9 CARAT あたしは『好き』を伝えたい ~momizi side~

「いない、か」


 バイト前に、公園によってみる。もしかしたら、暇なあいつならいるかもしれない。と。

 そんなわけないだろ。あいつはこの公園の外にいるのだから。いやいや、あいつは公園に住んでるわけじゃないだろっ!

 自分に、自分でツッコミをする。

 昼のバイトの時間まで時間があるから、あたしはいつものベンチに座り、空を見上げる。いつもの癖か、一人で座っているというのに、右寄りに座っていた。


「なあ、ミオ。あたしは、お前のことが」


 それ以上言おうとして、あたしは口をつぐむ。

 周りに誰もいないし、もちろんあいつがいないこともわかってる。でも、これ以上先はあいつがいなくても言えない。


 あたし、強がってばかりで、ビビりで、弱くて、駄目な人間なんだよなあ。

 そんなふうにいつまでも前に出ずにいたら、いつか誰かに――。


 あたしは自分には素直だ。自分がどんな気持ちを持っていて、どんな風に行動したいかわかってる。でも、それとこれとは話が別。

 気持ちを伝えるっていうのは、相手に素直にならなきゃできない。

 自分の気持ちを、さらけ出さなければならない。

 そんなことをしたら、今の関係は、どっちに転がっても間違いなく、崩れる。

 わかってるんだよ。あいつがあたしの事なんて眼中にないくらい。まあ、そりゃあ、友達としては、見てくれてると思うけど。てか友達とも思ってなかったら殺すっ!


 なんであたし、素直に、行動できないんだろ。


 あいつが鈍感だからとか、そんな風にあいつの責めるのはどう考えてもおかしい。

 だってあたしは、あいつに、ミオ……いや、王子路美尾に、好きだって、伝えてないのだから。


「あーーー!! もうなんであんなバカなんかを好きになったんだよ!」


 ベンチに一人、寝転がって、あたしは子供のようにジタバタする。我ながら恥ずかしい。気持ち悪いとも思える。

 でも、こんな風に動いてないと気持ちが収まらない。こんな風に叫ばないと、あいつと合わせる顔がなくなる。


「全く、伝えなきゃ伝わらないだろ。桜木もみじ」


 『あたしたち、何でも言い合える仲じゃねーか』だっけ?あたしこそバカか。自分の気持ち一つ言えなくて、何がなんでも言い合える仲だよ。

 噴水の前で、ロミオはあたしに。何か悩んでるのかと、聞いてきた。

 それが、記憶の事だと言ったけど、本当はそんなことじゃない。記憶はもう、あたしの中にはないんだ。

 正直、記憶がないことは怖い。一年たった今だって怖い。

 でも、そうじゃない。あたしは、まだあいつに、自分の気持ちを伝えることができていない。

 あたしはこの一年で、路美尾に出会って、路美尾と共に時間を過ごして、ずっと一緒に就活をしていた。

 すごく、楽しくて、怖さなんて全部、吹っ飛んでしまうほどに、楽しくて。


 だけど、路美尾とのそんな時間は、崩れつつある。

 あたしがバイトを始めたのもあるけど、そうじゃない。あいつが、どんどん遠くへ行ってしまう。ずっとあたしと二人だったあいつの時間が、どこかで分裂してしまっている。

 そりゃあ、いつかは二人の時間が無くなっていくことは知っていたよ。知っていたけど。

 空が、歪む。雨も降ってないのに、顔がよく分からない水で濡れる。


「早いだろ……」


 おいおいはえーよ。まだ失恋もしてないじゃないか。コクってもないし、あいつに恋人ができた訳でもないし。

 でも、不安だ。いつか、あいつがあたしの前からいなくなってしまいそうで。

 こんな姿、路美尾に見せたら終わりだな。


 ――弱いあたしなんて、あたしじゃないんだから。


 一度、あたしの弱いところを見られそうになった。あいつが、この公園の外のことを話しているときだ。

 喧嘩をして、謝りたい。そう言った路美尾の言葉は、意外で、同時に、急に胸が苦しくなった。

 いつもは強がって調子よくからかうのに、あの時は気が動転してうまくできなくて、しまいには、いつもと違うあたしに、あいつは心配してたし。どうせ、"らしくない"とでも思ってたんだ。

 もっと、強くならなきゃな。

 あたしじゃないあたしなんていらない。あたしは、あたしらしくしなきゃならない。

 じゃないと、あたしはあいつに……路美尾に、嫌われてしまうから。

 あいつは好きになることが苦手で、逆に嫌いになることは大得意なヤツなんだ。あたしだって、好かれてるとは思ってないけど、これ以上、あいつに嫌われたら、もう、おしまいなんだ。二人の時間が、破壊してしまう。


「どうしたらいいんだよっ」


 服の袖で目元を拭くと、視界が急に暗くなっていた。

 太陽の光が塞がれて…………。

 は⁉塞がれてる⁉ まわりに建物なんてあったっけ?

 それってまさか、いやいや、ちゃんと確認したんだ。ちゃんと。まさかな。いや、まさか。


「おー今日も元気だね!」


「すすすすすす鈴木智乃!?」


 あたしは真上に出現した変人な美人に驚き、ベンチから転げ落ちた。

 すごく、豪快に。


「桜木ちゃん、どうしたのかな~? そんなに智乃お姉さんの登場が嬉しかったのかな?」


「んなわけねーだろ! てか、いつから……」


 鈴木智乃。路美尾のアパートの大家さんだって言うけど、こいつが大人とはどうしても思えない。

 何度か路美尾の跡をつけてまで金を払わせようとしてたという、最低なやつ。しかも1ヶ月早く払ってるんだっけ?あのアパートの人は。

 こんな大人には絶対なりたくない。

 そんなことより、今のあたしの独り言、聞かれていたらと思うと、もう生きた心地しねえ!!

