11 CARAT 一度壊してもいいですか?

 俺たちは城を出てすぐ、2つ並ぶ噴水の間でナイトの言動について追求した。あまりに突然の出来事だったからか、しばらくジュリは顔を長い前髪で隠して俯いている。


「あ、あの、え、ええと……さっきのは……?」


「……。会ってすぐプロポーズとか、どうかしてるだろ」


 顔を真っ赤にして取り乱しているジュリを横目で見ながら、俺はナイトの言動に耳を疑っていた。今日こいつと会ってから1時間も経っていないはずだ。それでいきなりジュリに「かわいい」だの、「僕を騎士にしてください」だの、告白を始めたものだから、正直こいつは相当チャラいやつだと俺は認識している。


「いやいや、別にプロポーズとか、そういう意味ではまだないんだ。ただ、僕はどうやら、運命に出会ってしまったみたいで!」


「運命だ?」


 俺の顔はさらに引きつっているだろう。


「ジュリちゃんを見た瞬間、僕の中で思考と言う思考がすべて停止した! かわいいの一言では済まされない綺麗な外見! そして剣を向けた僕に立ち向かう強さ! 他人のことを守ろうとする優しさ! 一瞬の出来事でここまで心を動かされたことはない。これはもう、運命でしかない! 絶対! 違いない!」


 どうやら思った以上に性格に問題がある騎士のようだ。乱暴とはほど遠いが、近い何かを感じる。


「だけど、会ったばかりだし、これから仲良くしてほしいという意味で騎士にしてほしいと言ったんだ。もちろん、僕は君の意見を尊重する。僕が怪しいとか、変な人だと思ったら断ってくれても構わない。だけど、もし承諾してくれたら、僕は約束するよ」


 少なくとも変態だとは思ってるだろ。むしろ思ってなかったらジュリの感性を疑う。

 思わず口に出してしまいそうだったが、その前にジュリはナイトの最後の言葉に耳を傾けた。


「約束……?」


「君はもちろん、君の大切な物、大切な仲間。ジュリちゃんが守りたいと思っているもの、すべてを守ると約束するよ」


 そう、軽く微笑みながら言う。


「でも、そんな、悪いです……私が守らなきゃいけないものを守ってもらうだなんて」


「1人じゃできないことだってあると思うし、僕がジュリちゃんの手助けをしたいと言ってるんだよ」


 完全に、よくある「王子様」のそれだ。

 ジュリはそんなまっすぐに言われて恥ずかしいのか、さっきから顔を赤くしてテンパってるが、ナイトは落ち着きを保っている。


「……もしナイトくんがそうしたいのなら」


「本当に!? あぁああ僕の生きる道ができたー! ありがとうジュリちゃん!」


 いや、やっぱり落ち着いていなかったようだ。


 さっきから俺はこの2人の会話に入ることなく後ろから見ているわけだが、ジュリはチラチラとこちらを見てきたりもしてたので、2人で話すのは限界なようだ。何しろ明らかに俺みたいな隠キャラとは大違いの王子様系男子が話しかけているものだから、それなりに恥ずかしいのだろう。ジュリは人をリードするのは以外に得意なようだが、人にリードされるのは何だか慣れていない感じだった。

 そして今、曖昧にOKしてしまったせいで、こいつがジュリの仲間として一生ついていくことになったようだが、ジュリはそれに気が付いているのか?


「おいナイト、そろそろガーネットが待ちくたびれて刺すぞ」


「はは~ん、それは嫉妬かな? 確かロミオ……だっけ? 僕は絶対に君には負けないよ! 既に負けてないつもりだしね」


「いや、俺は別に関係ないんだが」


「いやいや、君もジュリちゃんのこと好きなんでしょ? 会ってすぐライバルがいるなんて嬉しいよ。うん」


「いつ俺がライバルになった。そもそも好きとか、そんなの知らねえよ」


「うん。確かに女性を待たせるのは騎士としての品がないね。ガーネットさんの所にいこうか」


 俺の話をスルーして、勝手にライバルにしたナイトはスタスタとガーネットの待つ城の門の方へ歩き出す。


「ロミオくん」


「なんだ?」


「ナイトくんの噂、どう思いますか?」


「乱暴……か。欠片もそんな様子はないけどな」


 ジュリは「ですよね……」と言うと、考え込みながらナイトの後を追って歩いていく。

 少なくとも変人だとは思うが、噂とは全く関係はなさそうだ。関連付ける要素は一つもない。なのになぜ「乱暴」というレッテルを貼られているのか。理解ができない。


 ―★―


「ガーネット様。お待ちしていました」


 ガーネットの別荘に行くと、ファイは人が何人か入りそうな馬車を用意していた。ボロボロだった体は回復したらしい。どうやら馬車を動かすのはファイらしく、ガーネットに1度お辞儀をすると御者台に乗った。


