23 CARAT 敵は王様

「そっか」


 俺が発した言葉に、驚くでもなく、否定するでもなく、智乃さんはそう言った。

 俺の話がまだ終わっていないことを悟るように、それ以上の言葉はかけない。

 しばらくの沈黙の後、俺は口を開いた。


「自分なんて死んでもいい……そう思ってるけど、もうすぐで、見つかりそうで」


 自分の生きる意味が。

 自分の進むべき道が。

 まだもやがかかっていてよく見えないけど。

 確かに俺は、この闇の中から脱出しようとしてる、そんなような、感覚が、微かに残っているのだ。


「死にたい、とは言ったけど、同時に、生きてもいいのなら、生きていたい……そう思ってます」


 俺の今のこの暗い感情は、自分への罰で、背負わなければいけないもので。

 自分への罰は、向こうの自分にも向けるべきものではないか。

 俺は誓った。魔王を止めると。

 それに、桜木との就職競争だって終わっていない。


「生きる意味……俺が探しているものが、異世界にある気がして」


「王子くんなら、見つけられるよ」


 智乃さんの太陽のような笑顔に、見てられない眩しさがあって、俺はつい目を逸らす。


「こんな最低な人間でも?」

 

「もちろん! 王子くんは王子くんのやり方で、世界を救ってみせろっ!」


 顔を覗き込む彼女の顔は、やっぱり俺には耐えられない光の世界の笑顔。


 俺のやり方で、か。


「王子くんが自分で決めて行動したことなら、お姉さんはどんなことでも応援する! きっと桜木ちゃんも、ちゃんと話せばわかってくれるはず。王子くんの味方は、ちゃんと味方をしてくれるよ!」


 ――だから、嫌いな自分を、自分から好きになる必要はないよ。


 智乃さんの言葉で決めた。

 俺の闇に埋もれた心を救ってくれる、その時が来るまで。

 この堕ちた感情を背負い続けると。


 ―☆―


「王子くん」


「…………なんですか?」


「いつか変われる日が、必ず来るよ」


 そう言って智乃さんが帰った。

 玄関の向こうは、もうすっかり日は暮れている。

 

「……なんだこれ」


 床に見たことものない紙が落ちている。チラシ……?

 智乃さんが落としたのか?


【児童養護施設 がーねっと】


 が、がーねっと……。

 まあ、それはともかく、なんで智乃さんが児童養護施設のチラシを持ってるかだよな……。

 考えても意味ないな。あの人の事だし。


 けど……本当にあの人は、何なんだか。

 急に大人になったと思えば、今度は破天荒な子供の様にはしゃいで。

 嫌いだけど嫌いになれない、けど決して好きにはなれない、そんなよくわからない人間が、鈴木智乃。

 振り回されてばかりだ。なんでこんな所、選んだのだろうか。


 まあ、ここにして、よかったのかもな。


 明後日桜木にあったら、異世界のこと、ちゃんと言おう。

 俺は、ベッドに横たわりゆっくりと目を閉じた。

 この先の未来が、最悪のものになるとも知らず。


 ―★―


「やあロミオ、おはよう」


「どわっ!」


 目を開けたら目の前にナイトの顔があったせいで、ベッドから落ちたじゃないかっ!

 こいつ、心臓に悪い。


「……なんでお前が?」


「誰もいないからここで寝てたんだけど、どうやらロミオが寝てたベッドは二つのうちこっちだったみたいだね。突然現れたのはロミオの方だからね?」


「いや、そうじゃなくて、そもそもなんでこの部屋に?」


「ここ、確かに豪邸な別荘だけど、村の人のために作っただけだから客用に余ってる部屋が二つしかなかったんだって」


 客用の部屋まで作ってる時点でガーネットはすごいな……。

 まあそれはともかく、そうなると今ジュリは一人か。一応様子見に行ってみるか。


「ジュリの部屋はどこだ?」


「ジュリちゃんの寝顔を見に行くの? 女の子の部屋に勝手に入るなんて紳士としてそれは見過ごせないなロミオ。……僕もすっっっっっっごく見たいけど!」


 こいつ本当に大丈夫か?

