14 CARAT 私に足りない強さ ~juri side~
私たちは、暗い森の中を時々現れてくる魔獣を倒しながら歩いていた。
狼に真っ黒な角が生えたような魔獣が、勢いよく突進してくる。私はなんとか剣を振って、危ない時はガーネットさんにフォローしてもらっている。
だけど私の所に魔獣がくる前に、ほとんどロードくんが倒してくれている。それでも、倒しても倒しても、まだボスらしい魔獣が現れてくることはなかった。
二人にフォローしてもらってばかりだ。
無理矢理ついてきてしまったし、2人の足手まといにならないようにしなければ。
――強く、なりたいから。
「ったく、オレが探してんのはこんなザコじゃねえっ!」
ロードくんは、剣を抜かずに炎魔法で魔獣を倒している。1時間近く村や森を歩き回っているのに、ロードくんの魔力は一向に尽きる気配を感じない。エルフでもないのに、ロードくんの魔力は有り余っている様子だった。
彼の事は、正直まだ困惑している。でも、ロードくんもナイトくんも私にとっては少し苦手なタイプだけど、二人ともいい人だってことはよくわかったので、それが分かっただけでも私は心底安心していることは確かだった。
それにしても。
「魔獣の親玉、来ないですね……」
「そうね。けど、そろそろな予感はするわ。魔獣が騒がしくなってきたもの」
「つーか、どこまでぶっ壊していいんだよ」
もう大分歩いてきたので、ロードくんが少し炎を弱くしている理由がなんとなくわかった。
「まだこの森は私の買った村の敷地よ。だから好きにしなさい。……だけど広い場所に引き寄せたほうが良さそうね。ここ、動きづらいし虫はいるし、あんまり戦うのに適してないわ」
「は? テメ、村丸ごと買ってたのか!? すげーな」
「静かに」
と、ガーネットさんが言ったところで、狼の遠吠えのような声が、どす黒い音と一緒に聞こえた。
今までの魔獣の鳴き声とは比べようもないほどの、耳が痛くなるような大きな鳴き声。
「今日は格段に荒っぽいわ」
そう私の目をみて言われた瞬間は、よくわからなかった。
でももう一度吠えた魔獣の声を聞いて、「気を付けなさい」という意味で言われたのだと気が付く。
私は剣を強く握って構える。
「オレがおびき出してやるっ!」
ロードくんは手に持つ炎の光をドッとあげて、光を作り出す。魔獣の声が近づいてきていることがひしひしと感じてくる。
私は緊張感を押し殺して、深呼吸を何度もする。
やっぱり、戦う前は怖い。
「出来るだけ広い場所に移動するわよ!」
ガーネットさんの張り上げた掛け声と共に、私たちは全速力で来た道を戻る。
と言っても、一時間以上歩いたので、拠点としていた村とはまだまだ大分離れているのだけど。
木がいくつか伐採された広い場所に出ると、遂に魔獣の足音が間近になっているのを地面の振動を通して感じた。
振り返って魔獣の足音がする方を見つめる。真っ暗な闇の中で、金色の光が薄っすらと見える。もう、本当に始まる。
守られてばかりじゃ、前に進めない。
グォオオオオオオオ!
