25 CARAT 魔獣の目は、私を見つめる
―◆Juri side◆―
――数分前――。
最近、視界が酷くぼんやりとすることがある。
だけど、沢山休んだし、これ以上私が立ち止まっていては三人に迷惑だ。
「あの、私は先に外に出ていてもいいでしょうか? エメラルド王国は少し遠いですし、食料も必要ですよね?」
「うん。ジュリちゃんに任せちゃっていいかな? 気をつけてね」
ナイトくんの言葉に「大丈夫です」と答えてから店を出た。
「……ふぅ」
頭を抑える。
痛くはないし、めまいがするというわけでもない。だけど、何故か、見えている景色の感覚がおかしい。変な毒でも食べたのかもしれない。
今だって、三人に悟られないように平常心を保っていたけれど、そろそろ限界が来そう。
でも、頑張らないと。
町の人を守るという私の目標は、大きな目標になりつつある。
魔王の動きを封じて、町の人を守るだけじゃなくて、世界を守る。私たちがやろうとしていることは、それくらい大掛かりなこと。
そして、魔王がやろうとしていることも、世界を壊してしまうほど、怖いこと。
魔王だって人間だから、話せばきっと分かってくれるはず。あの人の私を見る目は怖いけど……きっと、それにだって理由があるはず。
「食料、買わなくちゃ」
考え事を交えての少しの休憩を終えて、私は歩き出した。
「きゃあああ!」
それは一瞬だった。
目の前に、魔獣が何体も現れた。
あの時のように、視界いっぱいに魔獣が現れる。
私がみる世界は、あっという間に魔獣と、おかしな邪気に囲まれていた。
剣を抜くしかなかった。知らない間に抜いていた。
目の前に魔獣がいる。それも沢山の。しかも、この町に。
町の皆を守るために、私がやるべきことは……。
「魔獣……魔獣は、私が斬らないと」
魔獣の叫び声が聞こえる。
グォォオオオだとか、ガァルルルウウウウだとか。
もうここに、人間はいない。なぜそうなってしまったのか、わからない。皆、どこかへ避難してくれていたらいいな。そんなことを思いながら剣を振り出す。
……やっぱり魔獣だっ。動きが速いっ……!
町の人を、皆を、守るんだっ!
私はそのために、強くなりたいって願ってきた。
自分を支えてくれる皆を守るために。
勿論、それはナイトくんやロミオくん、ユーナちゃんだって同じ。
だから、だから、剣を抜いて、戦って、強くならなければならないんだ。
この前の戦闘では、ガーネットさんの村の事を考えず、自分の周りの事しか考えていなかった。それで突っ走ってしまった。
けど、今は違う!
今は、今こそは、私が戦うべき時なんだっ! 町の皆を守る時なんだ!
――だから私は、襲ってきたと思った魔獣の声に、耳を疑った。
「ジュリッー! 目を覚ませっ!」
気づいたらもう、遅かった。
「ロ、ミオ、くん……?」
私は、目の前の景色に絶句していた。
赤い血が、真っ赤な赤い血が、ロミオくんのお腹から流れ出ている。
……手足の震えが止まらない。
私は、私は、なんてことをしてしまったんだ。
「今、治癒します」
咄嗟にユーナちゃんが走り出し、ロミオくんの元へやってきた。
ロミオくんの血を止めようと、魔法の光を放っている。
回復魔法が使えるエルフの人たちも、ロミオくんの元に駆けつけた。
「おいテメェ、どういうことだこれはっ!」
肩を乱暴に掴まれた。
ナイトくんから入れ替わったロードくんが、私に問い詰めてくる。
「…………」
私は、立ち尽くすことしか、できなかった。
「う……ジュ、リ」
ロミオくんは、振り絞るように私の名前を呼んだ。
その声に、私は我に返った。
「ロミオくんっ! 私、私……」
ロミオくんは、なぜか、笑っていた。
苦しいはずなのに、笑っていた。
まるで、魔王の不気味な笑顔のように。
その時初めて、分かった気がした。
ロミオくんは、魔王とは違う闇がある。
私がそう思った理由が、分かった気がした。
魔王が誰かを殺してもおかしくない目をしているように、ロミオくんは自分が死んでもこうして笑っていられるような、そんな私には考えられない闇があるんだ。
「ロミオくん! 生きてください! ……死なないで、ください」
「死ぬ、つもり、ねえから……」
だったらどうして……こんな危ないことをしたんですか。
なんて、斬った本人である私が言えるはずもなかった。
―★―
「命に別状はないみたいね。ユーナと町の皆のおかげよ」
一度去ったはずのガーネットさんの別荘で、私は客室でガーネットさんと話をしていた。
