13 CARAT わたしはユーナですか?


「で、城を燃やしてクビになったってわけか」


 城を燃やせば確かに妖精に気に入られようが気に入られなかろうが、クビになるのは当然だろう。

 それを分かってロードは城を燃やし尽くした。


「ふぅ……オレの話は終わった、ってことでテメーらの話を聞かせろ」


 一息つくと、ロードは話し疲れたのか、体の力を抜くと、腕を組んで聞く姿勢になった。


「私たちは、魔獣を倒すためにこの村に来たのよ」


 口を開いたのはガーネットだった。さっきの話に思うところがあるのか、呆れたような素振りをみせているが、少しだけ困惑している様子だった。


「わかった。ナイトのメモ書き通り、村をぶっ壊してでも、魔獣を倒せばいいんだな!」


「え? ま、まだ話さなきゃいけないことはあるわよ。この村のこととか、魔王もどきのこととかも話さなきゃだと思うし」


「細かい話はいーんだよっ! 今までもそうやってわけわからず仕事してきたし」


 それは騎士の仕事だろう。ナイトが受け持った仕事の最中にロードが出てくるし、その逆もおそらくあるはず。そんな中で臨機応変に素早く判断して対応してきた2人だからこそ、長い話は逆に苦手なのかもしれない。

 それに、ロードは大雑把な性格な気もするし、そもそも細かい話に興味がないのかもしれない。


「そう。分かってくれるのなら別に言う必要はないのだけど、くれぐれも怪我人は出さないことね」


 ガーネットと目が合った。その目は「もういるけど」と言いたげだ。どうせ弱いと思っているのだろうが、ゴミを見るような目で見ないでほしい。

 俺はそんなガーネットの視線が逸れないうちに、聞きたいことを聞くことにした。


「その魔獣って、いつ現れるんだ?」


「早ければ今現れてもおかしくない。遅ければ0時頃に現れるわね」


「はぁ!? そんなに待ってられっかよ!」


 時計の針が指す時間は7時半過ぎ。ロードがテーブルを真っ二つにしそうなくらい叩くのもわかる。


「話を聞きなさいせっかち火達磨。今から魔獣のボスを探し出して倒しに行くわよ。どうやら魔獣をまとめているのはボスらしいから、ボスさえ倒せば他の魔獣は大人しくなるはずよ」


「あ、あの、私も行ってもいいですか? 戦力になるかはわからないですけど、力になりたいんです」


 さっきまでしばらく黙っていたジュリは急に立ち上がると、真剣な面持ちでガーネットの前に立つ。


「……強くなりたいんです」


 そう言うジュリの手は、少し震えていた。


 ―★―


「ガーネットも強いですし、あのロードさんという人も強いから大丈夫でしょう」


「なんだよ急に」


 ベッドでぼーっとしていると、ユーナは突然、そんなことを言ってきた。


「ジュリさんのことを心配していたのではないですか?」


「ちげえよ。まあ、似たようなものだけど」


 ジュリのことを考えていたのは大分前だ。あいつら3人が行ってからも火傷を治すため1時間も寝込んでいるのに、その1時間ずっとジュリのことだけを考える奴がいたら気持ち悪い。今日出会った奴で1人心当たりがあるが。

 考えていたのは桜木のことだ。

 俺が今、こんなことになっていることを桜木が知ったら、どう思うだろうか。


『あたしたち、何でも話せる仲じゃねーか』


 ふと、あいつの言葉が頭の中に浮かぶ。

 今まであいつに秘密にしてることなんてなかった。嘘をついたことも。けど、俺はあいつに嘘をついてしまった。巻き込みたくないとはいえ、あいつは俺が嘘をつくことを許すような奴だろうか。

 本当のことを話して、仮に信じてもらったところで、俺はあいつに、何を思ってほしいのだろうか。


「なあユーナ」


「はい」


「俺が別の世界の人間だと知って、どう思った?」


「何も。どうも思いませんでした……というより、自分がどう思っているのか、わかりません」


 珍しく、感情が乗った言葉のように聞こえた。

 自分の感情を必死に探して、それでも見つからないユーナの声は、悔しさとか、そういう感情が隠れている気がした。


「お前、強いんだな」


 ふと、ロードを吹き飛ばした時のユーナの姿が思い浮かぶ。


「そちらの世界ではどうか知りませんが、エルフはこの世界では魔力に優れてるので、当然です」


 エルフ……?

 ユーナの言ったことが、一瞬どんな意味かわからなかった。

 そして、ある結論にたどり着いた時、ユーナは長い横髪をかき分け、耳の後ろにかける。

 その耳は、先が微妙に尖っていた。丸みをおびた尖り方で、遠目でみれば普通の人間と変わらないように思えた。だが、確かに尖っている耳をみて、俺はこう聞くしかなかった。


「お前、エルフなのか?」


「はい。まだ子供なので、大人の方のような綺麗に尖った耳ではないですけど」


「なんでその耳、隠してたんだよ」


「隠していたつもりはないです。隠れていただけです」


 淡々と話す素振りから、その言葉に嘘はないと確信した。

 そもそも、嘘をつくような感情は彼女にはない。


「なぜ、驚いてるのですか」


「俺の世界じゃエルフもビーストもいないんだよ」


 それを聞いて納得したのか、してなくても、どうでもいいと思ったのか、ユーナは話を続けた。エルフとビーストについて教えてくれるようだった。


「エルフは魔力に優れていて、ビーストは物理的な力に優れています。その中間が人間です。強いて言うなら、知能は少しだけ人間が上だと思います。あと、位も」


「位?」


「100年くらい昔の時代で、エルフやビーストは人間に差別されてきました。今でも名残が所々で残っているようです。エメラルド王国は、能力の高いエルフやビーストを差し置いて、人間が騎士を勤めていると聞いています」


