34 CARAT 魔王と水晶玉
―◆ ―― side◆―
「ん…………」
埃っぽい空気と、寝返りをうつたびにギシギシとする耳障りな音が気になって、目を覚ます。
「…………へぇ。本当に移動してきたんだ」
今にも崩れてきそうな天井を眺めながら、僕は昨日の夜のことを思い出す。
* * *
「たっだいまー! あれ、まだ起きてたんだー?」
自室で仕事をしていると、窓からアリアが入ってきた。
昔は日頃から移動方法のほとんどは転移だったらしいけど、僕が出会ってからのアリアは少なくとも転移の力は使っていないようだ。穢れたせいか妖精としての力を失ったからだろう。けど、もしアリアの転移能力が簡単に使えていたのなら、封印石集めも効率的に進んだかもしれない。
いや……その場合、アリアの協力を得ることはできないか。穢れているからこそ、悪魔のような精神になったアリアは僕に協力をしているのだから。
「早いね。それで、何か見つかったわけ?」
「聞いて驚かないでよー? なんと! 転移できちゃう水晶玉でーす!」
アリアが持っていたのは、小さな水晶玉だった。これといって何の特徴もないように見える、ただの透明な水晶玉。
とても力を持っているとは思えない。
アリアは、ロミオのポケットから黄緑色に光る水晶玉を奪ってきたと話した。
それにしても、どこかで見たことがあるような……。
「といっても、転移は誰が対象になるのかわかんないんだよねー」
「転移ならアリアが得意としてた力だろ?」
「たぶん、構造的にわたしが作ったらしいんだけど、まっっっっっったく記憶にないんだよね!」
「そんな自信満々に言われても反応にこまるからやめて」
アリアが、作った記憶を自身から消すように仕掛けたってことか。いや、でもアリアは転移の力を使う妖精だし、記憶に関してはこの国の妖精が…………。
だとすると、僕が生まれる前に作られた水晶ということになるか。
「ただ、効果がいまいちわからないんだよね。誰が対象で、どんなタイミングで発動するんだろー?」
「貸して」
アリアは、仕事中の僕の目の前に来て、資料の上に座る。
「はーい!」
少しは配慮してほしいなぁ。
まあ、ほとんど終わったようなものだったし、今は転移ができるという水晶の方が気になるのは確かだ。
「転移できるなら、スムーズに封印石集めができるんだけどなぁ」
僕はアリアから水晶を受け取って、水晶越しにアリアの顔を見た。
無色透明。アリアの顔もよく見える。これがアリアの話だと緑に光ったって言うけど、とても発光するような魔石には見えない。
「ねー、ちょっとビリっとしなかった?」
「ビリ? 別に何ともないけど。電流でも流れてるとか?」
「うーん。おかしいなあ? 結構強い電流だったんだけどなー、人間なら気を失うレベルだと思ったんだけどー」
「それを知ってて黙って渡してくるんだ。へぇ」
「あっははー、まあまあ怒らない怒らない! 渡す相手が普通の人間だったらちゃんと言ったよー?」
僕は人間扱いされてないということか。
実際そうかもしれないけど。
電流のような痛みは一切ない。
アリアが感じたってことは、僕にも何か影響があるはずだけど……。
まあ、それはいい。
「それで、どうやったら転移できるのか……か」
「じゃあじゃあ、転移しそうだった時のロミオくんと同じことをすればいいんだよ! まずは水晶を持って寝よう!」
アリアらしい、単純な答えだった。
しかし、それ以外に答えは出てこないだろうし、試す価値はある。
そもそも魔力の一切ないロミオが水晶を使って転移しているということは、何かの呪文で発動するものでもないのだろう。
* * *
「まさか、本当に転移できるとはねぇ」
昨日は本当に水晶を持って眠っただけだった。
あの場にはアリアもいたはずだけど……。アリアの姿はない。どうやら飛ばされたのは僕だけのようだ。
果たして、どんな国の、どの町に飛んだのか……。
僕はあたりを見渡す。
どうやら僕は、埃っぽい空気が漂う部屋の中の、ベッドに寝ているようだ。これは誰のベッドだろうか。普通に考えるならロミオの寝るベッドだと思う。
ここがリスタル王国に来る前からのロミオの拠点だろうか?