生き物の鳴き声とは思えないほどの、真っ黒な曇った遠吠えは、村中の木々をざわつかせる。
剣を持つ手が、小刻みに震えている。
戦闘になると、いつもこうだ。魔王に封印石を取られたあの日も、手が震えてろくに魔法も使えなかった。
あの時、魔王は私に攻撃をしてこなかったものの、封印石を取られたのは私の弱さが原因だと思っている。やっぱり、封印石なんて私には相応しくなかったのかもしれない。
だから、強さが必要なんだ。
……必要なのに。
もう既に迫ってきている魔獣の声を前に、私の心臓の鼓動はどんどん早くなっていくのを感じる。
「テメエ、ジュリだっけか? 何ビビッてんだ。勝手についてきたクセに」
「そ、それは……」
ロードくんは、冷たい目線で私を睨むように見つめる。ナイトくんが向けていた眼差しとはまるで真逆の目。
「ナイトをたぶらかすほどの女だから、どんな奴かとおもったら、結局アイツ、顔だけか」
「火達磨、静かにしなさい。ジュリも、戦うと決めたなら覚悟を決めなさいよ」
「……すみません」
私は剣を握る手を強くする。深呼吸を何回かして、心を落ち着ける。落ち着かせようとしても、さっきの言葉の数々が頭から離れなくて、それが私の何かを遮っていた。
魔獣が、ゆっくりと姿を現す。
真っ黒な姿に、金色の鋭い目。悪魔を象徴させる大きな角。恐怖で震える体を、なんとか抑えて構える。
「来るわよ」
ガーネットさんが呟いた瞬間、魔獣は勢いよく直進する。
「来やがったな!」
燃え盛る炎をさらに燃え上がらせ、ロードさんは真っ先に魔獣に攻撃する。
それに続いて、ガーネットさんも手に持つ短刀を魔獣に投げつける。何本もの刃を、魔獣に斬りつける。2人とも、魔獣の方へ一直線に向かって、攻撃を繰り返している。
私も後に続いて、剣を振るう。
けれど、どんなに剣を振っても、私の攻撃は簡単に避けられてしまう。ガーネットさんとロードくんの攻撃を同時に受けて、魔獣は十分弱ってもおかしくないはずなのに。
「はああああっ!」
魔獣の足を斬りつける。
大きく振るったし、確かに足を狙った。今のが、私の、全力だ。
なのに、魔獣は足を痛める様子も、血が出ている様子もなかった。
「……ううっ!」
魔獣の足が邪魔なものをどかすように。私の腹部を蹴りつける。そのまま私は木の幹に体を叩きつけてしまった。
叩きつけられた部分が、ジリジリを痛むのを感じる。
動くことすらままならない。
――私って、こんなに弱いんだ
体はこんなに熱くて動かすたび痛いのに、風はどうしようもないくらい冷たかった。
寒くて、寒くて、消えてしまいそうな。そんな風が、嘲笑うように私を覆う。
ふと、魔獣が弱っている私に向かって突進していることに気が付いた。
もう、どうしようもないくらい、私の心はズタズタだった。たった一度の攻撃で、ここまで弱さをさらけ出すなんて、私は本当に。
一生強くなんてなれない。
ロードくんとガーネットさんの声が聞こえた。あんなに注意してくれたのに、私は何も考えずに突き進んで、結局迷惑をかけてしまった。
「……ごめんなさい」
目をつむる。
もう、守ってもらうのは終わりなんだ。
弱い私は、強くなれない私は、消えるのが妥当かもしれない。きっと、何をやっても、町の皆も、ロミオくんも、自分のことも、私は守ることができない。
グァァアアア!
