32 CARAT 封印の儀式、その裏で

―◆ ―― side◆―


 月に照らされたの夜。町の広場で光る封印石を持つジュリアレを囲う男女数名。

 僕が見張っているとも知らず、堂々と町の真ん中で儀式を行うとは、さすがの緊張感だ。

 一応、囲って封印石が見えないようにしているようだけど、バレバレにもほどがある。


「僕はずっと不思議に思ってるんだよ。ロミオってやつのこと」


「私も気になってるのよね。戸籍を調べてみたのだけど、どこにもないの。ロミオ・リスタルって名前」


「そーそー! それに、魔力も持ってないなんて、怪しすぎるよねー!」


 リリーとアリアの協力を得て、色々とわからないことがわかった。

 まず、住所。

 リリーがどうやって戸籍を調べたかは知らないが、少なくともリスタル王国には彼の親族含め家族は一切存在しないようだった。

 そして、魔力。

 一度ロミオに会ったときも、魔力を一切感じなかった。確認のため、アリアがジュリアレを呼び出し、封印石を呼び出すため、ロミオの同情を誘う。

 何も起こらなかった。

 最後に、ジュリアレとの関係。

 なぜ行動を共にしているのか、それは僕のことを追っているのだろう。

 しかし、彼と彼女がなぜ組んでいるのか、それがわからない。 

 僕は彼に会うまで彼に対して何もしていない。顔が似ているだけで憎まれるのも心底うざったい。僕と初めて会ったとき、僕の顔を初めてみたように驚いていたし。

 だから、僕への憎しみに対する共通意識ではないはず。

 そう考えると、彼女にとって、あるいは彼にとって、僕を探し追い込むためのメリットがあるから、だと思っている。


 やっぱり、わからない。

 だから今日、彼のすべてを見張り、真相を突き止める。

 そのためには、今問題を起こして警戒させるわけにもいかない。

 封印石を見つけるチャンスは、まだある。

 リスタル王国に潜む問題を取り除いてから、次の国へ向かおう。


「ねえ、一つ聞きたいんだけど」


 リリーが僕の目を見て笑みを浮かべながら聞く。


「今回の封印石を見逃すのって、ジュリちゃんだからじゃないの?」


「面白いこと言うね。僕はアレのことを、封印したいとさえ思ってるんだよ?」


「だから、ジュリちゃん自身が封印石に封印されることを期待してるんじゃないのかなーって思ったの。言っておくけど、それは無理だと思うわ」


 やってみなきゃわからないじゃないか。

 もしアレが、彼女に取り憑いた悪い悪魔なのだとしたら、封印石で封印できるかもしれない。


 まあ、そんなことできないのはわかってる。

 そうやって僕は、何度もくだらない考えを思いついては、失敗してきた。


 都合がいいように、自分の希望を自身に言い聞かせてるだけ。

 くだらない希望はともかく、ロミオの正体を掴むことが、最優先だ。

 その先に、もしかしたら――。

 はあ……だめだなぁ僕は。またありもしない希望を掲げて。


―◆Romio side◆―


 雲一つない夜空。

 満月とまでは言わないが、明るく丸い月が静まり返った町を照らす。

 昼間、人が集まる広場は、一つの光に照らされた。

 封印石が放つ光は、昼間に見た光の何倍にも増すほどの、ただならぬ存在感を醸し出していた。


 封印の儀式。

 その仕組みは簡単にできているようで、月夜に月の光を浴びせながら呪文を唱えればいいらしい。

 呪文を唱えるのは誰でもいい。魔力を持っていれば。つまり俺は無理。


「全員で来る必要あったのかよ……」


 あくびをしながら、ロードは面倒くさそうにつぶやいた。

 ガーネットやブラウンの話では、いつ魔王が現れてもおかしくないらしいので、できるだけ封印石を囲う形で隠している。

 逆に怪しいとは思いつつも、ジュリ一人でいくよりは安全ではある。大勢なら魔王も手を出しづらいだろう。という考えも含めて、全員で行くことになった。


「うるさいわよ。早く引っ込みなさい」


