだ。
ただし、絶対に今、女に指定された言葉は言わない。言いたくない。
「ねぇー言ってよお! 言ってくれないと喋る気なくなるぅー!」
「僕が言うと思う? これでも国の王なんだけどなぁ」
「申し訳ありません王様このわたくしめの無礼をお許しください――ってなんで大人なお姉さんが何歳も下の子供に頭さげてるの⁉ しかも相手はあの王子くんだよ! 別世界のだけど!」
全然怖がっている気配がしない。
腕を折られそうになった時も、ロミオのことを気遣って降参したようだし、僕がどんなに圧をかけても、ヘラヘラとしている。
「君はさ、僕が怖くないの?」
「いやー怖いよ? めっちゃ怖い! もう王子くんとは月とすっぽんの差! いやこのたとえでいいのかな……」
「…………全然余裕そうに見えるんだけど」
「だって仕方ないじゃん? お姉さん、幼いころから寝る暇もなく稽古させれて、世界のあちこちに行かされて、ほとんどの感情を置いてきたようなものだもん。――ってこんな話王子くんにもしてないよ⁉ 敵に何話してるんだろ私! え、てか君、敵で合ってる?」
「いいから早くサクラギってやつの情報」
うるさい。
僕は殺気を前面に出して睨む。
「わかったわかった。情報って言うか、ついてきてもらったほうがいいかな。ただし桜木ちゃん含め絶対人には危害を加えないこと! 物壊したりもだめだからね!」
「誓うよ。結構君、おもしろいからさぁ。君みたいなやつの言葉は聞いてやってもいいよ」
これは本心だ。
僕の殺気に本気で怖がるそぶりを見せないのは珍しい。自分が死ぬかもしれないという窮地に立っているというのに、僕にまるで友達のように話しかけけてくる。
僕の殺気は本物だ。その気になれば簡単に殺せる。殺したことだってある。
だからただの人間である彼女の反応は、狂っている。恐怖心が故障している。
「まじで⁉ この嫌われ者の私がついに愛の告白をされた! 永遠の愛を誓うって言われた! けどごめんねお姉さん、十六歳はちょっと」
「殺すよ」
「やめてくださいごめんなさいあと私のことはどうか智乃お姉さんと呼んでください」
* * *
「空気が悪いなぁ……この世界は」
僕はトモノに連れられ、オンボロの建物から外に出た。
城暮らしをしている僕にとっては、あのほこり臭い部屋がどうしても耐えられない。しかし、外に出てもきれいな空気は存在していなかった。
外は見たことのない作りをした乗り物や、やたらと大きな建物が目に入った。城の大きさに慣れている僕にとっても、異様な光景である。
へえ。これが魔法のない国か。宝石の力が原動力になっているあっちの世界とは大分違う。
「あーそっちには車とか工場とかない感じ? ここそこそこ発展してるけど、駅とか少ないから、車が多いんだよねー。マスクする?」
「ほんとうにここにいるの」
「うーん。桜木ちゃんは気まぐれだからねー。バイト前はよくこの公園にいることが多いんだけどー、何せ今の桜木ちゃん、相当かわいそうな状態だからなあ」
「へぇ、何かあったんだ」
「まあね。王子くんと。私とも少々」
「その王子くんっていうのは、ロミオのこと? この世界でも僕の地位はそこなの?」
「いやいや! 王子くんは普通の家庭の子だよ。フルネームが王子路美尾なんだ。本人は自分の名字、気に入ってないみたいだけど」
僕の住む世界とはフルネームの付き方が多少違うようだ。僕が探しているサクラギという人物も、サクラギ、以外に名前があるのだろう。
「それにしても、魔王くんは王様なんだねー。すごいなぁ」
「へぇ。信じたんだ? 嘘かもしれないよ?」
「なんとなーく君からは他だものじゃない感がするからねー。別に驚きもしないかな」
本当は隠していることだけど、各国、僕の正体に気付いている者もいるだろう。
それも、ダイヤモンド王国の結界さえ通れば記憶が消えるから特に問題もない。ましてや隣を歩くトモノは異世界人だ。結界を通る通らない限らず、こちらの世界に干渉もできないだろう。
* * *
公園には、ぽつぽつと人がいた。けれど、誰も僕の目的に当てはまる容姿をしていない。
それよりも気になったのは、公園の真ん中に不自然に置かれている噴水。どこかでみたことがある気がする。
「あー、あの噴水? ある日突然現れたんだよねー」
突然現れた……?
