3 CARAT 俺は、自分が嫌いだ
「――水晶は持っていませんか?」
唐突の質問に、俺は「は?」と声を漏らしてしまった。
そんな俺の声をきいて、今度は彼女が「え?」と言い返す。だいぶ確信があったようで、慌てているのがわかる。
「あ、い、いや、唐突に聞かれて、よくわからなかっただけだ。持ってる。ずっと俺の手の中にある」
「それは失礼しました……! よ、よかった。人違いだったらどうしようかと思っていました。そうですよね。これだけ似ているのだもの」
似ている……?それは魔王にか?
そんな似てると言われても。こんなボサボサ髪で人殺すような目の俺に似ている人間なんているのか?
まあ、悪人に顔が似てるなんて、俺らしいとも言えるけどな。
にしても俺、よくこの水晶を離さず持っていたな。必死になれば握る手も強くなるから、普通っちゃ普通なんだろうけど。
「ええと、ジュリ? だっけ。この水晶が、俺と何の関係があるんだ?」
「あなたと、魔王にも関係していることです」
魔王……。似ているだけじゃなく、水晶とも関係しているのか?
ますます意味が分からない。
「その水晶は、もうあなたと魔王しか触ることができません。魔王が、その水晶をふれてしまったから」
「魔王が、触れた?」
「その水晶は、触るとその者しか扱うことができなくなる魔石。それを私は、マリーニャ王から授かっていました。一般市民が持っていれば狙われる可能性は少ないと。だから、決して触れないように、小袋に入れて持っていたんです」
――しかし、魔王に取られてしまった。
「最初は、私がもう一つの小袋入れてもっていた封印石を狙っていたんです。だけど、魔王は最初に、水晶の小袋を私から奪った。当然、素手で触ってしまいました」
素手で……。
『やめてっ!』
『その水晶は、素手で触れちゃだめ……! お願い……返して……』
そうだ。
噴水であのとき、桜木が別の誰かになったように、俺を睨んでいたっけ?
あれは、あの目は、うつむいて、涙目で、それでも目の前の相手の前に立つあの目は。
こいつだ。ジュリだ。
よく見たら、あいつとジュリ、なんとなく似てる気がするのは気のせいだろうか?
「もしかして、その光景を知っているのですか?」
「いや、よくは知らないけど、この水晶が」
俺は右手に持つ水晶玉を、じっと眺める。
透明、だよな。
たしかあの時、桜木がおかしくなっていた最中、水晶は真っ青になっていた。
「そうですか。水晶が魔王の記憶をあなたに見せたのでしょうか?」
「あの。なんか全く話がまとめられていない気がするんだが。頭の悪い俺じゃ理解力がなくてな」
「ご、ごめんなさい! 私、人と話すのが苦手で…………あの、それってどうしたら発動しましたか?」
発動、という言い方でいいのか疑問に思ったけども、俺は昨日の出来事を話した。友達が触ろうとしたらあーなった。というように簡単に簡潔にだが。
それを聞いたジュリは、その手を俺の水晶に向かって震える指を当てる。
次の瞬間、ビリビリッと青い電撃が走った。その電撃は俺には届かず、ジュリの指先から全身に流れるように一瞬で青い光を放った。
「お、おい!」
「……私がどうなったか、見ていて……ください」
ジュリは目をつむる。
真っ白な肌、少し癖があるけど綺麗な髪、桜木とは真反対の、やさしい目――って俺、何考えてんだよ。
こいつだって、俺の名前を聞いたらきっと、笑うんだ。俺のことを知れば、みんな、敵になるんだ。
なんてことを考えていると、目の前のジュリはいきなり、唐突に立ち上がった。
「返しなさい! それはあなたのじゃないわ!」
あまりの変わりように、俺は開いた口がふさがらなかった。
ジュリ?は必死に誰もいないはずのまっすぐ前を見て、手のひらをその目線に向かって突き出して広げる。
返せって、封印石のことだろうか?
