21 CARAT ここで生きる理由
「王子くん! おかえりー!」
異世界での生活は思ったより負担が大きいらしく、昨日は結構早く寝たのにも関わらず、今、時計の針は昼近くをさしていた。
「智乃さん、まさか、俺の部屋に住んでいたりしないですよね」
俺が一日おきにいないのを良いことに、智乃さんは当然のように部屋のど真ん中にいた。
「お姉さんを甘くみないでね、王子くん。そんなことしたら家賃返せって言われちゃうから、住んだりなんかは絶対しないよ! そう! あくまで遊びに来てるだけだ!」
ちゃぶ台の上に乗らないでほしい。壊れたら罰金だからな。
「じゃ! お姉さんはそろそろ時間だから、行くね! お姉さんに資金を払いたくなったらいつでもいってね!」
そう言って出て行った智乃さんに、何の言葉もかけず、出かける支度をすることにした。
一体何のために俺の部屋にいたのか、わからないな。あの人の事だから意味はないんだろうけど。
そんなことより、智乃さんはいつもどこに行ってるんだ?
全く、欠片も興味はないけど。
―☆―
「ミオ、昨日何してたんだよ」
「もみじちゃんが拗ねちゃってるよ。彼氏ならちゃんとしなきゃ」
「す、拗ねてねー! て、てか、かかか彼氏って、お前! 違うから!」
「もみじちゃんかわいい」
「てかおい! ミオ! 質問に答えろ!」
じゃれあってるアンナと桜木を放置していると、桜木が睨んできた。
その言い方だと取り調べか何かみたいでイラつく。
「別に何やってたっていいだろ」
今ここで「異世界に行ってました」なんて言ったら、明らかにドン引きされる。笑われもしないかもしれない。だから軽く誤魔化した。
そういう理由で、誤魔化した。決して、桜木に言うのをためらっているわけではない。
「もみじちゃんね、ミオくんのことばっかり話すんだから。本当にミオくんのこと――」
「あーっ! あーっ! ご注文は何ですかあー?」
アンナが何か言おうとしたところで、桜木が大声で俺に向かって注文を聞いてきた。
「そんなデカい声出したらまたマスターに怒られると思うけど」
「げっ!」
桜木が怯えるほどマスターって怖いのか……?
やっぱり桜木に喫茶店なんてどうしても合う気がしない。
でも、桜木はここで楽しそうにやっていけそうだし、いいか。
……って、俺はこいつの保護者か。
「とりあえず何でもいいからコーヒーで」
「あ、メール来た」
突然の通知音が聞こえたかと思えば、アンナが当然のようにスマホを取り出した。
普通俺と言う客の接客中にスマホいじる店員がいるだろうか。
「あ、ミオくんもみる? 私の彼氏、自撮り送ってきたみたいだから」
そう言ってアンナが差し出してきた写真は、見るに見れない酷いブレッブレの写真だった。もはやどんなところでどんなものを撮っているのか、全く見当がつかない。
自撮りなのに、人の姿をしていないほどブレている。
「これが自撮りなのか。お前の彼氏は宇宙人なのか……?」
「うーん。自撮りすすめたのは私なんだけど、ここまで機械音痴だとは思わなかったなあ。でも、それがかわいいの」
アンナは楽しそうによくわからないモザイクのような写真を眺める。
これが彼氏のいるリア充の乙女心……というやつだろうか。
あれ……そういえば彼氏と言う割には、メールでのやり取りしかしてないのか……?
「アンナの彼氏は今、アメリカに帰国中なんだってさ」
俺がアンナに聞くよりも先に、桜木が言ってきた。
「ちなみに私とレオンはお互い出身国は同じだけど、会ったのは日本が初めてなんだ。運命でしょ? あ、レオンっていうのは彼氏の名前ね」
「強そうな名前だな……」
「強そう? ふふ。そうでしょそうでしょ」
本当に彼氏の事を楽しそうに話すな。アンナって。
こんな顔が、「人を好きなる」顔なんだな。
「ミオ、何ぼーっとしてるんだよ」
「別にしてねえよ」
「ア、アンナは彼氏いるからな! あたしはいないけど!」
「は?」
「いや、なんでもない。そんなことよりさ……えっと、あのさ」
俺が続きを待っていると、桜木は言葉を詰まらせた。
似合わずもじもじとする桜木を見て、アンナはのぞき込むなり楽しそうに微笑む。
「もみじちゃん、どうしたの?」
「ア、アンナ……なんだよ、その目は」
「いいや? なんでも」
「やっぱりここで言うのはやめた! ミオ、夕方、公園で話すからな。アンナがうるさくなりそうだし。別に、大したことじゃないからな!」
「ふふ。かわいい」
その「かわいい」はアンナの口癖なのだろうか。
―☆―
喫茶店に長いするのも二人の仕事の邪魔な気がしたので、とりあえずコーヒーを飲んでから、ハローワークへ寄ることにした。とりあえずがハローワークって……悲しいにも程があるが。
就職相談なんて今までに何回受けただろうか。
「やっぱり、まだ具体的にやりたい仕事は決まらない感じですか?」
「まあ、はい」
「面接、何度も受けてるのにどうして受からないのかな……。路美尾くん、真面目だし一社くらい受かってもいいのに。これじゃあまるで、路美尾くんが……」
