29 CARAT 確かにここにある感情

 ―◆Yuna side◆―


 魔獣の呻き声が聞こえると同時に、大きな胴体が真っ二つに分かれていた。

 ジュリさんが、魔獣を斬った。

 あんなにも妖精に惑わされていたのに、ロミオさんの言葉を聞いて、ジュリさんは剣を振るった。


「やっぱり、感情にまっすぐですね。ジュリさんは」


 誰に話すでもなく、わたしはそう言った。

 感情にまっすぐなジュリさん。あの人を苦しめているのは悪魔の呪い。わたしと同じ、悪魔の呪い。


「ああ、驚くほどに感情豊かだな! ジュリちゃんは」


 私の声が聞こえていたのか否か、となりにいた人が私の独り言に返事をしてくる。

 たしか……ブラウンさん……? ジュリさんがそう言っていたはず。

 ジュリさんを守ってきた“町の人”の中の一人。


「ジュリちゃんはそうだな。初めて会ったときはあんなに勇敢じゃなかったよ。もっと、こう、お嬢様みたいな、守ってやりたくなる存在感を放ってたんだ」


 ブラウンさんはジュリさんの方を見ながら、懐かしむように話す。


「まあ、記憶がないっていうのもあって、目に見えるものすべてが怖いって感じだったんだろうけどな。知り合いが誰も居ない中、何にも縋ることができなくて大変だっただろうよ。って、あんたみたいな子供に言ってもわからないだろうけどな。ははは」


「わたしは親に捨てられたから、ジュリさんのように一人でした。施設にいたときは友達もいましたけど」


 捨て子だったわたしは、施設に預けられた。だけど、その後、悪魔に呪われる。

 感情を失ったわたしに話しかける友達はいなくなった。

 そんなとき、わたしはガーネットに会った。

 悪魔に呪われたばかりだったわたしは、感情が今ほど無くなっていなかったのだ。


「ガーネットに出会うまではジュリさんと同じ気持ちでしたか?」


 わたしはなぜか、自分のことなのに昔の自分の感情を忘れていた。


「はっはっは! なんでそれを俺にきくのかねえ。……孤独が好きな人はいるだろうよ。けど、あんたはそのガーネットさんについてきたってことだろう? 昔の気持ちはともかく、今のあんたは一人のときより幸せなんじゃないか? 昔よりも、今が大切だとおじさんは思うけどな」


「昔よりも今……。ロミオさんも同じようなこと、言ってました」


 昔の感情も今の感情もわからないわたしには関係ないこと。

 だから、わずかに残っているこの感情は、ジュリさんのために使いたい。


 ――助けたい。


 今のわたしには、感情がある。

 ジュリさんを救いたいという、明確な感情が。

それはいろんな顔を見せて、いろんな気持ちをまっすぐにぶつけるあの人に、見返りを求めているから……かもしれない。

 もし、わたしの中に残ったこの確かな感情を、すべてジュリさんに与えられるとしたら……。

 与えた先に、わたしが感情を取り戻すヒントがあるのだとしたら……。

 今の消えかかった感情は、何倍になって帰ってくるのだろうか。

 そんな”期待"が、胸を高鳴らせてくれる。

 この、気持ちのいい、あたたかい感情は、悪魔に呪われる前のわたしがずっと持ち続けていたものだ。

 自分でもわかるほどの明るい性格だったわたしが、こうなってしまったのは、こうなることになれてしまったから。

 最初はどうしようもない感情が、確かにあった。

 空っぽの感情を、寂しく思う感情が。

 でも、今のわたしは、昔からこうだったんじゃないか。と思えるほどには今に違和感を抱いていない。

 感情のあった自分と感情のない今の自分を比べることはあっても、

 それが自分だったのか、どっちが自分なのかなんて、わかりもしない。

 だからロミオさんに聞いたのだ。わたしは。

 わたしはユーナですか? と。

 答えは、今と昔はきりはなせ。そんな内容だった。

 今の自分になれてしまったものは仕方がない。

 わたしは、今の自分が今のユーナだと認めることしかできない。

 長い時間こうだったから。


 だけど、ジュリさんにはそうなってほしくない。

 もし、常にだれよりも純粋でまっすぐなジュリさんが、目の前の相手は魔獣か、味方か、疑いながら過ごす日常に"慣れて"しまったのなら……そこから戻るには、本当の日常に対する違和感が邪魔をしてくる。

 そんな気がする。

 だからジュリさんは、長い間幻をみたままではいけない。

 そう思っている。


 わたしは、ジュリさんを、ジュリさんのままにしたい。

 わたしのように、悪魔によって変わってほしくない。


 ああ、こんなに大きな感情、今のわたしには、ジュリさんとガーネットにしか抱けないんだろうな。


 だからこそ、わたしの中にかすかに残ったこの大きな感情を、一番必要としている人にすべて渡したい。


 ――ガーネット、ごめんなさい。


「ブラウンさん、わたしは、ジュリさんにこの感情をあげたいです」


「……いいのか?」


 わたしは、胸に両手を当てる。やさしく、だけど鼓動を感じられるように、強く押し当てる。


 ――この中にある微かな感情は、わたしの中から消えてしまいます。それでも、わたしはこの感情に正直に答えたいと思います。


「かまいません」


 胸に押し当てた手の中に、固くて冷たい、違和感があった。

 黒くて小さいかけらが、淡く光って、手の中に包まれていた。


 大昔に黒の水晶を封印し、二度と目覚めさせないようにバラバラにされた石。


 何から何までもを封印することができ、逆にその封印を解くことができる石。


 奇跡の石とも、悪魔の石とも言える石。


 封印石。その欠片が、この胸にはあった。

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