5 CARAT らしくない桜木
「実は……あたし……」
待て待て。落ち着け。何かあったら言えって言ったのは俺だけども、こんな早くに話すのか?何か隠してたのか?こいつが?
人を殺めてしまったとか、金を盗んでしまったとか、そういう類の話か?
いやいやいや、いくら何でもこいつがするはずない!だったらなんだ……重い病気を持っていたとか、遠い場所へ引っ越すことになったとか、そう言いづらいことを今言う気なのか?
桜木がいなくなったら、俺は本物のぼっちな引きこもりになる。少なくとものこっちの世界では……それだけはやめてくれ……。
聞くことに怖ささえ感じてきた。自分の心臓の音がはっきり聞こえる。心地よい春の風だというのに、この汗の量はなんだ。これ以上聞いてしまってはいけない。
「もう、それ以上――」
「バイト、始めたんだ!」
―――――。
「おーい、ミオー! 聞いてたかー?……なんで固まってるんだよこいつ」
「やかましいんだよっ!」
「うわっ! 動いた。やかましいってなんだよ。せっかくあたしが一歩社会に近づけたっていうのにさー」
そ、それもそうだ。俺が勝手に大げさに勘違いしていただけ。それに、何もないようで安心し……なんで俺、他人のことなんか。
それよりも、バイトを始めたって。
「あー悪かったな。それで、バイトって、お前なんかを採用してくれるところなんてあったのか?で、どこなんだ?」
「聞いて驚くなよ」
お前の言葉にいちいち驚かねえよ。
と、思った言葉を声に出したらそろそろガチでキレられそうだったから、心の中までにしておいた。
「喫茶店だ!」
――は!?
「き、喫茶店って、あの喫茶店か!? お洒落なコーヒーとか、スイーツとか、そういうのを優雅にお出しする、あの喫茶店のバイトなのか!? なんでお前がっ」
「いや、驚きすぎだろ。さすがのあたしも傷つく」
いや、もしかしたら桜木のことだから手荒な真似を……。
「お、お前、まさか、ついに学歴詐欺したのか!」
「なんでそうなるっ! あたしはそんなズルしねーよ!」
殴りかかってきた桜木の拳を軽く避けながら、俺はほっと溜息をついた。
桜木はそうだな。不良みたいな見た目に口調なくせに、警察に捕まったことも、変な連中につるまれたこともないようだし、本当はこいつ俺よりずっとまともなんじゃねえのか?
「ってことで! 明日からバイト始まるから来い。明日は予定ないんだよな?」
明日。今日寝たら、明日の俺はどこにいるのだろうか。
日常だった、桜木と話す時間は俺が望みもしないところで消えていく。
桜木にとってもバイトはいいことなのになあ。なんで俺、素直にあいつのこと喜べないんだよ。
きっと、桜木と話す時間が遠のいていくことに不満があるんじゃない。あることにはあるが、それよりもまだ、俺の心の中に深く刺さっているものがあるからだ。
……心に余裕がないからだ。
「なあ桜木。お前、喧嘩とかしたことあるか?」
「ねえけど。いきなりどうした?」
「俺、いせか……会社の面接で知り合った女性に、怒鳴っちまって」
異世界、という言葉を出してしまいそうになり、俺は咄嗟に会社の面接と言うことにした。一瞬、桜木が戸惑ったような顔を見せたが、俺には意味がよくわからなかった。
「女性……。お前は短気な性格だから、またくだらねえことで怒鳴ったんだろ」
吐き捨てるように桜木は言う。
その通りだ。俺の一番直さなければならない性格だ。
ジュリは何も言っていないというのに、俺はジュリの言葉を最後まで聞かずに声を荒げた。そんな、自分勝手な性格のせいで、人を傷つけ勝手に自分でも傷ついていく。
あのときのジュリの言葉。何を言われても聞くべきだったのかもしれない。
「まだ、謝ってないんだ。合わせる顔がないというか、俺、人に謝るなんてことなかなかしないからさ」
「へぇ。お前、そいつに謝りたいんだな。なんか、意外」
なんなんだ。桜木のこの表情。
いつもは調子よく俺のことからかうっていうのに、急に静かになるとか、らしくないな。いや、俺の方がらしくないと言われているのか?確かに、俺は他人はどうでもいいように見てきた人間だ。だが、殺されるところを助けてくれたくらいのやつだ。そんなやつを、普通の他人のように俺は見る気はない。
桜木にも、このことを話せばわかってくれるだろう。だが、今はその時じゃない。
「明日のバイトは行けそうにない。すまないな」
「そ、そうか。まあ、お前が悪いなら謝るべきだよな。仕方ないか」
「どうした? 桜木。顔色悪いぞ?」
いつもテンション高く俺をけなしてくるこいつが、こんな気力のない顔をしているなんて、熱でもあるんじゃないのだろうか?