けど、それがガーネットさんだってわかったのは、本人の声を聞いてからだった。
「まだ、魔獣に見えているの? 私とか、皆が」
「はい。別荘につく頃には、また皆さんが魔獣に見えるようになってて。……声は聞こえるように、なったんですけど……」
あの時は、視界どころか、聞こえるすべての声も、魔獣でしかなかった。
ナイトくんとロミオくんが私に向かって叫んでいたらしいけど、私にはすべて魔獣の鳴き声にしか聞こえなかった。
悪魔……。
まさか、私が悪魔に呪われることになるなんて……。
「ジュリ、あなたが責任を感じることではないわ。魔王もどきは自分が勝手に突っ込んだと言っていたし、回復魔法で六時間もあれば治るのだから、気にしなくていいのよ」
「ありがとうございます。ガーネットさん」
何を思ってそう言ったのかはわからない。けど、私はガーネットさんの言う通りにはできない。
体調が悪いことを皆に言っていれば、こんなことにはならなかったはず。
「魔王もどきのところに行った方がいいんじゃない?」
「合わせる顔が、ないんです……」
悪魔に呪われていたとしても、ロミオくんがわざわざ私の前にたったからといっても、斬ったのは私だから……。ロミオくんに、なんていえばいいのか、わからない。
「まあ、それはあなたの自由だけどね」
ガーネットさんは「少しここで休んでおきなさい」と言ってから、客室を出た。
客室には、小さな魔獣がいた。
実際には、魔獣に見えているだけだけど……。
「ええと、そこにいるのは、ユーナちゃん?」
「はい」
ロミオくんが斬られて、いち早く助けに来た悪魔に呪われた少女。
ガーネットさんの村で、私の事も助けてくれた、感情のない少女。
「回復魔法はかけ終わったので、あとは回復を待つだけです」
「ありがとう。……ユーナちゃん」
私は、ユーナちゃんに、感謝しきれない。ありがとうって言葉じゃ足りないくらい。
「ユーナちゃん、私、ロミオくんやナイトくんたちの、仲間にいてもいいのかな……」
迷惑ばかりかける私は、本当に皆について行っていいのだろうか。
そんな考えばかりが、頭をよぎる。
「ジュリさんがいなかったら、わたしたちは集まりませんでしたよ」
「え?」
「ロミオさんはジュリさんに助けられたんですよね。それに、ナイトさんやわたしも、ジュリさんに惹かれて着いてきてます。だから、ジュリさんは抜けてはいけないです」
そっか……。そういえば、そうだっけ。
納得はできないけど、皆、私の事を認めてくれていたんだ。
私はそんな、すごい人間じゃないのに。
しばらく、私とユーナちゃんは沈黙の中、何もせずソファに座っていた。
他に話すことがあるのかもしれないけど、私にはそんな気力、なかった。
20分くらい、特に考えることもなくぼーっとしていた私は、ドアの開く音で我に返る。
「おいジュリ! テメェ、何を考えてんだ!」
「ロ、ロードくん……?」
怒り狂ったような彼の表情をみた私の表情は、きっと固まっている。
無論、ロードくんの姿すらも、魔獣にしか見えない。
「ロミオを斬った本人のクセに、アイツに会って謝りもしないのかよっ」
「そ、れは……」
私は今、ロードくんの目を見ることができない。
彼の言う通りだ。
ロミオくんに謝らないといけないのに、私は今、何をしているんだろう。
「あーあ。ナイトが『ジュリちゃんは強い』とか言ってたから、少しは信用しようとしたのに、やっぱりテメーはただの弱虫だな」
吐き捨てるように言うロードくんの言動に、私は頷いてしまった。
「はい。強くなんか、ありません。私は、強くなれないんです。もう、もう無理です……」
誰の役にも立てない。むしろ私は、何かすれば誰かを傷つけてしまう。
決心したはずなのに、強くなるって、決心したのに……。強くなるって、どういうことなんだろう。もう、何もわからない。
頬をつたって、目から我慢していた涙が一気に流れだす。
「へっ。勝手に言ってろ。オレはフォローとかしねーから」
フォローをしてほしいなんて、思ってない。
むしろ、その方が私にとって、毒になる気がした。
今ここにいるのが、ロードくんでよかったのかもしれない。
「けど、ロミオには会え。オレはそれを言いに来た」
ロードくんは、そう言って部屋を出て行った。
私にはロードくんがそこまで言う真意がわからなかったけど、言われた通りロミオくんの元へ向かうことにした。
流されるがまま。
世界はどこを中心に回っているのだろう?