途端、魔獣の声が、勢いよく遠ざかっていた。慌てて目を開けると、私の前には、ユーナちゃんが立っていた。
ユーナちゃんが、圧倒的な魔力で、魔獣を吹き飛ばしていた。
「やっぱり、こうなりましたか」
「ユーナ……ちゃん? ロ、ロミオくんは」
私は言いかけて、もう夜も遅いことに気が付いた。
安心したのも束の間、振り向いたユーナちゃんの言葉に私は凍り付いてしまった。
「ジュリさん、あなたはここに何をしに来たんですか? 練習ですか?」
その声は、怒っている風でもないし、呆れている風でもない。
――むしろ、何の感情もこもっていない、ただの質問だった。
だからこそ、私は凍り付いた。
『練習ですか?』
最後のその言葉が、ぐっさりと私の胸に抉る様に刺さった。なぜなのか、それは明白だった。
図星だったから……。
自分では意図していなくても、私は確かに言った。
『強く、なりたいんです』
「そうか。私……」
ガーネットさんは村の皆のため。そのためにわざわざ村の皆を王都の別荘へ連れ出したほど、ガーネットさんは村の皆ことを大切に思っている。
ロードくんはナイトくんのやろうとしている騎士としての仕事をやっている。その証拠に、ナイトくんのメモ書きを見てすぐに納得し行動しようとしていた。
ナイトくんはナイトくんで、目の前の状況を何とかしようとしていた。村に起きていることを真剣に考えて魔獣を倒すため「一度壊してもいいですか?」とまで言ったほどに。
それに引きかえ私は――自分の事しか考えていなかった。
それを否定してきたのは、町の人のためだって、思い続けていたから。
でもこの村とあの町は、はっきり言って接点なんてない。関係がない。
私は町の人を理由に、「強くなるために」この魔獣を練習台にしていた。
強くなりたい。
そんな、自分の都合ばかり考える人間が、強くなんてなれるのだろうか。
「ジュリ!」
ガーネットさんの声が、響いて聞こえた。
「ようやくわかったようね。本当は自分で気づいてほしかったけれど」
魔獣が起き上がる。ロードくんは魔獣に向かって全力で炎を飛ばしている。
ガーネットさんも再び戦い始めた。短刀を振り回しながら、叫ぶように話し始めた。
「私は少し、あなたの言動に苛立っていたの。村を救おうとする気が一切感じられなかったから。でも、この経験はあなたには必要だったことでしょう?」
私は無言で立ち上がる。
そして、ガーネットに聞こえたか聞こえなかったか、「はい」と返事をすると、魔獣の方へ歩いていく。
「もう、無理は、しません。だから……」
目の前の魔獣に、真剣に向き合って。
正直、私は自分勝手な人間だけど……。
自分勝手な人間だから、この村も救いたい。
目を背けてきて、改めて考えて、もし、あの悲惨な村の状況を変えることができるのなら。
……身勝手な私を許してください。
「だから、2人の魔獣退治を、手伝わせてくださいっ!」
私は1歩、また1歩と、深呼吸をしながら速くなる鼓動を抑えながら走り出す。
抑えていたはずの鼓動は魔獣に近づくにつれ頭に響くように激しく暴れだした。
怖い。凄く怖い。どうしようもなく怖い。
でも、今の私ならきっと。同じ失敗は繰り返さない。
「はああああああああっ!」
グアアアアアア!
魔獣の声が、鼓膜が破れそうなほど森中に響く。
私が斬りつけた前足からは、大量の血が流れ出ていた。
「今だわ!」
ガーネットさんは短刀に力を込め、バランスを崩した魔獣の前足に向かって投げる。
数十秒ほどしたところで、途端に魔獣は動きを止めた。
「猛毒魔法よ。刃に仕込んだの」
不思議そうにしていた私に、含み笑いで答えると、ふう。と息をついた。
「大事なのは、力じゃなくて意思なのよ」
「……そうですね。私には、それが、足りなかったのかも」
荒い息を調えながら、私は今までの自分を深く振り返る。
全力以上の、限界を越えた力は、きっとそんなところにあるのかもしれない。
「ぶっ」
ガーネットさんの言葉に、ロードくんは可笑しそうに吹き出す。
「ガーネット、今のすっげぇ臭かったぜ」
「だ、黙りなさい! 本当のことを伝えただけよ! あとね、大人に対して敬意を見せないなんて、どこの魔王もどきよ!」
「いや、大の大人があんな恥ずかしいセリフ言えるとか、オレは尊敬しかしてねーけどなあ」
「敬語を使いなさいと言ってるの! やろうと思えばいつだって毒を盛れるのよ」