思い出した。
僕は前に、水晶を手にしたことがあったんだ。
僕が初めて水晶を手にして、投げ捨てたのがあの噴水の中だったな。そして、噴水の位置に芝生が現れていた。あの時は確か、アレと対面しているときだった。
ふーん。この水晶、噴水と芝生の位置を入れ替えたのか。あの時はなんでもないただの水晶だと思っていたけれど、手放すのはもったいなかったなあ。
何せ、僕にとっては封印石を集めることだけが目的だったから、封印石でないものに興味は一切なかった。それほど、封印石を集めるのに必死だった。
でも、もしこの水晶の力で彼女に会えるのだとしたら、そうしたら僕は――。
「あーところで魔王くん、桜木ちゃんを見つけたら、お姉さんは陰から見守らせてもらうよ。あの子に嫌われてるからね。私を見た瞬間、逃げちゃうかも」
「なにしたの」
「いいや、お姉さんの性格見て! 誰からも嫌われてそうな性格してるじゃん? 納得するでしょ? ……あれ、自分で言って悲しくなってきた」
「へえ。けど、いいわけ? 僕が形だけの約束をしているとしたら、どうなるかわからないよ?」
実際、僕は町ごと破壊させるほどの力は十分にある。
ロミオから話を聞いているのなら、多少は警戒をするべきだろう。
なのに、トモノからはそれを一切感じない。まるであったばかりの僕を信頼しているかのようで、気味が悪い。
「だって君、今日初めて会ったばかりでしょ?」
「……それだけ?」
「まあ、そうなるかな? 君のことは王子くんから話を聞いただけだし、勝手に先入観持って関わっちゃいけないなーと思って」
驚いた。
出会う多くの人々は、魔王という単語を聞いて怒り狂い怯え泣き出すような奴らばかりだった。何も知らない故か、それとも恐怖心が抜け落ち狂っているからなのか。
「はは、はははは!」
「えっえっ何⁉ なんで急に笑い出したの⁉」
「僕は恐怖心を知らない人間が好きでねぇ。君みたいな人は久しぶり、いや、初めてかもしれない」
心の底からおかしくて笑えてしまう。
自分が死ぬことを恐れないロミオの言動にも心を動かされたが、一切の恐怖心を持たず、悪人を悪人と決めつけない彼女の危なさに心底関心する。
僕が湧き上がる感情に浸っていると、トモノがじっと見つめて黙っていた。
「どうしたの?」
「いや、私、王子くんの笑顔見たことがないなぁ……と思って。魔王くんの笑顔は少し不気味すぎるけど、王子くんもそんな風に笑うのかなぁ?」
「想像もできないね。そもそも僕は、あいつに笑顔は似合わないと思うけど?」
あんな、心の底で死を願っているようなやつに、幸せな笑顔なんてできないだろう。
「桜木ちゃんのバイト、まだ時間には早いから、この公園を突っ切ってくるはずだけど……。彼女、めんどくさがりちゃんだから、近道したがるんだよね」
「彼女の家はしらないわけ?」
「あははー、王子くんなら知ってるかもしれないけど、私は桜木ちゃんとはそんないい仲じゃないからね。ここで待ってるのが一番だと思う」
「じゃあ、待たせてもらうよ」
僕は、すぐ近くにあったベンチの右側に座った。
いったい何時間待てばいいのかわからないけど、わずかな希望だ。手放したりはしない。もしサクラギという人物が彼女でなかったら、片っ端から探していくしかない。
二分くらい座って待っていると、なんとなく視線を感じた。
トモノが僕のことをじっとみていた。おそらく、ベンチに座ってからずっと固まって僕のことをみている。
「何?」
「あ。いや、何の躊躇もなく右側に座ったなーと思って」
「何の話かわからないけど、ベンチにスペースは二つしかないんだから、別に何もおかしくないよ?」
「あー、そうだよねー! うんうん。ちょっとお姉さん、君のことを王子くんと重ねすぎちゃってるのかもっ! はんせいはんせい。っということで、私は桜木ちゃんが来る前に身を隠すね! くれぐれも、桜木ちゃんに変な真似はしないこと!」
トモノは近くの茂みに隠れるようにして潜っていった。あまりに怪しすぎる。僕ならもう少しうまく隠れることができるのに。
トモノの言っていたことはよくわからないけど、本音を言えばこれは癖だった。
数年前の話だけど、いつもあの子と二人で会うときは、ベンチの右側に僕、左側に彼女というのが、当然になっていた。いつからそうなったのかはわからないけど、それほど僕らは、何度も会っていた。何度も言葉を交わして、ずっと笑顔を向けあって。
それが壊れてしまうとも知らずに。のうのうとしていた。
幸せだったあの頃を思い出すたびに、心が悲鳴を上げて、苦しくなる。
彼女は僕と同じ感情を感じてくれているだろうか。
だったらいいのに。と、僕は何度も何度も、ありもしない希望を……。
「あ」
後ろから、声がした。トモノの声ではない。もっと幼くて、だけど大人びていて。
たった一言だけの声なのに、妙に懐かしさを感じる心地よさ。
後ろを振り返った。
僕の後ろには、金髪の少女が立っている。
髪の色や目の色は違えど、それは間違いなく。
「ジュ……リ」
――僕が永遠を誓った恋人、ジュリ・クリスタルだった。
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