18 CARAT 秘密

 馬車が逆さまになり壊れてしまったので、俺たちは歩いて近くの町にまでいくことにした。そこから馬車を借りて王都に出発するようだ。

 ファイの乗っていた馬は怪我はしていたものの、無事らしく、ファイと一緒に歩いている。

 俺はと言うとジュリのさっきの言葉はさっきから何度も頭の中で繰り返されているのだが、ジュリはあれから記憶の話をする気はないようだ。話すまで待つしかない。

 ジュリの方は、怪我をしたところをなんとかユーナに治療をしてもらって、歩けるようになった。町へ着くころには完全に治るらしい。


「この国の魔獣が活発化したのは、黒の水晶が現れたからよね。きっと」


 ガーネットは難しい顔をして唸っている。

 村を今普及しても、また魔獣が現れて荒らされる可能性を考えているのだ。

 黒の水晶見つからなかった今までは、それほど魔獣も活発に動いていなかったらしい。


「そもそも、どうやって黒の水晶が見つかったんだ?」


 疑問に思っていた。

 たしか、リスタル王国の城で保管しているということは聞いているのだが、そもそも千年以上前の物が、今になってどうやって見つかったのだろうか。


「その辺りは私もわからないわ」


「僕なら一応知ってるよ」


 そう軽く手を挙げたのはナイトだった。

 確かにナイトは別の国とはいえ、王様や妖精の関係者だったし、知っていてもおかしくない。


「黒の水晶っていうのは、水晶なだけあってリスタル王国が関係してるんだよね。黒の水晶はアリア様の先祖が作り出したという噂で、今まではアリア様がリスタル王国を所持していたわけだけど、アリア様は居なくなった。だから、黒の水晶はそこを狙ってこの国を所持しようと考えてるんじゃないか、と言われてるんだよ」


 つまり、自分から現れたってことか……?

 妖精の不在を利用して国の所持者になろうとしてるなんて、まるで思考を持ったような水晶だな。まあ、魂を食べるとか言ってる時点で生き物に近い力を持っているんだろうけど。

 それにしても、妖精の先祖がそんな国民に危害を与えるようなことをしていたというのが意外だ。妖精が国の上に立つ世界なら、まあ、それもあり得なくはない話だが。


「妖精は、人の影響を受けやすいんだ。だからなるべく会う人を限定している」


「限定……ですか?」


 ジュリが口を挟む。

 ナイトは「例えば……」と言いながら自分を指差す。


「エメラルド王国だと、僕と国王以外は基本会えない。ロードも会うのは拒まれてたけど、それは他の騎士や兵士達が勝手に決めたことで、別に妖精が拒んでるわけじゃないらしいけどね。ルドなんかは何度か話したことあるらしいし」


 なんでそこまでするのか。いくらナイトが位の高い騎士とはいえ、ロードまで追い出す必要はないだろ、と考えてしまう。

 その答えは、すぐにナイトが教えてくれた。


「さっきも言ったけど、妖精は影響を受けやすいらしいんだ。話し相手の心が汚れていると、少なからず妖精も影響を受けて心が汚れていく……って、前にルドが言ってたんだよね。だから話す人を限定してるのだとか。まあ、ロードに関しては周りの人の勘違いだと思うけど」


「ロードのこと、信用してるんだな」


「まあねっ! 僕の片割れが汚れた心を持ってるはずないもん。ちょっと心配だったけど、ロミオ達とだって、そんなに時間かからずすぐ打ち解けたでしょ?」


「あ、ああ」


 一度大火傷させられたことは黙っておく。実は結構根に持っていることも黙っておく。


「とにかく、妖精がそういう神様的な存在にされているのは、宝石を作り出す以外に、汚れなき心……みたいなものが必要で、慎重に接しなければいけないからなのかなーって、思ってる」


 そこまで聞いて、気が付いた。

 ひょっとしたら妖精アリアの先祖は、汚れてしまった心で黒の水晶を作ったんじゃないかと。


「だったら……アリア様、危ないかもしれないわね。行方をくませているということは、良くない人間に出くわしてる可能性もあるのだから」


「良くない人間……黒の水晶……」


 ガーネットの言葉を聞いて、ジュリが何か考え込んでいた。

 結局答えは出なかったものの、何か引っかかるようなことがあったのだろうか?