「それ 、ナイトもとばっちり食らうだろーが」
「その責任は私にはないわ。あなたのせいよ」
そんな2人のやり取りをみながら、私は木の陰に隠れて立ち尽くしていたユーナちゃんの方へ向かった。
「ええと、ユーナちゃん、あ、ありがとう」
初めてあったときは敬語を使ってしまったけど、流石に何歳も離れているユーナちゃんに敬語を使うのはおかしい気がしたので、慣れないタメ口をぎこちなく使ってみる。
「いえ。私は魔獣を吹き飛ばしただけです」
吹き飛ばすこと自体が凄いことだと、ユーナちゃんは気づいていないのかもしれない……。
「魔獣のこともだけど……その、私に聞いたこと。ユーナちゃんにとってはただの質問だったかもしれないけど」
私にとっては、自分の間違いに気づくための大事な言葉だった。
「お力になれたようでよかったです」
ユーナちゃんはそう言うと、ガーネットさんたちの方を見つめていた。気になって、私もその方向を目で追う。
さっきまで言い合いしていた2人が、静かになっているのに気が付いた。
2人はきょとんとした顔で互いを見つめていた。
「本当、突然ね」
「いや、僕も突然ガーネットさんに怒られたので何事かと。……ロードが何か言ったんですね。いつもすみません」
「今日あったばかりじゃない」
「これからも失礼をすると思うので、先に言いました。こればかりは僕が何度言っても直らないと思うので」
ユーナちゃんと並んで、2人の所に戻る。
ガーネットさんの面食らったような表情、さっきまでのロードくんの態度と真逆の対応……。
「ナイトくん、ですか?」
私がそう言うと、彼は目を輝かせて嬉しそうに微笑む。
「ジュリちゃんっ! そうだよ僕だよ! あ……そ、その怪我大丈夫? 魔獣にやられたの? 僕としたことがこんな時にジュリちゃんを守れないなんて……!」
「い、いえいえ……! 大袈裟ですよ。私は大丈夫です。ロードくんもフォローしてく下さいましたし」
「よかったぁ」と、安堵のため息をついた後、ナイトくんは魔獣の方へ振り返る。
「でも、まだ終わってないみたいだね」
グォオオオオオオン!
魔獣の暴れるような遠吠えが、辺りを振動させる。
毒が回っているはずじゃ……。
「毒が回りきっていないのね。魔獣の最後の足掻きよ。このままだと暴れまくって全員殺される。毒が全身に回れば大人しくなるはずだから、早く村へ戻るわよ!」
ガーネットさんは早口で言い終えると、私とユーナちゃんの手を掴んで村の方へ駆け出した。
しかし、ナイトくんはその場所に立ったままだった。
ガーネットさんもそのまま走るわけにはいかないので、私たちの手を掴んだまま立ち止まった。
その表情は焦り気味だった。この魔獣の凶暴さは、何度も村を襲われた経験のあるガーネットさんだからこそ身をもって知っているのかもしれない。
「何してるのよ! 魔獣は直に息絶えるわ!」
「例え魔獣でも、苦しみながら死ぬのはかわいそうですよ」
ナイトくんはそう言うと剣をゆっくりと抜く。
魔獣はその間も、グゥアアア!とか、グォオオオオ!とか、苦しそうな鳴き声をあげながら辺りの木々を倒し、暴れていた。
「一応僕は騎士なので、仕事は最後までやり遂げたいんです」
そのままナイトくんは素早く走り出し、暴れ狂う魔獣の心臓に目掛けて剣を思いっきり刺した。
刺した剣を素早く抜くと、魔獣の体は血飛沫をあげ、最後に大きな唸り声をあげながら、息絶えた。
魔獣の上に乗ったままのナイトくんは、剣をしまうと、息をゆっくりと吐いた。
「弱っているとはいえ、あの暴れ出した魔獣を一撃で仕留めるなんて……」
ガーネットさんは唖然とした表情で、小さく呟いた。
ロードくんも、ナイトくんも、戦闘になったら本気で立ち向かう。それは騎士として過ごしてきた本能のようなものなのかな。
私はきっと、この2人を見習うべきなんだ。
こちらに向かって来たナイトくんの前に、私は立つ。
「ナイトくん、わ、私に……」
意志の強さも、物理的な強さだって、この人なら、何か見つけてくれるかもしれない。
本当は、今から言うことがすべてのお願いではないけれど、私はこんな形でしかお願いすることはできない。
だから、せめて、精一杯の声を出して、意志を示そう。
「私に、剣術を教えてください!」
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