2 CARAT 目が覚めると剣を向けられていました

「へぇ。あの水晶、投げちゃうのは勿体なかったかなぁ? 不自然な雑草だねえ」


「何が起こって……ここにあった噴水は」


「僕も忙しくてさぁ、君と楽しくおしゃべりする時間もないんだ。あんな小さな玉じゃなくて、君の持ってる封印石、早く僕によこしてよ」


「これはあなたを封じるもの……! 絶対にわたさ――」


「これって、僕が持ってる石のこと?」


「え。どう、して………さっきまで」


「じゃ、バイバイ。僕の嫌いな――さん」


 目の前に広がる緑の草を眺めながら、一人の少女は、その場に立ち尽くしていた――。


―☆―


「今日もこんなに……どうせ受かってないんだろ」


 不合格通知と思われる封筒の山が、キシキシと音がするさびれたポストを埋め尽くしていた。


 昨日の面接はつい投げ出してしまったが、なんとか我慢して面接をした会社だってもちろんあった。中卒で、学校も休みがちだった俺が、普通の会社に就職することなんて不可能なのだろうか。工場のような設置されてロボットのように動く仕事は嫌いだ。それに、親は工業で働いている。

 親と同じになりたくない。父親はいじめでも金不足でもなんでもないにも関わらず、勉強が嫌いという理由だけで中学を卒業してすぐに工場で働き始めた。

 そんな親と一緒にされたくない。商業で、係長あたりにでもなって、親を上から見下したい。なんて考え方、俺は本当にあいつの子供なんだと実感してしまうのが心の底から気持ち悪い。

 親が嫌いだから商業にいく。父親と一緒じゃないのか。そんな意地を張っているから、就職できないんだ。


 そうだ。俺は嫌いだ。すべてが嫌いだ。

 好きな食べ物も、人を好きになったことも、全くない。


「誰か俺に、『好き』という感情を与えてくれよ」


 一階が潰れるんじゃないかと思うくらいの床の寂れた音を気にしながら、201号室の前で、俺はこんな、くだらないことを言ってみる。

 こんなアパートに住んでいると親に知られたら、たぶん俺の人生は終わる……。

 ポストが別についているのはこの201号室だけ。毎日のように封筒が山積みに送られてくるから、ポストを別につけるしかなかった。

 とは言っても、ドケチ大家さんに頼んだものだから、ゴミ置き場から取り出したようなぼろいポストしか取り付けてくれなかったが。


 両手で持たなければ持ちきれないほどの封筒の山。

 俺を必要としている人なんているのだろうか。

 俺みたいなやつが生きていていいのだろうか

 家に帰ったら封筒を見て落ち込む日々。


 こんな日々を送っているから、俺はあまった時間をアニメやゲームで費やしている時期もあった。だがどんなアニメもゲームも飽きてしまい、俺はやりたいことなんてなく、あまった時間を寝て過ごすことが多い。


 今日も寝るか。寝て今日あったことなんて忘れよう。


 俺は真っ暗な部屋に入って一番奥の窓際のベッドに倒れるように横たわった。

 この水晶のことは明日考えよう。どうせ明日は暇だし。桜木は面接だし何もすることないし、じっくり水晶を調べる時間くらいはあるだろう。


 ――眠りについた。


 眠る直前、手に持つ水晶が緑色に光った気がしたが、眠くてそんなこと気にしてられなかった。



 ―★―



 眩しい……。まぶたが重くてなかなか開かない。

 部屋は真っ暗にして寝たはずだが?

 ……カーテンを開けて寝てしまったのか?


「お、おいあれ、魔王じゃねえのか?」


 魔王?

 何なんだ。魔王って。よくゲームに出てくる魔王か?


「寝てるみたいだし、とっ捕まえてやろうぜっ! 国の英雄になるんだ!」


「お、おい、あんまりでけえ声出すなよ。魔王が起きちまうだろ」


 魔王が寝てる?なんなんだ。そんなおかしな魔王、油断もすきも全開かよ。

 ようやく目がなれて、俺は目をゆっくりあける。


「なん……だ? ここ」


 意味がわからない。


 見慣れない建物。見慣れない文字。見慣れない町。見慣れない顔。見慣れない状況。

 変な格好をした人々が、寝転がってる俺を上から見ながら、剣を握っている。


 剣を握っている!?


