10 CARAT 噂の元騎士《ナイト・エメラルド》

「ここが、この国の城・・・・・・なのか?」


 城というものを初めて見た。

 庭には自分の姿が色彩豊かに鏡のように映るほどに綺麗な池が、石タイルが並べられた歩き道の両脇に並んでいる。目の前に見える氷のように透き通った城は、空の色を映し、地面の緑を映し、俺たちの姿を映していた。

 想像以上に大きくて、綺麗で、まるで宝石と呼べるような城だ。


「この城に来るたび、心が浄化されたような気分になれるんです。ロミオくんも、気に入ってくれましたか?」


「まあ」


 曖昧に答えると、ジュリは立ち止まっていた俺の袖を引っ張り、微笑む。その姿は、この城の輝きをさらに強調させる。


「行きましょう」


 そう言ってジュリは城の中に入る。

 俺達がここに来た理由は二つある。

 1つは、この城の中にいるマリーニャ王に会うため。水晶のこと、この世界のことについて色々知っている人物に一度、聞いておきたい。それにしても、ジュリは王様とどんな関係なんだ?城にも随分あっさりと入れるみたいだが。


「本当にいるのかしら? 私たちの村をどうにかできる騎士だなんて」


「正確には、元騎士ですよね」


 後からきたガーネットとユーナの声がジュリと俺のすぐ後ろから聞こえる。俺たちは城の中に入った。ユーナからの【お願い】というのは、村を救ってほしいという話だった。それが2つ目。

 ユーナが言うには、魔獣が多いあの村には封印石を求める住民が多いと言う。魔王が現れる可能性もかなり高いらしい。実際、ガーネットは封印石を魔王に取られてしまった。もしまた同じようなことになれば、魔王が本物の魔王になる日は近い。

 少なくとも、ガーネットのあんな話を聞いてスルーしていく方が無理だ。

 ジュリはその魔獣退治にぴったりな元騎士が城にいることを知っているらしい。まだ実際に会ったことはないが、マリ―ニャ王からそんな話を聞いていたと言う。


「私も詳しくは知らないです。3日前に魔王探しのため、今日来るという話を聞いただけなので……」


 3日前……。俺とジュリがあった日だ。俺に会う前に城を訪れていたということか。

 元騎士ってことは、騎士をやめているということか。魔王探しに協力しようとするくらいだから、戦う意欲がなくなったわけでもないな。騎士というくらいだから騎士の仕事だって魔王探しはあるはずだ。騎士をやめた理由はなんだ?


「力は強いようですが、乱暴な方……だということは聞いています」


 俺の疑問を汲み取ったのか、ジュリは付け足した。


「乱暴というと、騎士をやめた理由もそこにあるのか」


「たぶん。ですけど……」


「騎士として乱暴なのはどうかしら。少なくとも、村人を困らせるような人間は断るわ」


 声を震わせるジュリと、冷たい声を発したガーネットは、少し不安そうだった。


 ―★―


 辿り着いた部屋は、今まで見たこともないほど神秘的だった。全体的に水晶の石を使われているようだが、他にも様々な宝石が天井や床、窓枠。城のあちこちを華やかにしている。宝石なんて高級の物というイメージしかないのだが、どうもこの世界では建物を作る材料としてかなりの量使われているらしい。アクセサリー以外でも宝石が使われていることが多々あるようだ。


「マリ―ニャ女王様。お話があります」


 ジュリは片方の膝を床につけ、頭を下げて、丁寧に跪く。続いて後ろのガーネットとユーナも、ジュリと同じ動きをする。


「……これ、やらなきゃいけないものなのか?」


 どうしたものかと、しばらくジュリの後ろで立ち止まっていると、目の前の水晶石でできた大きな玉座に座る、真っ白なドレスに身をまとった女性が、落ち着いた声を響かせた。


「そんなにかしこまらなくたって大丈夫」


 ジュリ達はそう言われると、立ち上がり目の前の女性を見つめる。

 これがマリーニャ王か。真っ白な肌に淡い水色の長い髪。まるで水の中に住む人魚姫のようだ。


「ジュリちゃん、お話って、例の元騎士くんのことかな?」


「はい。それと……」


 ジュリは俺の方へ視線を向ける。俺がここに来た大きな理由は、今の状況、そしてこの世界のことについてマリーニャ王に直接聞きたいことがあったからだ。

 俺は前に足を出し、ジュリの隣に並んだ。


「……ロミオです」


 被っていた布をとると、マリーニャ王は思った通り、驚いた顔をしていた。驚いた顔と言っても、その表情も落ち着いているから、正直本気で驚いているのかもわからなかったが。何に驚いていたのかは言うまでもない。俺があの魔王と全く同じ顔をしていたから。