水晶は、真っ青だ。
砂浜から眺める海のような青さを、水晶はみせていた。
「ジュリ? おい、俺がわかるか?」
「せっかく手に入ったのよ! ユーナの病を、治せるチャンスなの! あなたなんかに――」
俺の言葉に反応した様子はない。まるで、ビデオを再生していたようだ。
言葉はそこで途切れ、きょとんと突っ立つジュリがいた。
伸ばしていた手をさっと後ろに隠し、恥ずかしそうに顔を赤くして椅子に座る。
赤くなるのも当然だ。人が少ないとはいえ、店員を含め周りの人はしっかりと彼女のおかしな行動を見ていた。
正直俺もかなり動揺している。桜木の時よりも。
彼女にもあんな、凛々しい顔ができたんだな。
「こ、ここでやるものではなかった感じですね。歩きながら、は、話しましょう?」
ジュリはさっさと金を払い、ものすごい速さで店を出ていく。
あっけにとられた俺も、急いで後を追う。
―★―
「――で、ユーナ? の病を治せるチャンス。だとか言ってたな」
俺たちは店の前で立ち止まって、俺はさっきの出来事を覚えていないジュリに話す。水晶が青く光ったことも含めて。
「マリ―ニャ王から、水晶には記憶を渡る力があると言うことは聞いていました。水晶は、魔王の見ていた景色を再現していたのだと思います。つまり、そのユーナという方を探せば、魔王を探す手がかりに……」
ジュリはまっすぐ前を向いていた瞳を俺に向けた。
心配そうに。不安そうに。
……な、なんだよ。
なんなんだこの感覚は。感じたこともない変な感覚。
俺らしくない。おかしいだろ。なんで沈黙になってるんだ。どう言う状況だよ。
「あ、あの……何?」
「あ、え、えっと」
少しの間が空いてから、深々と頭を下げながらジュリは口を開く。
「一緒に、魔王探しをしてください! お願いします!」
……魔王探し?
俺の疑問を受け取ったのか、ジュリは小さな声で、でも悔しがるような強い口調でつぶやく。
「私のもとに届いた封印石は、魔王を封じるためのものなんです! あの人さえ封印できれば、きっと平和な国が保たれるはずなんです」
――でも、私は肝心の所で勇気をなくしてしまう。
ジュリは、目元が見えなくなるほどうつむいて言った。
彼女は十分に勇気があると思う。
どんなに手足が震えても、後ずさって逃げるなんてことはしない。さっきも、昨日の水晶を触れた桜木からも、その勇気は伝わってきた。
それでも勇気が必要なら。
「別にいいよ」
俺はジュリから目をそらして、冷たく、軽く言ってみせる。自分が感じる変な違和感を悟られたくないからだろうか。自分の気持ちに正直になりたくないからだろうか。
俺が答えると、彼女は満面の笑みを浮かべてほっと息をつく。
「な、なあ、俺のこと、どうして助けてくれたんだ? 俺って魔王に似てるんだろ? なのに」
「魔王はあんな必死に逃げませんよ? 目を離したら姿を消している。そんな人ですから」
クスっと笑うジュリをみて、なんだか胸に刺さる。必死に逃げる俺を馬鹿にでもしたのかこいつ。
「でも、そんな理由じゃありません。あなたの心が見えたから。助けたくなったんです……って私、何言って……い、今のは忘れてください!」
「心? 俺の?」
なぜか慌てふためく彼女を前にしながら、俺は純粋に何のことだか話からなかった。
ジュリはふぅ、と息をつく。
「あなたの心からは、闇が見えたんです。それも、魔王の闇と似た……でも、魔王とは違う」
闇?それも魔王と似た。なら、なおさら助けようとなんてしないはずなのに。
でも、俺のことを助けてくれた彼女になら、変なことを言っても信じてもらえるのだろうか。俺が別の世界からきたことをジュリは知っているのだろうか?
俺はそれを確かめようと口を開こうとした。でもそんな必要はなかった。
「あなたがそちらの世界でどんな状況なのかは分からないですけど。……きっと、辛い日々を送っているのですよね」
「なっ――!」
ジュリから『そちらの世界』と言うワードがでて、俺はあっけにとられてしまった。ジュリが俺を助けたなら、知ってて当然ではあったが、あまりに唐突にその言 葉を出したものだから、言葉が出なくなっていた。
「おまえ、俺のことどれだけ」
「す、すみません! 驚かせてしまったみたいで。マリーニャ王からだいたいは聞いているんです。さすがに王様でも、そちらの世界がどんな世界なのかはご存じないみたいですが。昨日、噴水が緑の雑草になったことをマリ―ニャ王に話したら、教えてくれたんです」
噴水が緑の雑草?
それって、公園に突然現れた噴水とさっきの公園の芝生のことか?
「そうですね。ユーナさんについて聞き込みしながら、私がマリーニャ王から聞いたことを説明しますね」
―★―
「その水晶には別世界同士をつながる力があるようなんです。魔王が噴水の中に水を入れてしまった。それで水晶が噴水ごとそちらの世界へ繋げてしまったようですね。言うなれば、誤作動のようなものでしょうか」
その誤作動でそこにあるべきものが入れ替わってしまった。それなら、突然公園に水場が現れたことも説明がつくのではないだろうか。
けど、俺がこの世界に飛ばされたのはどうしてだ?水晶は確かに俺が持っていたけど。寝てる間に何かしたのか?