部屋の雰囲気もリスタル王国とは大分違うし、置いてあるものもなんだかわからないものばかりだ。
外に出るのが一番だろうけど、まだ部屋の中を調べたほうがよさそうだ。
「ふーん、ぱっと見わかるものと言ったら、日付の入ったカレンダーくらいか」
カレンダーには、一つのマスに〇が付いている。ちょうど昨日の日付か。
どういう意味なのかはわからない。そもそもロミオの予定に興味があるわけでもない。
「それにしても、殺風景な部屋だなぁ」
そう思うのは僕が宝石に囲まれた城に住んでいたからだろうが、それにしたって彼が何が好きで、何に興味があるのか、部屋を見ただけでは全くわからないくらいには、色味ががない。
まあ、僕の部屋も仕事用具と贈り物以外は特に何も置いていないから、別に不思議ではないけれど。
強いて言うなら、所々に散らばっている紙類だろうか。
僕は、テーブルらしき台に無造作に置かれている書類らしきものをいくつか手に取る。
「不合格。不採用。残念ながら……」
散らばっている紙のどれを読んでも、マイナスな言葉しか載っていない。
もうこの部屋はいいだろう。
外に出て偵察をするべきだと思ったが、この国がどんな文化を持っているのかわからないので、とりあえず壁にかかっていたシャツと服を取り出す。
全体的に黒色で、質感も薄いとは言わないが、身を守るための服ではないのはわかる。魔獣に攻撃をされたら一瞬で破けそう。まあ、僕が魔獣に攻撃されることなんてありえないけど。
これを着れば問題ないだろうか。
着替え終わって、若干窮屈な雰囲気を感じつつも、仕事上動きづらい服装にも慣れている僕にとっては、特に不便でもなかった。
「王子くーん!」
「――っ」
突然、錆びついたドアが開いていた。
僕は多少なら、アリアのように魔力を察知することができる。だから、人が来たらすぐに気がつくはず。
何かがおかしい……。
普通、どんな国にもどんな家にも魔力は散らばっている。魔力を原動力としている世界なのだから当然だ。
僕は生まれたときから、人より強く、魔力を感じながら生きてきた。動くものは魔石がはめ込まれているし、照明にも魔力は必須。その全部を感じながら生きてきた。
目覚める前から照明はつけっぱなしだし、時計のカチカチという音もさっきから休むことなく聞こえていた。
けれど。
――ここには一切、魔力の気配がない。
「王子くん、そんなとこに立ってどしたの?」
急に入ってきた目の前の女性にも、何の魔力も感じない。これほど近くにいれば、何かしら感じるはずなのに。それにこの顔に見覚えがあるように感じるのは気のせいだろうか。
とにかく何かしらの反応を見せるべきだ。
「急に入ってくるな」
ロミオなら言うであろう言葉を、僕は探り探り言葉にした。
彼とは一度しか会ったことがないし、この人との関係もわからない。ただ、ロミオの口調を真似るだけでもこの顔ならなんとか乗り過ごせるはず。
口調だけは変えて、僕が目の前の非常識な女性に言いたいことをそのまま言った。
「……? そういえば王子くん、スーツに着替えてるけど、今日面接だっけ?」
なるほど。この妙に統一性のある服はスーツというのか。
”面接”が何かわからない以上、あまり軽率に頷くのも危ない。
「いや、着る服もなかったし、その辺にあったから着ただけだ」
「ああーそゆこと! お姉さんも着る服なくて困るからたまに寝巻で外出しちゃうなぁ。……ってそれより王子くん、昨日、桜木ちゃんに言っといたよ」
「あ、ああ、悪い」
サクラギ……? ロミオの彼女だろうか?
……いや、あんな歪んだ性格の奴に彼女ができるわけがない。まあ、そんなことを言ったらリリーあたりに「王様以上に歪んだ性格の人はいないと思うわよ?」とか言われそうだが。
「せっかくのデートを棒に振るなんて、桜木ちゃんが大切なら、もう破る可能性のある約束はしない! おーけ?」
「ああ。もうしない」
正直何のことだか全くわからないけど、この場を早く乗り切って、外に出たい。
デート……と言ったが、やっぱりサクラギというのは、ロミオの彼女……。
「まったくぅー。お姉さん、大好きな桜木ちゃんに嫌われちゃったんだからね。ま、それはいいんだけど」
名も知らない目の前の女性は、突然僕の顔をじろじろと見てきた。
思いだした。この人の顔には見覚えがある。
たしか、ガーネットと言ったっけ。
僕が嫌いなタイプの、つまらない人間と同じ顔をしていた。
雰囲気や髪の色が大きく違うものの、顔は全くと言っていいほど同じだ。
目の前のガーネット似の女性は、無表情で言葉を連ねた。
「ねえ君、王子くんじゃないでしょ」
見破られていたことに動揺しつつも、僕の中にはそれよりももっと大きな感情があった。
僕とロミオのように、顔がガーネットと瓜二つの彼女。
見慣れないもの。見慣れない空気。一切感じない魔力。
ここに転移してからずっと続いていた違和感の数々。
「そうだねぇ。僕は、別世界のロミオさ」
もしここが、僕の住む世界ではない、もう一つの世界だとしたら。
今度こそ、期待していいのだろうか。
何度も何度も試してきて、何度も何度も失敗に終わった、異世界転移。
それが実現したということでいいのだろうか。
この世界に、僕の、大切な人がいるかもしれない。
そう、信じてもいいのだろうか?
「――ねえ君、サクラギって人のこと、教えてくれるかなぁ」
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