 似ていると言えるレベルじゃないことはもう知っている。あいつと俺の関係についても、聞きたいことは山ほどある。


「なるほどね……。ロミオくん、ようこそ。色々話したいことはあるけれど、まずは元騎士くんの話からいこうか」


 ガーネットが中心になり、魔獣のこと、その魔獣によって村が荒れてしまっていること、今ガーネットの住む村で何が起こっているのか、全てを話した。


「魔獣退治……元騎士のナイトくんなら、できるかもしれない。もうすぐ来ると思うから、少し奥の部屋で待っていてくれるかな? ……ジュリちゃんとロミオくんは話の続きをしようか」


 ―★―


 ガーネット達が右奥の部屋に入ることを確認すると、マリーニャ王は1歩ずつ、俺の前まで進む。俺が別の世界の人間だ。なんていきなり言ってもガーネット達は混乱してしまうと悟ったからか、今この場にジュリと俺の二人だけを残した理由は何となくわかった。

 俺はズボンのポケットに入れた水晶を取り出す。手に持っているのかも見えないほど、綺麗な透明の水晶だ。マリーニャ王はそれをまじまじと見つめる。こうして実際に会話すると、見た目の穏やかそうな印象とは違って、王様らしい強さを感じる。


「確かに、私がジュリちゃんに渡した水晶玉で間違いないね。それを今、あなたが持っている。いきなりこんな所に飛ばされて申し訳ないけど、これはもしかしたら、好都合かもしれない」


「……好都合?」


「ジュリちゃんから聞いたと思うけど、この水晶は記憶を渡る力が存在する。あなたが持っている限り、魔王を探す手がかりには少しでもなると思うな」


 ガーネット達に会えたのは偶然だし、魔王は自ら俺に会いに来たようだが、少なくとも水晶が再現したものは、本当に魔王の記憶だということが確認できた。これは上手く使うことが出来れば手掛かりとして魔王を探し出すことが出来るかもしれない。

 俺はもっと根本的に聞きたいことがあった。


「あの、そもそもこの水晶は一体何なんですか?」


 ジュリの話では妖精か何かが作り出した物だということは聞いたのだが、まだこれが何なのか曖昧だった。


「その水晶は、妖精の力が入った特別な水晶。この世界には宝石がいくつもあって、それぞれの国で宝石と、それを作り出す妖精を祀っているの。このリスタル王国はクリスタル。つまり水晶。そして水の妖精のアリア様。アリア様が作り出した水晶は本来、妖精であるアリア様が持っている物なのだけど、いつの日か、彼女はその水晶を置いたまま姿を消した」


 妖精が、姿を消した……?


「今でも居場所は不明。宝石は妖精によって作られる。だけどその妖精がいない以上、この国のクリスタルは減少するばかり……」


マリーニャ王はどこか遠くを見ながら寂しそうに語る。その表情から、マリーニャ王と妖精アリアは、かなり親しい関係だったと感じ取る。


「昔は、クリスタル王国という名前を維持していた。けれど、クリスタルの減少と妖精の不在によって、この国はその名前を変えざるを得なくなった」


 妖精とクリスタルあってこそのクリスタル王国だということか。クリスタル王国から一文字取った国名。国を象徴する名前が変わってしまったら、この世界では自分の名前さえも変わってしまうほど大事だというのに、それよりも大事な妖精と宝石が失われつつあるのは危機なのかもしれない。


「水晶の力についてはそのアリア様が言っていた。私が聞いたのは三つだけれど、あの方は気分屋だから、詳しい話は聞いたことはないな。まあ、最初はさっき言った『記憶を渡る力』。ロミオくんがこちらの世界に来れたのは二つ目の『別世界と別世界を繋げる力』。それともう一つは――」


「マリーニャ女王様! ナイト・エメラルドが到着されました!」


 兵士の声が、マリーニャ王の声を遮る。その兵士の後ろに、人影が見える。ピンクがかったオレンジ色の髪、整った顔立ちに金色の瞳。後ろには大きな剣を背負っている。

 そのナイトという男は迷わずマリーニャ王の前に進み、跪く。噂に聞いていた『乱暴』という言葉が全く当てはまらないくらい、彼は想像を俺たちの想像からかなり離れている。ムカつくが、一言で言えばこのナイトという男は、立ち振る舞いだけでそれがわかるほど、俺の大嫌いな名字である『王子』という言葉にぴったりと当てはまるほどの好青年だった。