 どんな世界でも差別はあるんだな。そういえばナイトにもいじめがあったって言ってたし。


「まだお前10歳くらいだろ。詳しいな」


「……悪魔に取りつかれてから、本を読むことしかやることがないので。昔は友達と外で遊んでましたけど。あとわたしは11歳です」


 昔って、その年齢でいつの話だよ。

 というツッコミは心の中にしまって、俺はなんとなくユーナの目をみていた。目は合っているいはずなのに、ユーナの目は相変わらずずっと遠くを見ているようだ。目に光を感じない。無気力で、無機質で、無邪気のかけらもない11歳。憑りつかれる前のユーナは、一体どんな目をしていたのだろうか。


「わたしの目、怖いですか? 不気味ですか?」


「え?」


「……いえ。なんでもないです。忘れてください」


 ユーナは目をそらすと、座っていた椅子から立ち上がった。そして部屋から出て行った。おそらく、魔獣がいないか様子を見に行ったのだろう。

 さっきのユーナの言葉を、俺は思い出す。


『わたしの目、怖いですか? 不気味ですか?』


 光のない目で、ユーナはこう言った。

 その背後に一体どんな感情が交じっているのか。かすかに残っている感情で、何を思っていたのか、俺にはいくら考えてもわからないことだった。



 ―◆Yuna side◆―


「ユーナちゃん、どうしたの?」


「なんか、ユーナちゃんじゃないみたい」


「最近のユーナちゃん、つまんないね」


 どうして、こんなことを思い出すのだろう。やっぱり、ガーネットがいないからかもしれない。

 突然、周りの友達から見放されわたしは孤独になった。

 感情を失った。それがどういうことなのか、感情というものが何なのか、最近、それがわからなくなっていく。

 気を抜くと、考えることすらも停止して、ただのロボットのようになりそうで、それを必死に抑える日々。もうなりかけてるけど。


 ――もうすぐ、わたしは、終わってしまう。


 外の景色をじっと見つめる。

 荒れ果てた故郷をみて、前のわたしはどんなことを思っていたのだろうか。


「悲しいとか、思ってたのかな」


 こんなことを考えられるだけ、わたしは運がいいのを知っている。まだ、わたしには感情が残っている。

 こういうのを不幸中の幸いというのだろうか。

 しばらく外を見て、まだ魔獣がやってきてないことを確認すると、すぐに建物の中に戻った。

 中に入ると、つまらなそうに寝込んでいるロミオさんがいる。

 そんなロミオさんをみていると、自然と言葉が出てきた。


「ロミオさん、わたしはユーナですか?」


 昔のわたしはわたしだった。明るくて、誰とでも打ち解けてしまうような。少なくとも、こんなふうに人にさん付けで呼ぶほどよそよそしくなかったはず。

 でも、今のわたしは違う。


「は? そんなの知るか」


 なぜわたしはこんなことを急に聞いたのだろうか。

 沈黙が続く。

 わたしは何も考えず待つことにした。


「今の自分が自分じゃないと思うのは勝手だけど、だったら前の自分に執着するのはやめろよ」


 冷たい言い方で、一切顔を変えずにロミオさんは言った。

 執着……わたしは執着していたのだろうか。前の自分に。


「ロミオさんって変な人ですね。説教しかできない人なんですか」


「ポジティブ思考なんて数えるほどしかしたことねえよ。それもずっと小さい頃」


「可哀想な人ですね」


「可哀想は余計だろっ! ……痛っ」


「まだ完全に治ってないので、寝ててください」


 起き上がろうとしたロミオさんは不満そうな顔をしながらも、大人しくベッドに横たわる。


「ガーネット、本当はわたしをつれていくつもりだったようです」


「ジュリが行きたいって言ったから、お前がいるわけか。それにしても、お前小さいのに信頼されてるんだな」


 わたしは常にガーネットと一緒にいた。だから、ガーネットと離れるのは久しぶりな気がしていた。わたしがロボットだとして、ガーネットは私を指示して操縦する人間だから、あの人のいないわたしは正直ただの抜け殻だ。ジュリさんにはここにいてほしかった。

 もしかしたらわたしは、ジュリさんに嫉妬でもしているのかもしれない。ただ、そんな感情がわたしの中に残ってたらいいなと思っただけだけど。


「正直、ジュリさんには戦力が十分にないと考えています」


「俺もそう思う。あいつは何を焦ってるんだか」


『強くなりたいんです』


 その意味が、わたしには分からなかった。きっと前のわたしもわからないであろう。それはエルフとして強い魔力を持ってしまったからだろうか。


 ジュリさんは、どうして強くなることにあんなに強い意志を抱いているのだろう。


「ユーナ、俺はあっちの世界に戻る。どうせお前が留守番してるのは怪我人の俺がいるからだろ。……行け」


「ジュリさんのことを信じてないのですか? それとも、心配なんですか?」


 わたしが聞くと、ロミオさんは少し考えてから、目を瞑りながら言った。


「……眠いだけだ」


 それっきり、ロミオさんは何も話さなくなった。


「わかりました」


 私は立ち上がると、外へ繋がるドアを開け、ガーネットたちを探しに出掛けた。

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