27 CARAT 結界のその先は

―◆Juri side◆―

 一時間前――。


「パス」


「そ、そこをなんとか、お願いします……!」


「前に教えてやったときに言っただろーが! オレは一回だけなら付き合ってやってもいい、つったんだよ」


 もっと強くなるために、町の人を守るという目的以外にもう一つの目標を見つけた私は、朝起きてさっそくロードくんに魔法の特訓のお願いをした。

 けど、やっぱりロードくんは乗り気じゃない。いい人の時もあれば、ちょっと冷たいときもある。この人の事はやっぱり、よくわからない。

 きっとロードくんは、私が何度お願いし直しても、自分の考えを変えないだろう。


「すみません。……失礼します」


「ユーナなら」


 私がロードくんの部屋を出ようとすると、ロードくんはベッドに横たわって天井をみたまま、ユーナちゃんの名前を出した。


「……?」


「ユーナなら練習相手になるんじゃねーの。てか、エルフなんだから魔力の使い方がオレより確実に上手いだろーな」


「で、でも、ユーナちゃんはまだ11歳ですよ……? 私に付き合わせるのはやっぱり……」


「そうやって下に見ておいて、あいつの何百分の一の力もだせないよな。テメーってさ。だから嫌いなんだよ」


 ――嫌い。

 私にそんなことを言ってくるのは、魔王だけだと思っていた。

 だから、その言葉に対して、返す言葉がなにもなかった。


 けど、ロードくんの言ったことは正論で。


「そう、ですよね。ユーナちゃんに聞いてみます。ロードくん、ありがとうございました」


 困惑した心を振り払って、私はユーナちゃんのいる部屋に向かう。ユーナちゃんの部屋はたしか、ガーネットさんと同じだったはず。


 ―★―


「お願いします!」


 私はロードくんが言っていたことをそのままガーネットさんに説明をして、深く頭を下げながら、ユーナちゃんとの特訓の許可をお願いした。


「本当に大丈夫なの? ジュリ、あなたは私たちや町の人たちが皆魔獣に見えてるのでしょ?」


「でも、やっぱりこのままここにいるのはいけない気がして……。しばらくはこの生活にも慣れないといけないと思っています」


「それも……そうね。私が特訓に付き合ってあげたいけれど、私の魔法は毒だから特訓には不向きね。いいわ、ユーナさえ良ければ一緒に町の広場で特訓してきたらどうかしら?」


 ユーナちゃんの方をみると、小さな魔獣の首はこくっと頷いた。


「わたしは構いません」


「そっか、よかった……。あ、ありがとう、ユーナちゃん!」


 私は、ユーナちゃんの目線までしゃがんで、「よ、よろしくね……っ」と使い慣れないタメ口を使いながら言った。


「それにしても、さすが火達磨ね。冷たすぎると思うのだけど」


「いえいえ、私が勝手にお願いしていることですし、ロードくんは根はとてもいい人だと思っています」


 ユーナちゃんのことを薦めてくれたのもロードくんだし……。

 いつか、ロードくんを関心させられるような強さを手に入れて、また魔法の特訓をお願いしたいな。


「で、では、行ってきます」


「行ってきます」


「ジュリ、ユーナ、気をつけてね」


 ガーネットさんに見送られながら、私たちは広場に向かった。


 ―★―


 放った水の玉は、すぐに受けとめられた。


「もう少し、全身を使った方がいいです。腕にばかり力が入っているように思います。深呼吸をしてください。」


「はいっ! ――じゃなくて、うん!」


 思わず敬語で答えてしまうほど、ユーナちゃんのアドバイスは的確で、わかりやすい。

 私は言われた通りにやってみる。

 ――深呼吸。

 なるべく全身に酸素を送るように、深くゆっくりと、外の空気を吸う。

 そして、身体の中の魔力を空気と一緒にはき出すように、息をはく。

 大きな水の玉を意識しながら。


「……っ!」


 今までより大きな、分厚い水の塊ができている……!