 けどまあ、ナイトみたいなのをみると、少しだけ羨ましいな。自分の感情がはっきりわかっていて。

 俺もこいつみたいに一途な気持ちがあったら、もっと楽になれたんだろうな。


「どうしたの、ロミオ?」


 ずっとナイトを眺めている俺に疑問を持ったのか、ナイトはきょとんとして俺を見ている。


「なんでもない。とりあえずジュリを探しに」


 ――トントン。


 ドアをノックする音が聞こえた。


「……起きてますか? ロミオくんはいますか?」


 ジュリの声がドアの向こうから聞こえる。

 ナイトの名前を呼ばなかったのは、ロードの可能性もあるからだろう。

 あまり元気のなさそうな声だ。まだ疲れが取れていないのか、起きたばかりだからだけなのか。


「ジュリちゃんからのモーニングコール! うぉおおおおおおおっ!」


「テンションが気持ち悪いな」


 他の所は高スペックなのに、ジュリの前だとキャラが壊れすぎだろ……。


「いくよロミオ! ジュリちゃんが待ってる!」


「あ、ああ」


 俺たちがドアを開けた。


「おはようございます」


 ジュリは頭を抑えながら、俺たちを見つめた。

 やっぱり、まだ疲れがとれていないのだろうか。

 いやでも、一昨日からの疲れが今日まで続いてるとなると、相当やばそうだな……。


「疲れはとれたのか?」


「は、はい。一応、とれたと思います。頭が重いですけど、これは少し寝過ぎてしまったみたいで……。昨日も一昨日も沢山寝たのでもう大丈夫です」


 確かに、疲れてはいなさそうだ。

 しばらくぼーっと突っ立っていたジュリは、思い出したように両手の手を合わせる。


「あ、ロミオくん、ナイトくん、ガーネットさんが朝食をご用意されてるみたいなので、食堂の方へ移動しましょう!」


 別荘のくせに食堂まであるのか……。もうここ、ホテルじゃないのか?


 ―★―


 俺たち三人は、ガーネットの用意したテーブルに向かい合うように座って話し合いをしながら朝食をとることにした。


「昨日の事ですか……? そうですね。昨日、は、聞き込みを、して、いました……っ!」


 ジュリはパスタを不器用にフォークに巻き付けながら言った。

 巻くのに集中しすぎて全然話に集中できてないだろ……。

 というか、パスタを巻くだけだよな?……なんでそんな手こずっているんだ。


「で、何か情報は得られたのか?」


 ジュリが巻き終わったのを確認してから、俺は質問した。

 聞き込みというのは、魔王の居場所や協力者の事だろう。


「それが、なかなか情報はつかめなくて……。少なくとも、この街には来ていないようです」


「それで、別の視点から聞き込みをしてみたんだ」


 まだ会話が始まったばかりだというのに、あっという間にパスタを平らげたナイトが、会話に入ってきた。

 丁寧にマナーよく食べていたのに、何をどうしたらそんな早く食べられるのかわからん。


「別の視点?」


「うん。今、悪魔が多い国とか、悪魔関係の事件が多い国とか」


 なるほどな……。

 確かに封印石を求める人はみんな、悪魔を封印するために願うのだから、必然的にそこに封印石が集まるのか。

 それにしても、ナイトの表情が暗い気がする。


「それで、どこかあったのか?」


「うん……エメラルド王国みたいなんだ」


 ナイトの表情が暗めなのは、自分の生まれ育った国だからか。


「詳しくは聞いていないんだけどね」


 ということは、次はエメラルド王国にいくということだな。


「もし魔王が現れないにしても、故郷だし、救ってあげたいんだ」


 故郷か……。

 ロードの話を聞いているから、多少複雑な気持ちになる。

 ナイトにとっての故郷は、どう考えても辛いものばかりのはずなのに。

 それでもこいつは、国を救いたいと思うのか。本当に、化け物のような精神力だな。


「あ、その表情、もしかしてロードが全部話しちゃった? まあロードのことだから、そうなるだろうとは思ってたけどね」


 むしろ、ロードが話してくれてよかったよ――と言いながら、ナイトは明るく話す。

 それが何だか俺には、見ていられなかった。


「あ……ええと、ロミオくん」


 少しの沈黙の後、ジュリが思いだしたように俺を呼びかけた。


「念のため、水晶を使って魔王の情報を探そうと思ってます」


「それなら! いつもジュリちゃんじゃ不公平だし、僕がやるよ」


 やる、というのは、もちろん魔王の記憶を再現するために水晶を触ることだろう。

 俺は水晶を取り出した。

 というか、本当にこの水晶、そんなことをしなくちゃいけないとか、不便だよな……。

 俺にはこれしかないし、文句なんて言ってられないけど。


「うーん。とりあえず食事が終わってからにしよう。今は食事の時間だからね」


「は、はい……! そうですね……っ!」


 ジュリの方を見ると、頑張ってフォークにパスタを巻き付けているところだった。

 まさか、まだ二口目じゃないよな……?