「ムリムリ。オレだってこんなめんどくせえ儀式に参加したくはねーよ」


 睨みあっているガーネットとロードの二人をみて、俺はため息をついてしまう。

 本当に相性が悪いな……。

 一応誰の悪魔を封印するか、という話をロードにもしてみたが、回答は「知らねえ。どうでもいい」だった。まあ、そうだろうな。


「は、始めます」


 ジュリは小さな欠片である封印石を、両手で大切そうに持つ。

 月と封印石の光に照らされるジュリは、今にも消えそうなほどに儚い佇まいをしている。

 ここにナイトがいたら、きっと死ぬほど騒いでいたに違いない。

 俺の中でも、何かが渦巻くような、よくわからない違和感がある。

 ジュリを見て、かわいいではなく、美しいと思ってしまう自分がいる。

 それほどに、彼女と「光」は、似合いすぎていた。

 この光は封印石が放っているのか、夜空の月が放っているのか、それとも、ジュリが放っているのか。

 もはや曖昧になるほどの、淡くゆらめく光が、そこにはあった。

 ジュリは、封印石に意識を集中させるように目を瞑り、語り掛けるように呪文をつぶやく。


【邪悪なる者よ。月の光に導かれ、永遠とわに眠り続けよ】


 きっと、自分を呪い取り憑いた悪魔を想像しながら唱えたのだろう。

 唱え終えたジュリは、封印石を口に含んだ。


「た、食べた……?」


 傍から見たら光る石を食べる変人にしか見えないのだが。

 しかし、それがジュリだと、不思議と絵になってしまう。


「いいや、あれが儀式の一番大事なところだぞ」


 俺が戸惑っていると、ブラウンが口を挟んできた。

 どうやら、ああやって口に含むことで、願い主の魔力を吸い、その力で封印を行うらしい。

 飲み込んだり噛んだりはしていない。ただ口の中にいれているだけだ。

 封印が終わると、いつの間にか口の中にあった封印石が消えているらしい。月の光で浄化されて、次の呼び出しが来るまで待機しているという噂。何度聞いても封印石の仕組みはよくわからない。

 封印したら消えて新しいところにいく。それだけを覚えることにした。 


 しばらくジュリは無言でそこに立っていた。封印石が消えるのを待っているのだろう。

 その間、俺たちもその姿を飽きずに見つめていた。

 ロードの方は早く終わらないかとイライラしている様子だが。


「……終わり、ました」


 ジュリは目を開いて、辺りを見渡す。

 あとはジュリに取り憑いた悪魔が封印できているか。

 ジュリの答えを聞かなくても大丈夫そうだ。嬉しそうに口元を緩めて、笑っている。


「成功しましたっ! ちゃんと、皆さんの顔が見えます!」


 魔王の邪魔が入ることもなく、無事に封印をすることができたようだ。

 本当に、何事もなくてよかった。

 これで明日から、エメラルド王国に行くことが……。


 できないな。

 明日は、桜木にすべてを話す日だ。


―◆ ―― side◆―


 やっぱり、何も起こらなかった。

 封印の儀式を終えたロミオたちは、あのブラウンという剣士の家に再び戻った。

 寝泊まりしていたガーネットの別荘が崩壊した関係で、ブラウン家で就寝するようだ。


「アリア、僕は明日仕事があるから、監視はまかせたよ。なんでもいい。彼が何者なのか、正体につながる報告を待ってるよ」


「りょうかい! わたし、がんばっちゃいまーす!」


「そういえば私も、明日はマリンの修行に付き合う日だったわ。久々に沢山構ってあげようかしら」


 僕とリリーは国へ帰り、アリアはその小さい身体を活かしてブラウンの家に侵入した。

 きっとアリアなら、すぐに見つけてくれるはずだ。


「はは、ははははっ」


 待っててくれ。僕の永遠の彼女。

 僕らの約束は、絶対に誰にも邪魔させない。


 君を、必ず取り戻す。


 ――ジュリ。

 

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