 ……俺にはわからない。


 ―★―


 2、3キロくらい歩き、小さな町に出ると、すぐさまガーネットに大き目の布を被せられた。おかげで前が見えない……と思っていたが、どうやら気を使って薄めの黒い生地を用意していたらしい。これなら外からははっきりと顔は見えないが、俺からはなんとなく周りの状況がわかる。


 いや、やっぱり納得できない。


「絶対布被ってる方が怪しいだろ!」


「いえ大丈夫よ。顔さえ隠せばあなたの存在感は皆無だもの」


 つくづくイラっとくることを言ってくる。

 俺が反論しようとしたところで、ナイトが割って入ってきた。


「ロミオ、どこかで深めの帽子を買うのはどう? ちょっと目元が隠れるくらいの」


「帽子か……まあ、それなら納得できる」


 ナイトは無言で乱暴に布を被せるガーネットよりよっぽど頭がよく、頼りがいがある。 なんてことを言ったらナイトが調子に乗り、ガーネットがガミガミ言ってくるのでもちろん言うつもりはない。


「そうね。思ったよりも歩いたことだし、休憩するとしましょう。一時間後にここで集合よ。ファイ、馬車を借りられる場所を探しましょう」


「ガーネット、わたしも行きます」


「わかったわ。……そういうことだから、3人は適当に買い物やお話でもして時間をつぶしてなさい」


 そう言って俺たち3人を残してガーネットとファイとユーナは歩き出した。

 休憩……か。

 ジュリにあの時の話を詳しく聞きたいのだが、ナイトがいる。ジュリに付きっきりだろうし、ジュリが誰に、どこまで秘密にしてるのかわからない。話してくれるだろうか。

 それぞれ考え込んでいるせいか、この場の雰囲気は嫌なほどしんと静まり返っていた。


「とりあえず、帽子を買おう!」


 ナイトの大声でジュリがビクッと体を震わせたことは、言うまでもない。


 ―★―


「いいと思う! やっぱり布を被るよりは自然な感じするね! あと僕のファッションセンスもなかなか!」


 ナイトが調子よく帽子を被った俺を大声で褒めるので、俺はどこに目をやったらいいのかわからなかった。さりげなく自分も褒めている。イケメンは多少ナルシストでも違和感ないのがイラつく。

 大声で言うものだから周りの視線を集めて怖い。ただでさえ顔を見られたら殺されるのに。


「わ、私も、お似合いだと思います」


 こいつら帽子ぐらいで騒ぎすぎだ。


「あのさ、ジュリ。ここに来る前の……アレ」


「ああ、そうですね……。ナイトくんも、聞いてください」


「……? うん。わかった」


 ナイトは何の話しか分からないからか、少し戸惑った表情で、だけどしっかりとうなずいた。


 どうやら特別俺だけに秘密にするつもりで耳打ちしたわけじゃないらしい。

 ただ、今ここで全員が揃っていないところで話すということは、あまり複数人に聞かれてほしくない……ということなのだろう。


 俺たちは人気のない広場のベンチに座り、ジュリが口を開くのを待っていた。


「ロミオくんには言ったのですけど、私、記憶がないんです」


 5分くらいの沈黙の中、ようやく話し始めたジュリの声は、いつも以上に小さかった。

 ナイトは驚いているが、少なくとも落ち着いた表情で聞いていた。こういう時に質問攻めにしたりしない、ちょっとした紳士的な行動は、ナイトらしい。

 

「たぶん、1年くらいたったでしょうか。記憶を失ってから」


 それも……桜木と同じだ。

 やっぱりジュリは、この世界の桜木そのものだ。記憶の有無すらも同じだと思うと、桜木の性格ももうちょっとジュリに寄ってくれれば就職できそうだな、と思ったり。

 そんなことを考えていると、ジュリはまた黙ってしまった。言おうとしているのか、考えている様子だ。


「1つ、気になることがあるんです」


「気になること?」


 ナイトが訊くとジュリは俺の方を見て「やっぱり、間違いない……」と小声で呟く。そして勝手に納得して今度ははっきりした口調で言う。


「記憶を失った私が目を覚ました時、最初に私の前にいたのは、”魔王”でした」


「ま、魔王?」


 なんで、魔王がジュリの前にいたのだろうか。頭の中が?マークだ。


「その時魔王は、私を見て、泣いていました」


 魔王が、泣いていた……?

 あんな誰にでも不気味な笑顔を見せるあいつが、泣いていた?

 なんで、しかもジュリの前で……。


「私が魔王に嫌われている理由は、もしかしたら私の記憶があった時が関係しているのではないかと、時々思うんです。私が何か、魔王に酷いことをしてしまったのかと」


 ――そのせいで、もし魔王があんなことをしているのなら……。


 そこまで言いかけたところで、ナイトが止めに入った。


「ジュリちゃんは一つも悪くない。だからと言って魔王が全部悪いとも言い切れない。魔王が何を考えているかなんて、僕たちにはわからないから。でも」


 俺はナイトの言葉に続けて、言葉を吐く。


「でも、間違っているのは確か、だよな」


 静かに頷くナイトの表情は、真剣だった。

 そうだ。たとえ魔王の行動に理由があったとしても、今魔王がしている行動は絶対に間違っている。もし黒の水晶に魂を食われてしまったら、千年前と同じ世界の破滅が待っているはず。