 ―★―


「す、すみません。私のせいでお二人に待っていただいて……」


「全然大丈夫! 僕にとってはパスタを食べてるジュリちゃんが可愛くてずっと眺めていたいと思っていたほどだよ」


「とりあえず、人気のないところに来たけど、準備はいいか?」


「もちろん」


 何せ、王都は人が多い。ジュリがガーネットの言葉を再現した時の視線は痛かった。

 三人で路地裏のような場所に来て、人がいないのを確認すると、俺は水晶をナイトに向けて出した。

 ナイトはその手を水晶に触れさせる。

 一瞬ビリッという音を出した電流のような光は、ナイトの体を伝って意識を停止させる。

 そして、ナイトは口を開く。


「……王様、お話があります」


 王……様?

 どういうことだ?


「いえいえ、大した話ではないですって。皆には秘密にしますから」


 ナイトは少し上を見つめながらおしとやかに口元を抑える。女性だろうか。ファイの時と違って、あまり違和感はない。再現しているのが大人の女性だからか、ナイトが女顔だからか、どっちかはわからないけど。

 視線を合わせた先に、魔王がいるのだろうか……。


「王様って、あの魔王だったりしません?」


 魔王の記憶が宿ったナイトは、核心をついたように含み笑いをする。


 それから間を開けて、ナイトが我に返る。

 俺たちは、また魔王の何かを知ってしまった気がする。

 どうも、魔王には秘密が多すぎる。


 とにかく……。


「これで、魔王が名前を隠している理由は話が付いたかもな」


「……そうですね。……あ、けど、顔は? 一切隠してないですよね?」


「確かにな」


「それに、これだけではまだ情報が足りないです。もう少しで辿り着きそうなのに……」


「それに、元々魔王と力に差があるのに、妖精に、権力まであるとなると、もう少し考えて行動するべきだな」


「ちょおおおっとまって! 僕も会話に混ぜて!」


 きょとんとしていたナイトが俺たちの会話を遮るように手をパタパタさせた。

 この水晶、記憶を再現した本人にわざわざ説明しないといけないのが面倒だな……。

 あ、スマホを使って撮影したらいいのか。

 いや、まず俺はスマホを持っていない。無理だ。


 ―★―


「魔王がどこかの国の王様かあ。……一つ言えるのは、名前はどうしようもないけど、顔は隠すことならできるんじゃないのかな? 王様なら、融通が利くと思うんだ」


 なるほど。

 けど、それって国に信用されなさそうな気がするな。素顔を隠す王なんて。

 ナイトはしばらく考え込みながら呟いている。


「顔を隠した王様か。少なくとも、僕はわからないよ。エメラルド王国と同盟を組んでいる国は知っているけど、そんな王の話、聞いたこともない」


「マリ―ニャ王にも確認してきましょう。もしかしたら、この国の同盟国にいるかもしれません」


 ジュリの意見に賛同して、城に向かうことにした。


 その前に、そのまま国を出ることになるかもしれないから、一度ガーネットの別荘に戻ってからにしよう。というナイトの意見で、俺たちは別荘の方へ歩き出した。

 まあ、ユーナも魔王探しに加わると言っていたしな。


「あらあなた達、こんなところにいたのね」


 ガーネットは、ユーナと共に別荘に向かう俺たちの前に立ち塞がった。

 ……って言い方すると、敵みたいだな。


 それから俺たちは、さっきの水晶の再現を全部話した。


「王様ね……。こんな……あんなのが王になるなんて国が亡ぶ未来しか見えないのだけど」


 なんで俺を見ながら言う!

 絶対こいつ、俺を想像しながら言ってるだろ。こんなのって言いかけたし。


「何か手伝えることがあったら言いなさい。少なくとも、今魔王の元に向かうのは危険すぎるから避けなさい。いざとなったら戦力になってあげるから、それまで待っているわ」


 こういう時だけ、頼もしいことを言うのは智乃さんそっくりだな。

 俺がガーネットの言葉に感心していると、ナイトはガーネットに向かって丁寧に礼をする。それを見て、ジュリも俺も軽くお辞儀をする。


「何から何までありがとうございました。また何かあったらよろしくお願いします」


「ええ。あなたのような礼儀のある人は大歓迎よ。間違っても火達磨の時に話しかけないように」


「あはは……。僕もタイミングがわからないので、その時はロードの話し相手になってくれると幸いです」


 ナイトとガーネットが話していると、ユーナがガーネットの服を軽く引っ張った。


「ガーネット、そろそろわたしも」


 ガーネットの隣のユーナは、ガーネットの方を向いて、頭を下げる。


「ユーナ。あまり無理はしないようにね。あなたは私にとって一番の友達なのだから」


「はい。もちろんです」


 ガーネットはユーナを優しく包み込む。

 ユーナの目に、少しだけ光が灯っているように見えたのは、気のせいだったようだ。


 そして俺たちは、城に向かった。


 まさか別れたはずのガーネットに、数時間後にまたお世話になるとは、誰も思わなかった。

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