「さあ、乗りなさい」


 ガーネットが乗ると、それに付いていくようにユーナやジュリ、ナイトも乗る。俺は初めて乗る馬車の大きさに圧倒されながら乗り込んだ。

 いざ入ると、大きいと感じた馬車も5人も入っているので、少し狭く感じた。だが、それほど窮屈に感じないのはガーネットの持つ馬車がやけにでかいからなのだろう。

 馬車がゆっくりと走り出すと、隣のジュリが耳打ちしてきた。


「ロミオくん、昨日は一体どこにいたんですか?」


 まじか。このタイミングで聞くのか。

 ……聞く時間がなかなか見つからなかったからこのタイミングになったのかもしれない。


「あっちの世界に行っていた。どうやら無意識になると飛ぶらしい」


 自分でも、どういう原理なのかわからない。いや、妖精が作り出した物に原理もクソもないか。


「なるほど……。てっきり気を悪くしてどこかに行ってしまったのかと」


「そんなことしたところで金もねえし、餓死するだろ」


「ロミオくん、そろそろお話した方がいいと思うんです。せめてここにいる方達には……」


 ジュリが言っているのは俺が別の世界の人間であることだろう。ジュリは他人だと言い張るが、実際世界が違うだけで俺は魔王と同一の人間なわけだし、言った瞬間ガーネットかナイトに斬られることが心配でならないが、これから一緒に行動するとなると色々問題だし、確かにジュリの言う通りだ。


「ガーネット、ユーナ、ナイト。話がある」


 自分で言っといてそわそわしているジュリを気にしながらも、俺はすべてを話した。ある日公園に突然噴水が現れたことから、今までのことまで。俺があの魔王と呼ばれる男と決して他人とは言えないことも含めて。


「……」


 しばらく沈黙が続いた。ユーナの様子は目線こそこちらに向いているものの、特に何も思っていない様子だった。ユーナはともかく、問題は騎士であるナイトと魔王に封印石を盗られたガーネット。俺を見て真っ先に切ろうとした二人。


「ロミオは僕とジュリちゃんがした約束をもう忘れたのかな?」


 最初に口を開いたのは、調子よくフレンドリーに聞いてきたナイト。


「僕はジュリちゃん含めて、ジュリちゃんの仲間を必ず守るって決めたからね。それに、ライバルがいなくなったらちょっぴり寂しいしね!」


「ライバルになった覚えはない」


「安心してよ。僕は少なくとも、ロミオも魔王もそれぞれ個人だと思ってるから。違う世界の同じ人間だなんて、それだけで斬ったりなんて騎士らしくないことしないよ。したくない」


 ナイトは本当に性格が変な方向に曲がってるだけで、ほぼ完璧な性格の持ち主だった。俺はその言葉に特に反応せず、自分をじっと見つめるガーネットと目線を合わせた。


「正直、顔を見るだけでも斬り刻んで煮込んで海に捨てたいわ」


 それまで黙って聞いていただけのガーネットの第一声がそれだったので、俺は身震いがした。なぜかジュリの方が「ひっ……!」と変な声を出しているが、そんなことどうでもいいくらいに冷たい声だった。


「でも、あなたが魔王じゃないこともわかったし、何の罪もない人を刺す方がおかしいじゃない。それこそ魔王と同じ立場になるわ」


 確かにガーネットの言うことは正しかった。

 冷たい言い方ではあるが、少なくとも俺への殺意は半分くらいに減ったようだ。半分は殺意を感じるが。


「無意識の時に別世界に飛ばされるってことは、ロミオは特に気を付けたほうがいいよ。意識を失うほど大きな怪我にはね」


 ナイトがボソッと言った一言が、俺に寒気を感じさせた。


 ―★―

 村に着くと、既に夜になっていた。時計が手元にないので正確にはわからないが、日が沈んでそんな時間は経っていないので、6時くらいだと思っている。


「ファイ。あなたは村の人たちの様子を見に、王都の様子を見てきなさい明後日の10時くらいに迎えを待っているわ」


「はい。では、失礼します。……ガーネット様、お気を付けください」


 ファイはそう言い残すと、馬車を使って村を離れていった。


「なんだこれ……」


 馬車から出てまず目に入ったのは、荒れ果てた村の様子だった。視界に入る家々だけでも、その様子はすぐに分かった。

 畑は作物が飛び散っているし、木でできた家々は何かに突進されたような穴が空いているし、人の気配すらなかった。


「村の人は私たちを入れ違いで王都に向かったみたいね」


 疑問に思っていたのを悟ったのか、ガーネットは歩き出しながら言った。ガーネットの後を俺たちは付いていく。


「魔獣は夜中になると活発になるから、手短に話すわ」


 衰退した村の中で一際目立つ、木でできた大きめの建物の前に立つと、ガーネットは立ち止まった。やはりこの建物も突進されたような穴や、噛みつかれたような痕ができている。


