19 CARAT 疲れているだけ
王都に着いた俺たちは、真っ先に城へ向かった。
ジュリに教わったので、今度は俺も王座に座るマリーニャ王に跪く。
先頭のナイトは、報告をする。
「マリーニャ女王様、村の魔獣討伐が完了致しました」
「ご苦労様。魔獣の様子は?」
「やはり、黒の水晶の影響でしょうか? 気性が荒くなっている様です。王都へ向かう途中も、魔獣の攻撃によって馬車が破壊され、こちらへの到着が遅れてしまいました」
やっぱり、普段はあんなだけど、こう言う時のナイトは大人だと思う。俺より少しばかり歳上なだけなのに、城の中では礼儀を忘れない。
いっそこいつに面接練習をしてもらいたいくらいだ。この世界に面接があるとは到底思えないが。
ナイトの言葉に、マリ―ニャ王は難しい顔をしつつも、すぐに何でもないような顔をした。
「なるほど。私としてはとても早い到着だとは思っているから、問題ないよ。それよりも、魔獣の動きの方が問題視すべき点かもしれないね」
魔獣は黒の水晶が現れてから一層動きが激しくなったと聞いている。
もし、そんな黒の水晶の力の封印が解かれてしまったら、どうなるのか想像もできない。
世界を滅ぼす。
そんな邪悪な存在が、身近に迫ってきているということだ。
「黒の水晶はこの国で保管してる。もし魔王が水晶を狙ったとしても、対策は考えている。いくら強くても、結局は未成年だからね」
その未成年に、ファイは殺されかけたことを俺は覚えている。
だが、大人が何人もいれば、何とかなる問題かもしれない。
「あ、あの」
一旦話が途切れたところで、ジュリがマリ―ニャ王に声をかける。
マリ―ニャ王がジュリに向き合ったところで、ジュリは口を開く。
「ロミオくんの水晶の力で、魔王の記憶を確かめたのですが……アリア様が関わっていそうです」
それを聞いて、マリ―ニャ王だけではなく俺たち全員の目がジュリの方へ向いた。
それもそのはず。ここに来るまで、ジュリは全くそんなことを口にしていなかったからだ。当然驚く。
「詳しく、聞かせてくれるかな」
マリ―ニャ王の顔が険しくなっていく。妖精に魔王が関わっているかもしれないという話を聞けば、余裕の表情は無くなっていくに違いない。
俺も、そしてナイトもガーネットも、耳を傾ける他ない。
ジュリは俺たちの視線に恥ずかしがることなく、考え込みながら、少しずつ話す。
「その、魔王の手助けをしている人がいるようなんです。黒の水晶を復活させるために。黒の水晶の復活を望むということは……人間ではない可能性が高いなあと思って」
「それは、どういうこと?」
マリーニャ王はまだよく分からないらしい。もちろん俺も、ナイト達も、ジュリの続きの言葉を待っている。
「もし、願いを叶えるために黒の水晶を復活させようとするなら、魔王とは敵対関係になると思うんです。黒の水晶は幾つもの願いを叶えられるわけではないですよね?」
「たしかに。魂と引き替えに願いを叶えるのだから、複数の人の願いは叶えられないはず。となると、魔王と協力する目的は、黒の水晶復活自体が目的……」
黒の水晶復活自体が復活か。妖精がそれを望むようには思えないけどな……。
そんなことを考えていると、マリ―ニャ王は「まさか」と声を零した。その唇は震えている。
「黒の水晶は心が汚れてしまった妖精から作られたと聞きました。もし、アリア様も同じように汚れてしまったら――」
「もうそれ以上は言わなくていい。いや……言わないで。お願いだから」
マリ―ニャ王は静かにそう言って話を終わらせた。思い詰めたような暗い表情。俺がマリ―ニャ王に会ってからは見たことのない表情だった。まあ、まだ2回しか会っていないけど。
それでも、堂々したマリ―ニャ王が普段することのない、今にも泣き出しそうな顔を、彼女は突然に見せた。
「その……申し訳ありません。女王様とアリア様が、その、仲が良かったとお聞きしていたのに、私」
「ジュリちゃんは悪くない。ごめん、私の方こそ。これはもう、アリア様が失踪した時点でわかりきってたことだから、認めなければいけないのはわかってる」
妖精アリアは、もう汚れてしまった。だから城に帰ってこない。
マリ―ニャ王はずっと伏せてきたようだ。声が、体が震えるほど、その可能性を考えたくなかったのかもしれない。
しばらくの間を開けて、マリ―ニャ王は絞り出すように言う。
「もし、もしアリア様が魔王に協力しているのなら、黒の水晶を簡単に奪われてしまうかもしれない。アリア様は城の構造をよく知っているし、妖精は強い魔力を持っているから」
これはもう、時間の問題かもしれない。
最後にマリ―ニャ王は、そう告げた。警備をどんなに完璧にしても、妖精が相手ならどうにもならない。
そう、言い切った。
―◆Juri side◆―
客室には、私の隣にロミオくんが何も言わず座っている。何を考えているんだろうか。
もし、黒の水晶が復活してしまったら、町の皆は、いや、この世界はどうなるんだろう。
そんなことを、私と同じように、考えているのかな?