 それに、ジュリだけに原因があるとも思えない。そこまでする理由もやはりわからない。もう一度魔王にあっても、教えてくれないのは目に見えている。

 だから詮索もしないつもりだ。俺の事も、詮索されない方がいいと思うし、魔王に今している行動の意味について聞くのは、まだまだ先になりそうだ。


 けれど、俺は何を聞いても魔王を止める。……一応、自分だし。


「だから、ジュリちゃんが気に病むことはないよ。一緒に、魔王を止めるんだ」


 ジュリは深く頷く。

 ナイトもジュリも、俺と同じ心構えをしっかりと持っていた。


「このこと、他の人には黙っていてほしいんです」


 それだ。なんでジュリは、今まで隠していたのか。

 そんな俺の疑問を悟ったジュリは、付け足してさらに話す。


「その……昔の私に、興味を持ってもらいたくないんです。記憶を取り戻したいとも、思ってません。ここにいる私が、私でありたいから、記憶がないことはあまり他言してないんです。……ですけど、魔王と私が関係していたかもしれないので、一応言った方がいいと思ったので、お二人にはお話ししました」


 昔の自分に興味を持ってもらいたくない……か。

 もしかしたら、桜木もそんな思いでアンナたちに言ってないのかもしれない。


「そっか。話してくれてありがとう! ロミオ、それほど僕たち信用されてるって事だよ! 絶対にこれは、3人だけの秘密だね!」


「あ、えっと……マリ―ニャ王含めた王都の皆さんは、私が言う以前に知っています。それで、色々助けていただいてるので……」


「随分と大掛かりな秘密だな。ナイト」


「……うぅ」


 ジュリとの秘密の共有が結構大規模だったことに落胆しつつも、ナイトは「そろそろ戻ろう」と言ってガーネット達と別れた集合場所の方角へ歩き出した。ジュリもその後に続いていく。

 俺は歩きながら、買ってもらった帽子代をどうやって返そうか考え、答えが見つからないまま集合場所についてしまった。


「とりあえず、馬車だけ借りておいたわ、従者はファイがいるから十分よね」


 ガーネットは元の馬車より少し小さめの、けれど俺たち全員が入れるくらいの馬車を用意していた。

 入ると思った通り、こぢんまりとした空間が広がっていた。これが普通なのかもしれない。ガーネットの持つ馬車が大きすぎたのだと思う。

 左側にはガーネットとユーナ。

 右側にはナイト、ジュリ、俺の順で座っている。

 ……隣のジュリとの距離感が、近すぎる。

 今までは20センチくらいは空いていた隙間が、今は5センチが限界だ。

 腕が当たる度に女の子らしいやわらかい感触が伝わる。いくら俺でもこんな近くに女子がいたら目のやり場に困る。


「ロミオ、顔赤いよ?」


「女子に慣れてそうなナイトに言われたくないな」


「僕、幼なじみ以外は女子に仲いい子いないんだけどなぁ」


 幼なじみが居る時点で俺は負け組なんだよ。

 と、言いかけたものの、一番男子に慣れていなさそうなジュリがカチカチに固まって動かないので、口論するのは後にしよう。

 本当にこいつ、リーダーシップや戦う意欲はあるくせに集団になるとダメなんだな。


「それで、3人はこれからどうするの?」


 話を唐突に持ちかけてきたのはガーネットだ。

 そんな質問をされれば、答えは一つしかない。


「魔王を探しに行く。ナイトも、それでいいんだよな?」


「もちろんだよ! ジュリちゃんの行くところに僕はいつまでもついていく! ……わっ、ストーカーとか、そういう意味じゃないよ!?」


 誰も言ってない。


「私、やっぱり魔王と話がしたいです」


 わたわたするナイトの横で、ようやく緊張が解けたのか、ジュリははっきりとした言葉を声に出す。

 魔王がジュリに何かしら関わっていたことは確かなはず。ジュリは過去の自分を知りたいとか、そういう意味ではなく、単純に魔王の真意を知りたいのだと思う。

 俺は一度、あんなやつに勝てるわけがない。そう思っていたが、ジュリの目を見て、もう一度この世界の自分に向き合うべきだと考えた。

 世界は違えど俺だ。なんとかして、間違った道を歩くあいつを止めなければならない。


 俺に水晶が渡ったのは、もしかしたらそのためだったのかもしれない。


 寝れば1日置きにしかこの世界にはいられないけど、それでも自分の出来ることはないかと、考える。

 たとえ、その答えが見つからなくても、常に考える。きっと何か、あるはずだから。


 ……そういえば俺って、こんな前向きな考えができる人間だったっけ?


 真横のジュリの、真っ直ぐで澄んだ青い瞳を見た。

 こいつに会ってからだ。


 いつの間にか、俺の何かは少しずつ揺れ動いている、そんな気がした――。

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