 あたしはとにかく、何も聞いてないことを期待しつつ、鈴木智乃の返事を待つ。


「ん~。『あー! なんであんなバカ好きになったんだよー!』あたりから!」


「な、ななななな……! ああ、ぁぁぁぁあああああああああ!」


 ウィンクをしてドヤ顔でそう言った鈴木智乃は、あたしの叫びを聞いてあからさまに驚いた風のポーズをして呟いた。


「さ、桜木ちゃん?」


 嘘だ嘘だ嘘だウソウソウソウソ……。

 聞かれてたとか、そんなの、そんなのありかよ。しかも結構最初の方だし……。


「よし、死のう!」


 この世にはもういられない。死んで忘れようか!


「いやいやいやいや! まだ早い早い桜木ちゃん。一旦落ち着こう。さあお姉さんと一緒に息を吸ってー!」


「誰がするかよっ」


 あたしがベンチのド真ん中に座ると、鈴木智乃は無理矢理あたしの右に座ってきた。そこは路美尾の場所だろうがっ!

 しばらく睨んでいると、だんだんとムカムカしてくる。

 性格は本当に嫌いなのに、顔立ちはまるで女神のように綺麗で、その真っ白な肌に吸い込まれそうで。なんでこんな奴がこんな美人なんだよ。腹が立つ。

 すると、あたしが睨んでいることに関しては気にもとめず、その美人はニコッと笑った。


「王子くんのこと、好きなんだ」


「――っ」


 何故かさっきまでとは違う落ち着きのある声色で、鈴木智乃は聞いてきた。それはとても、暖かい声。

 ち、調子狂うじゃんか。というか、恥ずかしすぎて死にたい……。


「そうだよ。何か文句あるのかよ」


 あたしは下を向いて必死に真っ赤になっているであろう顔を隠した。なんでこんな、正直に言っちまったんだよ。

 こういう時に長い髪って便利だよな。顔が隠れやすくて。


「顔、あげて?」


 あたしは少し落ち着かせながら鈴木智乃の顔を見る。

 世界一の美人なんじゃないか。こいつ。女のあたしでも、その顔に見惚れてしまう。

 この変人はまるでやさしいお姉さんのような、天使がみせるような微笑みを見せる。ただ、そう思ったのもほんの一瞬だったけど。


「いやいや! なんかこれから凄くいいこと言いそうな雰囲気出してるけど、私は恋愛上級者じゃないからあんまり口出しできないんだけどね!? あんまり期待しないでね⁉」


 慌てておかしくなった雰囲気を取り戻そうとする。この人は本当に、自分がどういう立ち位置にいるのか自分でも分かっていないんだな。

 路美尾の話じゃ年中キャラを探してるようだけど、十分キャラたってるぜ。


「いや、別にあんたに期待してねーよ」


「あははーそりゃそうですよねえ~! あ、でもっ……一つだけ、私でも言えることがあるっ!」


 急に思いだしたように立ち上がって、鈴木智乃はあたしに背を向けてこう言った。


「王子くんは、簡単に人を嫌いになったりしないと思うな」


 その言葉の意味が、あたしにはわからなかった。

 でもなんか、納得させられそうになって、心の中で首をブンブン振る。やっぱりわからん!


「あいつ、人の事を嫌い嫌い言ってるじゃん? そのあいつが簡単に人を嫌いにならないって?」


「王子くんはね、自分が嫌いなだけなんだよ。まあなんだ? 自分を守るために他人を嫌ってるふりをしてるって話」


「なんだよそれ。あいつ、自分のことも嫌いだって、自分でもいってるじゃん?」


「ああー! その辺は哲学すぎてお姉さんにはわかんないや!」


 哲学、なのか……?ただ王子路美尾の話をしているだけなのに、哲学が生まれるのか?てか哲学ってなんだ?

 そして鈴木智乃は、振り返る。綺麗な髪をなびかせて。


「でもわかるんじゃないかな! 桜木ちゃんくらい王子くんのそばにいる人なら」


 あたしが?何を分かるって言うんだ?

 でも、なんとなくだけど、考えようとすればわかるかもしれない。でも――。


「これ以上はあいつのことだし、別にあたし達がとやかく言う必要はねーだろ」


「あぁ……それもそうだっ」


 そりゃあわかってるよ。

 あいつの嫌いが、ほとんどが本物の嫌いでないことも。何度も会って何度も話をしていれば、わかる。

 あいつ自身は、そう思っていないんだろうけど。そう考えると、本物に近い嫌いなんだと実感する。本物か偽物かなんて、結局のところ、本人の考え次第で変わるから。つまり、あいつにとっての嫌いは、たとえ偽物であっても本物の嫌いなんだ。

 自分のことが自分で分かっていないって、鈴木智乃なんかじゃなくて、王子路美尾のことを言うんだな。


「あたし、バイト行かないと」


 あたしは左手首にはめた腕時計を見る。

 もうすぐ午後の1時。バイトの時間だった。

 鈴木智乃は「お~! バイト始めたの⁉」と、かなり驚いた様子だった。失礼だろっ!とは思ったけど。

 ――ありがと。

 あたしは心の中でそういうと、鈴木智乃と別れた。


「頑張れい! 桜木ちゃんっ!」


 後ろから聞こえる声に振り返らず、あたしはスタスタと早歩きでバイト先へ向かう。

 見えなくなっただろうってところで、立ち止まり、呟いた。


「いつか、口に出して言えるかな」


 少しでも、この就活であたしが変われますように。

 他人に、正直になれますように。


 ――路美尾に、「好きだ」と伝えられますように。

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