「そういえば、ガーネット達は?」
ロミオくんがぽつりと、私に向けて聞く。
「ガーネットさんとユーナちゃんは、こちらに引っ越してきた村の人たちの所へ向かったようです。ナイトくんは、ファイさんと共に馬車を返しに行ったようですね」
その結果、私たちは王様とお話していない部分の埋め合わせをするために、こうして客室に呼び出された。
王様は今もアリア様のことを考えているというのに、私はそんなことを考えずに口走ってしまった。王様のあんな苦しそうな顔を、この1年間で初めて見たかもしれない。
「待たせたね。ロミオくん、ジュリちゃん」
考え事をしていると、王様がいつもと変わらない調子で、部屋に入ってくる。さっきまでの苦しそうな顔は嘘だったみたいに、王様としての風格を漂わせていた。
「あの! す、すみません。私、王様の気持ちを考えずに……」
「気にしなくていいよ。そうと決まったわけではないし、例えジュリちゃんの言うことが合っていても、まだ助けられるかもしれない」
その表情は、曇っていた。
助けられたらいいな。そのくらいの希望しか持っていないみたいだった。
「それで、この前の話の続きをしようか」
「ええと、たしか水晶の力の話で、終わったんですよね……?」
私が聞くと、王様は「そうだね」と言って腕を組みながら頷く。
水晶の3つの力。
その最後の1つを聞こうとしたところで、丁度ナイトくんが現れて聞きそびれてしまった。すっかり忘れていたけれど、水晶の力はあらかじめ知っておく必要がある。それは私も、ロミオくんも同じ考えだった。
「それで、水晶の、もう一つの力って……」
ロミオくんが聞くと、王様は「一度しか使えないけど」と前置きしてから、話し続けた。
「アリア様を呼び出す力。それが、私が言いそびれた、最後の力だよ」
「アリア様を……」
それを聞いて、私はさっきの話しを思い出す。
「そ、それです! アリア様を呼び出せば、今のアリア様がどうなっているかを確認することができるんじゃ」
「それは無理だよ。もし、アリア様が黒の水晶復活を目論む敵になっていたとしたら、私たちは勝てない。さっきも言った通り妖精の魔力は計り知れないものなんだよ。とても人間が数百人いてもどうこうできる相手じゃない」
それを聞いて、私は肩をガクンと落とす。
アリア様が魔王から離れれば確かに城へ侵入して黒の水晶を奪うことは防げるかもしれない。けれど、呼び出した私たちがアリア様に負けてしまっては、意味がない。
「そういえば、なんで魔王はこの水晶の事を知らないんですか。これ、アリア様が作った水晶ですよね?」
ロミオくんが水晶を片手に持ちながら、疑問を投げかける。
確かに。もし、魔王と協力しているのなら、同じ顔のロミオくんの存在も知っているはず。魔王が知らないのはおかしい。
「魔王が知らないふりをしてるのかも。いや……あるいは、アリア様がけがれる前に自分の一部の記憶を消したか……。こっちの可能性の方が高いね」
落ち着いたからか、王様はいつもの表情をしている。本当は苦しいはずなのに、可能性を受け止めている。
本当にこの人は、強いなあ。私とは違って。
「記憶を消す……って、そんなことできるのか。妖精って」
妖精の力についてはあまり知らないけれど、国の一番上に立つ存在としてそれだけの力があるってことなのかもしれない。
「補足だけど、アリア様ができるのは自分の記憶を消すことだけ。その辺りは警戒する必要はないよ」
王様が、私の方をちらりと見ながら言った。
私の脳裏の、アリア様に記憶を消された……という可能性はすぐに消えた。
―★―
マリ―ニャ女王と沢山話したせいか、なんだか視界がもやもやしていた。
王都に来てから薄々感じてたけど、もしかしたら疲れているのかも。
「そういえば、聞きたかったんだけど、お前ってこの城に気軽に出入りしてるよな。もしかして、城に住んでるのか?」
「は、はい。記憶を無くした私を引き取ってくれたのが王様だったと思います」
その辺りは、あまり記憶にない。
目覚めたのは、確かに魔王の前だったけれど、それも曖昧で、私がどこで目覚めたのかもよく思い出せない。
思い出そうとするともやもやしてもどかしい。思い出したいとも、思っていない。
けれど、私の過去に何か大事なことが隠されているのなら、思い出すべきなのかもしれない。
でも今は、まだ、今はまだ、このままでいたい。
気持ちを入れ替えよう。
「ガーネットさんの別荘に行ってみませんか? 村の方々ともお話したいですし、少し休ませていただけないかと思って」
「だな」
そう言って、ロミオくんが別荘の方へ歩き出す。
私もロミオくんの後について、踏み出す。
「え……?」
ロミオくん……だけじゃない、町行く人の姿が、歪んで見えた。
ソレは真っ黒な何かへと変わって、さっきまでの視界を無残に壊していく。
魔獣……?なんで、こんなに……。
真っ黒な何かの正体が、ようやくはっきりとする。自分のまわりが、魔獣で、埋め尽くされていく……。
何が起こっているのか、わからない。目の前のロミオくんだったものまで、たった今すれ違った人まで。何もかも、魔獣へと変わって――。
「おいジュリ。何ぼーっとしてるんだよ。置いてくけど」
ロミオくんの声で、私は我に返った。
さっきまで見ていた世界が嘘だったかのように、平和な町並みが広がっていた。ロミオくんも、ロミオくんだ。
「い、いえ。すみません。今行きます……!」
きっと、疲れているんだ。休めばきっと、よくなるはず。
そうですよね……?
ロミオくん。
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