「マリーニャ女王様。元騎士、ナイト・エメラルドと申します。この度はお誘いいただきありがとうございます」


「よくきたね。こちらこそ、引き受けてくれてありがたい。早速話をするから、奥の部屋に進もうか」


 マリーニャ王は右奥の、ガーネットとユーナがいる部屋へ進んでいった。ナイトは立ち上がると、振り返りまず俺の顔を見た。


「魔王っ!?」


 その瞬間、剣を抜き構えた。そのあまりの素早い行動に俺たちは目を見開いて、誤解をされていることに後になって気付く。


「ま、待て! 俺は魔王じゃない!」


「こ、この人は魔王じゃないです! どうか斬らないでくださいっ!」


 斬らないでって……さらっと怖いこと言うなよ。

 ジュリが言うと、ナイトはその場でジュリの顔を見たまま固まってしまった。俺のことはまるでどうでもよくなったかのように、ナイトはジュリ1人を見つめている。剣を持つ手も緩くなって、落ちてしまわないかヒヤヒヤするほどに。


「かわいい」


 その瞬間、思っていた通り、手に持っていた剣が見事に音を立てて落ちた。


「あ、あの……?」


 きょとんとするジュリから頬を赤らめ、目をそらす。


「……あ。そうだ、マリーニャ女王が待ってるね。行こうか、二人とも」


 剣を持ちしまうと、ナイトは何事もなかったかのように歩き出した。

 ……なんなんだ?


 ―★―


「なるほど」


 ナイトは真剣な表情でガーネットの魔獣についての話を聞くと、そう呟いた。


「やってくれるかしら? 乱暴な元騎士さん」


「……やっぱりそっちの印象ここでも根付いちゃってるかぁ」


 ガーネットが少し皮肉っぽく言うと、ナイトは困ったように少し頬を緩ませて笑う。そんな姿にも当然、『乱暴』という言葉は浮かばない。俺やガーネットも含めこの場にいる全員が、噂とは別人のナイトをみて困惑している様子だ。


「もちろん、ご期待に沿えられるように精一杯戦わせてもらいます」


 『乱暴』を『期待している』と解釈したように、自信ありげにはっきりと言う。その姿は何一つ不満のない、騎士そのものだ。騎士をやめた理由については、乱暴な性格が原因には思えないのだが。


「時期にわかりますよ。僕が乱暴って呼ばれている理由」


 ナイトはガーネットに対してか、俺たち全員に対してか、声を小さくして呟いた。

 するとナイトは少し振り返って、魔王と同じ俺の顔をまじまじと見つめる。その目は不思議そうにしているというよりは、疑っている目だった。


「そういえば、君は? 指名手配の写真と一致してるんだけど。魔王じゃないんだよね? 魔王だったらこの場で斬っちゃうけど」


「……何回俺は俺の説明しなきゃいけないんだよ」


 これから先会う人全員に自分は魔王じゃないと証明するのはかなり難しいと思うし、何よりめんどくさい。これから行く村の人は、ガーネットの封印石を奪った魔王の顔をよく覚えているに違いないだろうし。

 そんなことを考えていると、ジュリが俺の代わりに説明をする。


「信じられないかもしれないですが、魔王と似ているだけの他人です。そうですね……魔王に感じられる恐怖感が、彼には全くないところが魔王とは違うところでしょうか?」


 ジュリの説明を受けて、ナイトは「なるほど」と何度も頷く。ナイトはともかく、ユーナもガーネットも納得した素振りをみせているのはどういうことだ。


「皆して俺を馬鹿にしてるのかよ!」


「うん。聞きたいことはわかったよ。戦闘の準備も万全だし、さっそく案内させていただきたい」


 俺の怒鳴り声は聞こえなかったふりをして、ナイトはガーネットにもう一度向き直す。

 ガーネットは噂を気にして疑わしそうにしていたが、噂とは違うことがわかって少しほっとしている様子だった。


「準備をしておくわ。……もし村の人に危害を加えたら、私はあなたを刺すわよ」


 ガーネットはそう言って部屋を出て行った。

 そんなガーネットを見送ると、ナイトはガーネットの言葉に返事するように静かに答えた。


「きっと大丈夫ですよ。人に危害を加えたりはしないと思うので」


 その言葉はなんだかどこか他人の事のように言っているようだった。俺たちに、何かを隠してるように思える。


「ナイト・エメラルド。もし魔獣の討伐に成功すれば、君をこの国の騎士にしてもいい」


「大変ありがたいのですが、お断りします」


 王様から直々に言われたにも関わらず、ナイトはあっさりときっぱりと断った。

 そして、そのまま後ろへ振り返る。その視線の先は、ジュリだった。


「君の名前を教えてくれないかな?」


「え、ええと……ジュリ、です」


 あまりにまっすぐな視線に緊張したのか、ジュリは声を小さくして答える。

 ナイトはジュリの方へ跪き、片手を差し伸べた。それが何を意味するのか、次にナイトが口に出した言葉ですべてわかった。


「ジュリちゃん。僕を、あなたの騎士にしてください」

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