「あー何でもない何でもない!! 何でもねーよ!」
目を合わせようともせず、熱がありそうな真っ赤な顔を隠して、ついには後ろまで向いてしまった。やっぱりおかしい。
俺がいけないと言ったことに怒ってるのか?こいつ。
「明後日は必ず行くよ。お前がどんな失敗するか見てみたいしな」
「ああ!? あたしはこれでもバイトの面接に受かってるんだ! お前より上の人間なんだよ! バーカ!」
「痛っ! 何するんだ」
いきなりもとの桜木に戻ったとおもったら、思いっきり顔をグーパンチとか聞いてねえぞ!
あやうく歯が何本か折れるところだった。よく鼻血だけで済んだものだ。
まあ、これだけ元気なら熱とかではないみたいだな。
「……本当にお前、鈍感だよな。これだけ一緒にいて」
「ん? なんか言ったか?」
「別に? さっきの話、きちんと説明して謝れば相手は許してくれると思うぜ。お前、もとはいい奴なんだからさ」
桜木は俺に目を合わせずそういった。
いい奴、だなんて言ってくれるの、桜木くらいだろうな。それがお世辞だったとしても、俺はそれを素直に喜べる。桜木の言葉なら。
俺は、そんなことを思いながら少し笑ってしまった。
「うっわ。なんだよその気持ち悪い顔」
「うるせえ!」
やっぱり桜木もみじは俺が大嫌いな人間だっ!
―☆―
『先ほど、勝手に聞かせてもらって……その、名前……』
彼女は、何を言おうとしていたのだろうか。
それを知るために、こうやってボロい天井を眺めながらベットの上に横たわっている。
――寝られない。
そりゃあ、起きたばっかりだから当たり前だけど、一刻も早く異世界に行かなければ、今頃ジュリは一人で魔王探しをしているかもしれない。
あのまま桜木と別れないで、一発殴ってもらえばよかったかもな……なんて、考えるだけでも恐ろしい。
あいつのパンチを直で受けたら命が危ないじゃないか。
「どう? 寝られそう? お姉さんが子守歌歌ってあげよぉか?」
髪の長い美人さんがどうして俺の家の中に?
って……!眠れない原因はこいつかっ!
「あの智乃さん、ここ俺の家なんですけど!」
「私が家主だから私の家でもあるのさ!」
俺のちゃぶ台の上に立ち胸に手を当ててまたブレブレなキャラを作ってるぞこの人。人の家に勝手に入ったうえに、なおかつやりたい放題かよ。
全く違和感なく住み着いていたものだからつい無視してあっちの世界のことについて考え込んでいたが、やっぱり追い出す必要があったな。
相手が自分より年上だということが信じられないくらいこの人は常識外れのことをしてくる。
「へぇ~王子くんこんなきれいなもの持ってるんだねぇ。売ったら何円かな~?」
は?なんのこと……あっ!それは水晶じゃねーか!
調べようとしてちゃぶ台に置いたままにしていたのを忘れていた。
智乃さんはそれに手を伸ばしかけている。
「智乃さんそれに触っ――どぅわっ!」
俺はちゃぶ台の上の水晶を触られるまいと、ベットにいることを忘れて思いきりベットから飛び降りバランスを崩し、ちゃぶ台に頭を――。
それから先は覚えていない。
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