「ああ、疑問だらけだ」
「今は整理がつかないと思います。私も曖昧で。とにかく、今はユーナさんという方を探しましょう。魔王は昨日までこの辺りにいたのですから、そう遠くへは行ってないはずです」
今は、そうするしかないか。
それに、俺も魔王には会ってみたい。こんな汚い布で視界を思いっきり防いで顔を隠さなければならないほど、俺と魔王は似ているのか?
前を歩き出すジュリのことも、俺はまだ何も知らないし。
―★―
「ユーナ? ああ、あの子のことかぁ。悲惨だよな。あんなに人懐っこいいい子だったのに、悪魔に取り憑かれて今はロボットのよう……って聞いたさ」
俺たちは、町の人に手当たりしだいユーナについて聞き込みをした。ようやく見つけた手がかりは居場所ではなかったが、悪魔に取り憑かれていると言うことぐらいだった。
――悪魔。
ジュリ……いや、あいつが言っていたユーナの病とは、悪魔による呪いのことか。
やっぱり、返しなさいと言っていたのは封印石のことだったか。
それにしても。
「ロボットって、どういうことだ?」
たしかブラウンの娘は植物状態だと言っていたな。ロボット・・・とはかなり違う気がするが。
「悪魔の数だけ、その呪いには少しずつ違いがあるようです。さきほどの方のロボット。という表現はどんな呪いなのか、まだわかりません。とにかく、居場所を探しましょう」
「ああ。でも、もう暗くなってきたよな。おまえは大丈夫なのか?」
辺りも夕日で赤く染まってきた。道行く住人も少なくなってきたし。なにより、俺がつかれた……。目覚めたのがだいたい昼だとすると1時くらいに聞き込みを初めて、4時間以上歩いているということだ。それで手に入った情報はたった一つだけ……気が遠い。
こんなに聞き込みしても見つからないってことは、ユーナってやつは別の町に住んでいるのかもしれないな。
「そうですね……とりあえず今日はホテルで部屋をかりて泊まりましょう」
「え、ホ、ホテル!?」
「あ、い、いいいいえっ! べ、別々の部屋で……!」
そ、そりゃそうだよな。俺、何考えてるんだよ。顔を真っ赤にして首をふる彼女をみて、何故か顔が熱くなる。
あーもう、こいつに出会ってから調子狂うな!
―★―
ホテルに着いてホテルはそれほど現実世界と変わらない、ということに驚きつつ、俺とジュリは俺の部屋で明日起きる時間や、今日得た情報の整理をしていた。
「ええと、では。私は上の階にいます。何かあれば来てください。あと」
「なんだ?」
「先ほど、勝手に聞かせてもらって……その、名前」
名前、だと?
そんな。最低限に聞こえないように言ったはずなのに。
ロミオ・リスタル。そう名乗った。
『名前を名乗るときは、リスタル、と付けるのを忘れないでください』
彼女は聞き込み中の会話で、そう言っていた。
どうやら、この国の名字は国の名前らしい。
その国に住む者はみんな同じ名字。ということだ。少し違和感があるが、ジュリのおかげで変な名字を名乗ることもなかった。
問題は名前のほうだった。偽名を使うこともできたが、ホテルで名前を聞かれることをすっかり忘れていた俺は、偽名も思いつかず、咄嗟にこう名乗るしかなかった。
この名前のことを他人から口出しされるのは嫌いだ。
「早く上へ行くんだ」
「え、でも、まだ伝えたいことが――」
「うるさい! 俺の名前なんかどうでもいいだろ!」
俺はジュリを部屋から無理矢理追い出した。怒鳴った。
いつも面接で出している怒りの声。
世界が変わっても、俺は根暗で短気なままだ。彼女からでる言葉が怖くて、荒げた声を出したことを、冷静になって後悔する。
いつも俺はこうだ。あとになって後悔することばかりで、その後あやまりもしない。
だから変われないんだ。だから就職も何もできないんだ。
自己嫌悪に浸りつつ、俺は小袋に入った水晶を見つめる。
ジュリが水晶を入れていたという小袋だ。青くて革素材なのか、しっかりとしている。中には水晶が割れないように、綿のようなふわふわした物が入っている。
「魔王。お前は何を願っているんだ」
俺を巻き込んだ顔がそっくりらしい魔王は、自分の魂を食われてでも何を願うのか。やっぱり世界征服とか、そういうものなのか?
魂を食われたらどうなる?黒の水晶がその身体を操るのなら、自我は失うのか?だったらなおさら、そんな魔石に願った願いなんて叶うのだろうか?
魔王に会って話がしたい。おまえが望んでいる願いは何なんだって。聞いてみたい。
今日はとりあえず休んで、明日から全力で手掛かりを探していこう。
――ちゃんと、ジュリに謝ってから。
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