その先の言葉を聞く前に、俺は立ち上がる。
「すみません。失礼します。また来ます」
やっぱり、俺は何をしているのだろうか。
一番聞かなければいけない言葉なのかもしれない。けれど俺は、あの先の言葉をまだ聞く気になれなかった。
俺は、就職するんだ。桜木と、約束したはずなんだ。
バイトを始めた桜木と、いまだ何も出来ていない俺。
もし、桜木が就職をしたら、俺は、何を目標にすればいいのだろうか。
どう就職と向き合えばいいのだろうか。
いや、それ以前に無理なんだ。
今は、就職云々言ってられる状況じゃない。一日置きに異世界に飛ばされるんじゃ、出勤なんてできたものじゃないし、まず面接の日時に合わなかったら受ける前に落ちる。徹夜すればもしかしたら合わせられるかもしれないけど。
桜木は友達もできて楽しそうだし、智乃さんだってあの人なりに仕事はしている。どこかに出かけるのも、きっと遊びに行ってるとか、そういうのじゃないのはわかる。
なのに俺は、何一つ成長していない。
何もしないで、何もできずにいる。
桜木は一歩を踏み出したというのに。
この世界で、どう過ごすのが正解なのだろうか。
――こんな世界、あきらめてしまおうか。
ハローワークを出て考え事をしていると、いつの間にか公園にたどり着いていた。
―☆―
「まさかお前、ここでずっとぼーっとしてたのか?」
いつものベンチに座っていると、隣からそんな声が聞こえた。
いつの間にか、桜木が座っていた。
「ああ、もうそんな時間か」
考え事しかすることのなかった俺は、あれこれ考えて同じ思考にたどり着く、そんな意味のない考え事をしていた。
そのせいで、ここにきてから何時間たっていたのか、桜木がいつからそこにいたのか、分からない。
「で、さ、続きなんだけど」
「続き?」
「言っただろっ! 話があるんだよ」
あー。すっかり忘れていた。
桜木の言う話って、何なんだ?
「あ、明後日のことなんだけど、明後日が何の日か、……もちろん分かるよな?」
「あー。明後日だったのか。俺たちが初めて会った日」
桜木の言うような記念日っぽいものは2つしかない。お互いの誕生日か、初めて会った日。それ以外はくだらない話をベラベラと喋るようなくだらない日常ばかりだったから。
誕生日はお互い把握しているし、明後日の日付とは全然違う。この時期で記念日っぽいものと言えば、後者しかない。
「ッチ……。わからないって言ったらぶん殴ろうと思ったのに」
「分かったんだからいいだろっ」
何故そこで舌打ちするのかわからん。
「でさ、ちょっと出かけたりしたいなーなんて」
「出かける? どこにだ?」
「ほ、ほら! あたしたちって、いつも公園でこうやってべちゃくちゃ喋ってるだけじゃん? たまにはさ、おもいっきり遊びに行きたいって言うか……。あたし、そういうのやったことないし」
だんだん小さくなっていく桜木の声をなんとか聞きながら、俺も考える。
確かに桜木は記憶を失ってから毎日俺とくだらない話をしたり、就活だったりで、ろくに外を出歩いて遊んだことがないのかもしれない。
それに、俺も遊んだりすることすら面倒で、町を歩く……なんてことはしなかった。
正直、退屈から抜け出したい気持ちもあった。
今は異世界のせいで退屈どころじゃない状態だけどな……。
まあ……。
まあ、どうせ諦める世界なら、楽しむ努力をしてもいいじゃないか。
「ああ、いいよ。俺も退屈だったしな」
「そうか! よ、よかったぁ」
そんなにほっとすることか?俺が断るとでも思ったのか?
「まだ路美尾は、遠くに行ってないんだ……」
「俺がなんだ?」
「あ、いや、なんでもねーよ」
桜木の言った言葉に違和感を覚えつつ、俺は公園を囲む目の前の木々を見上げた。
まだ肌寒くて、公園は殺風景な景色を見せているけど……。
「もうすぐ、桜が咲く季節だな」
柄にもなく、俺はそんなことを呟いた。
桜は毎年同じように花を咲かせる。
けれど、俺たちの生きる環境のように、桜も毎年全く同じ咲き方をしないし、全く同じ散り方をしない。
全く同じ生き方は存在しないんだ。
地球も、宇宙も、俺も、桜木も、異世界も……。
これからの俺は、どんな風に生きるのだろうか。
生きる理由が、異世界にあるのだとしたら、俺はこの世界では、どう生きるのだろうか。
ずっと同じ日々が続けばいいなとばかり思っていた。
そんな桜木と俺の関係は、少しずつ変わり始めている。
来月も、来年も、ずっとこのまま、桜木が隣にいることはないのかもしれない。
もう、時間がないのかもしれない。
けど、だからこそ、今までより今まで通り、この時間を守るべきだ。
「桜木」
「ん?」
そう思うと、俺は……。
「桜木、明後日はどこにでも連れてってくれ」
――俺は桜木に、何を伝えたらいいんだ?
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