「ここが私の家よ。見ての通り、住める状態じゃない。だから王都に別荘を建てて、そこに村の人を住まわすつもり」


 あの広い別荘にガーネットとユーナとファイ3人で暮らすと考えれば人の数の割に違和感しかなったが、村人を住まわすとなれば納得がいく。

 ユーナのために必死になっている姿からもわかるが、ガーネットは意外に他人思いなのかもしれない。だからこそ、俺やナイトのことも、慎重に判断していたのかもしれない。


「今まで何度も騎士を雇って来たけれど、何度討伐してもまた現れる。この地帯は魔獣が多いようなのよ。せめてボスさえ倒せば大人しくなるのだけど、とてもじゃないけど倒せる相手じゃないわ。ナイト・エメラルド、騎士として戦えるのでしょうね? 少しは期待させなさいよ」


「……」


「どうした? ナイト」


 ナイトは何やら考え込んだ様子で黙っていた。


「この村、見たところ修復できるような状態じゃないし、魔獣と戦うとき、一度壊してもいいですか?」


 ナイトからのいきなり信じられないことを聞いたので、俺たちは言葉が出ずにいた。明らかにナイトのキャラではない発言だ。


「……今日はしばらく出てきてないし、そろそろだと思うんだよね」


 俺はそんなナイトの意味の分からない発言に、首を傾げた。

 首を傾げたものの、どうせ俺が聞いても何も答えないと思ったので、俺は特に気にしないことにした。

 ガーネットはナイトの発言に驚きつつも、冷静に口を開く。


「村人もいないし、怪我人が出ないなら別に構わないけれど。全部終わったら村を作り直すことだってできるでしょうし」


 確かに明らかに資金のあるらしいガーネットなら、村を作り直すこともできそうだ。

 その答えに「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をすると、ナイトは何やらメモ帳のようなものを取り出すと、何かを書き始めた。


「何書いてるんですか?」


 ジュリも気になったのか、ナイトに疑問を投げかけた。素早い手つきで書き終える。


「ちょっとした日記だよ。これから魔獣と戦うなら書く時間ないでしょ?」


 それでも明日やすべて終わった後書けばいいものをなぜ書くのか、と疑問に思うが、とりあえずジュリはそれで納得したようだった。


「ボロボロだけど、とりあえずこの中に入りなさい」


 ガーネットはそう言って、ボロボロの建物の家に入った。

 ジュリ達も入り、ナイトと二人になったところで、俺は足を進めようとしていたナイトの肩を叩き引きとめる。さすがにこんなにもやもやとした気持ちじゃ俺は戦いに参加できる気がしない。元々戦力ではないが。


 ―★―


 とりあえずナイトが「ちょっと待ってて」とガーネット達に告げた所で、俺らは近くのベンチに座った。


「ロミオは、魔王と会った時、どう思った?」


 俺が引きとめたのに、最初に質問をしてきたのはナイトだった。俺は困惑しながらも、その質問の答えが自然と浮かび上がったので、声に出すことにした。


「気持ち悪いと思ったな」


 自分と全く同じ姿が、自分とは全く違う行動をしている。正直、自分だと思いたくないのに顔が俺なだけで、あれは俺なんだって思ってしまう。他人だと思いたいのに、どうも他人とは思えない。どうしようもないくらい嫌いな奴だというのに、魔王の顔は俺の脳裏に焼き付いて離れない。


「じゃあ、会う前は、どう思ってた?」


「俺と魔王を間違う奴らにイライラしてた。魔王には、会って話がしたいって、思ってた」


「じゃあ今は会いたくないんだ。それでも、魔王を探してる」


 俺はそれには答えず、何かおかしいと気が付いた。

 さっきからナイトの質問に俺が答えているだけじゃないか。俺が質問する時間を与えようとしない。


「俺が引きとめたんだけど。ナイト、お前何を隠してるんだよ」


 怒りを必死に隠しながら、俺はナイトを睨む。もう既に隠しきれていない。


「う~ん。そうだな。秘密にすることでもないからなあ。でもなんというか、なんて言っていいかわからないし」


 独り言のように呟きながら、口を開いては閉じる。それを何度か繰り返して、言葉を模索しているようだった。


「僕は試してるんだ」


 ようやく口を開いたナイトの表情は真剣だった。すぐに「何を?」と言うこともできず、俺は前を向いたままそのまま黙って聞いた。


「彼のことを信じてくれるか、ね」


 彼?彼とは誰の事だろうか。


「僕はね……」


 そう言いかけたところで、ナイトは言葉を詰まらせた。

 ……いや、詰まらせたというよりは、途切れた、と言う方が正しい。しんと静まり返った空気が、冷たく感じる。


「ナイ……」


 流石に静かすぎたので、ナイトを呼び掛けようとした。


「―――っ!?」


 呼び掛けようとした矢先、ナイトは俺を勢いよく突き飛ばす。


 訳がわからない。


 今の今まで親しく話していたと言うのに、ナイトが俺を見る目はまるで敵を見るかのような鋭い目だった。まるで……そうだ、俺と初めて会った奴らが俺と魔王を間違えた時のように。


「ナ、ナイト……お前、なに考えて」


 必死に絞り出すその名前も、今や考えられないほど別人に思えた。


 ――いや、本当に別人なのかもしれない。


「テメー、魔王だろ」


 紅蓮に染まる炎が、"ナイトだった"者を包んでいた。


「――魔王はオレが殺す!」

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