―★―
「ロミオくん、ごめんなさい!」
部屋に入ってまず、謝った。頭が地面についてしまうんじゃないかと思うほど、深く頭を下げた。
「……何がだよ」
ロミオくんは、包帯で巻かれた体を隠すように、シーツで覆った。
今更隠す必要もないのに、変わった人だな。
魔獣に見えてはいるけど、ロミオくんの声ははっきりと聞こえる。
私が深く斬ってしまえば、ロミオくんは意識を失ってユーナちゃんが治癒に取り掛かる前に異世界へ飛ばされていたかもしれない。
明らかに、ロミオくんのやることは、捨て身だった。
「ロミオくん、もう、もうあんなこと絶対にしないでください」
私は逸らさず魔獣の目を見る。
それがロミオくんだと、確認する意味も込めて、しっかりと見た。
「…………」
「もし、もしも、私があなたを……深く切っていたら、死んでいたかもしれないんですよ!」
一度ふき取った涙が、また私の意志とは関係なく流れてくる。
「…………」
「なんで、なんで、危険な真似までして……私の前に立ったんですか……」
「ジュリ、死にたいって、思ったことはあるか?」
ロミオくんが、いきなりそんな話をし始めて、私は何も言えなくなった。
「俺は常に心の底では思ってる。自分が嫌いで嫌いで嫌いで、自分自身を今すぐ殺したいって思ってる。この前、それに気が付いた。けど、思ってないふりをして、知らないふりをして、生きてるんだ。真っ黒な感情を全部背負って、生きるって決めたんだ」
正直、意味が分からない。ロミオくんの言っている意味が。
「あっちの世界で、約束した奴がいる。生きていないとできないことだ。こっちの世界でも、こっちの俺を止めるって決めた。だから、まだ死ぬわけにはいかない。……あの場に、ナイトやユーナがいなかったら、俺はあんな行動しなかっただろうな。確実に死ぬから」
「ロミオくんは、自分が死なないと確信していたから、私の前に立ったんですか……?」
なんで、そんなことができるのか、死ぬことを考えたことすらない私にはわからない。
「以前の俺なら、そんなことしなかったかもな。それに、なんで俺がお前に驚かれなきゃいけないんだよ。お前だって何度も同じようなことしてるのに」
「え……」
「俺と最初会ったときも、ナイトと初めて会ったときも」
「それはっ! 私の”強くなりたい”っていう自分中心な考えで、動いていただけです……。そうすることで私は、強くいられるかもしれないと思ったから……」
それを本人の前で言うのは辛かった。でも、感情のまま言ってしまった。
私の目には、ロミオくんが魔獣に見えているから、つい言ってしまったのかもしれない。
「はあ。俺は助けられたからジュリの考えなんてどうでもいいんだよ。というか、俺も、同じような気持ちで立ったし。ジュリのことをどうにかしたいってのも、まあ、あったけど」
私と……同じような……?
あんな明らかに危険な行動、どう考えても斬られに行ってる風にか……ま
、まさか。
「殺される瞬間とか、味わってみたかったんだ。生きようとしてるのに、死ぬことを考えてるって、やっぱり自分の頭がどうかしてると思ってる。だからさ、ジュリ」
ロミオくんは、私の目をしっかりと見て、言う。
私から見えているのは、魔獣の目のはずなのに、不思議と、そんな感覚はしなかった。
「この世界で、俺の生きる意味を探してほしい。あいつとの約束を果たした後、魔王を止めることができた後、俺は何を目標に生きればいいのか、さっぱりわからない。今の俺なら、たぶん死のうとしてる」
生きる、意味……。目標……。
ロミオくんが考えてることは、私の考えることよりよっぽどスケールが大きい。
けど、なんだか少し、気持ちが落ち着いた。
「私も、自分の生きる意味、探してみたいです。一緒に、探しましょう。絶対に……」
――絶対に、ロミオくんをロミオくんに、殺させなんてしません。
私は天に願った。
神様、私を強くしてください。ロミオくんや、町の皆を守れる力を。
私に、ください。
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