 今までは自分の身体の半分にも満たなかったのに、今は二倍くらいあるかもしれない。ちょっと意識を変えるだけで、こんなに変わるなんて。


「このままだと、ただの大きな水の塊なので、次はこれを動かす練習を……」


 ――ゴゴゴゴ。


 ユーナちゃんが言いかけたとき、地面が揺れて、私は体勢を崩した。

 ユーナちゃんは、何事もないような顔をしているけど、きっと何が起こったのかはわからないと思う。

 その地響きと共に、大きな悲鳴を中心に、町人たちが、声を荒げてこちらに走ってきた。まるで、何かから逃げるように。

 トン、と、私は後ろから肩を叩かれた。そして「ジュリちゃん」と慌てた様子で言う彼は、ブラウンさん。

 

「ジュリちゃん、ここは危ない、早く逃げたほうがいいぞ! 魔獣が町を襲って来たみたいなんだ! 普通の魔獣とは何か違うらしい!」


 魔獣……!?


「あ、あのっ! ブラウンさんは……?」


「俺は一応剣士だからな、今からあっちに向かう。ジュリちゃんは――」


 ブラウンさんが指を指した方向をみる。


「私も行きます!」


 迷わなかった。だってあそこは、ガーネットさんの別荘がある方向だから……!


「けど、ジュリちゃん、あんたはまだ子供で――」


 子供とか、子供じゃないとかじゃない。

 ここで逃げていたら、私は弱いままだ。ビクビクして、何もできないままだ。

 またブラウンさんや町の人に守られて、自分だけ安全な場所になんていけない。


 私はユーナちゃんの方をみる。

 ただまっすぐ、目の前の逃げ回る集団を見るだけの、ユーナちゃん。

 この子の目には、一体どんな風にうつっているのだろう。


「何でしょうか?」


 ユーナちゃんは、私に気づくと、その無の表情を変えないまま疑問を聞いてくる。

 ユーナちゃんが、本当の感情を失っているとしても、私にはわかる。彼女はガーネットさんのことが好きだと。


「ユーナちゃん、一緒に行こう」


 私よりはるかにつよくて、他人の観察もできる。そんなユーナちゃんだからこそ、子供だからと言って逃げるように言うのはおかしい。

 ロードくんの言うことが、分かった気がした。


「はい」


「ったく、仕方ないな。ジュリちゃん、くれぐれも無理はするなよ! そっちの子もな!」


 私はユーナちゃんとブラウンさんと共に、地響きのする方へ向かう。


 ―★―


 信じたくはなかった。けど、魔獣は完全に、ガーネットさんの別荘の前に、姿を現していた。

 うねうねと細い体を動かしては、建物を破壊する、蛇型の魔獣。今までこんな大きな魔獣は見たことがない。

 平和で美しいリスタル王国の町は、壊された建物の瓦礫でいっぱいになっている。

 別荘はガーネットさんが結界を張っているけれど、長くは持ちそうにない。

 けど、なぜだろう。魔獣の周りでは剣士や騎士たちが戦っているものばかりだと思っていたけれど、集まっている人皆が、魔獣に攻撃するには遠い位置にいた。

 ブラウンさんも不思議に思っていたようだけど、なぜだかはすぐにわかった。


「ジュリちゃん、結界が張られている。それも強力な結界だ」


 魔獣が侵入できないようにする結界があるように、人間が侵入できないようにする結界が、辺り一帯に張り巡らされているようで、目の前に敵はいるのに、見えない壁がブラウンさんを邪魔して攻撃できなくなっている。

 一体、どうすれば……。


「あれ?」


 ブラウンさんが立ち止まっている場所を、私は簡単に通り抜けてしまった。

 そのまま進んでも、結界による障壁は感じない。

 よくわからないけれど、これは魔獣を倒せるチャンス――。


「ジュリちゃん!?」


「ジュリッ!」 


 魔獣の中から、最近よく聞く声が聞こえた。


「――!」


 魔獣の体に巻かれているのは、ナイトくんと、ロミオくんだった。


 そして、その魔獣の背後で、小さな体の影が動き、こう言った。


「待ってたよー、ジュリちゃん♪ わたしはアリア。妖精だよ!」

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