 まて。まず夢かどうか確認だ。

 このチクチクする感覚、この生暖かい春の風。

 チクチクする感覚?そうか。これは芝生だ。それも、俺のよく知る公園の芝生。


 この荒れ具合と、この育ち具合。


 全く手入れされていない芝生そのものだ。

 じゃあここは公園か?いや違うだろ。


 異世界……。そう呼ばざるを得ない場所だった。


 中にはビーストというのか?ケモ耳の男や女だっているし、エルフというのか?耳がやけに尖がってる奴らだっている。皆して俺を見ている。

 当然町でいきなり横になって寝ていれば、皆見るだろうけど、なんだかその様子が俺の想像とは全く違い、敵を見るような目だった。

 見たところ中世ヨーロッパ風のファンタジー風の王都風の町か?

 こんな見たこともない造りの町を、こんなリアルに俺の脳が再現できるはずがない。


 ――つまり。これは夢じゃない。


「魔王を追い詰めた英雄! ブラウンだ! これより魔王を処刑する!」


「いいぞー! ブラウン! 懸賞金かけられてる大物だぞ! 今すぐその身柄を――」


「――っ!」


 俺は勢いよく立ち上がり、真後ろの路地裏に駆け出した。後ろに人がいた気がしたが、それを払いのけてなんとか脱出した。

 がたいのいい男と、そいつを取り巻く大勢の住人たちが、一斉に俺のところに走り寄ってくる。

 くそっ!俺はなんで異世界に飛ばされてすぐ、追いかけられなければならないんだ!

 しかも魔王だと⁉この世界はそういう概念なのか。いや、それより……。


「俺は魔王になった記憶もお前らに喧嘩売られる筋合いもねーよっ!」


 必死で走る俺の体力ももう限界。

 ここ最近の運動と言えば、面接や公園にいくためのウォーキングだけ。

 こんな走ったことなんて、中学時代以来だ。


「追い詰めたぞ!」


 ブラウンと思われる、茶髪の背の高い人間が、俺を行き止まりまで導いた。

首元の丸い金色のペンダントが、反射して光り大きく揺れる。

 この状況はまずい。


「俺は何もしてない! 起きたら意味の分からない場所で寝てて、魔王って言われるようなことした覚えねえって!」


「嘘をつけ。この町ではみんなお前の顔を知っているんだ! 瓜二つの他人なんているわけないだろ! 俺は……俺はお前のせいで、娘を、悪魔の呪いから解放することができなかったんだ! あの時の封印石を返せ! 今ならまだ、娘にとりついた悪魔を封印できる!」


 ブラウンは大きな剣を俺めがけて振り下ろす。

 俺は、まだ就職も何もできてないのに、こんなところで死ぬのか?

 何もわからないまま、何もできないまま、こんなところで死ななければならないのか?


 目をつむり、希望を失った。これが最後だ。これが最後の、俺の人生だ。


「――やめて!」


 振り下ろされた剣を剣で受け止める……少女。

 クリーム色の長い癖のある髪をなびかせながら、顔の見えない少女は、俺の前に立っていた。

 足は震えていて、声も小さい。だが、剣を受け止める剣は、一ミリも動かない。

 なんなんだ。このおかしな感じは。俺はくぎ付けになっていた。石のように固まってしまった。

 

 ……桜木?

 

 いや、なんで俺は、こんなときに桜木を思い出す?

 目の前の少女をみて、俺を追いかけてきた人々は目を点にして立ち尽くしている。


「ジュリちゃん、どうして魔王の味方をするんだ。 昨日の騒動を忘れたのか? そいつはあんたの封印石も――」


「この人は、あの凶悪な魔王ではないんです……! 顔が似てるだけの、別人です! だから、その、やめてください! 本当の魔王なら、こんなことで追い詰められたりしません!」


 ブラウンは剣をしまう。

 そして、彼女の後ろに立つ俺をまじまじと見つめる。

 その表情は困惑を示すもので、俺もどんな顔をしたらいいのかわからない。


 ―★―


「すまないな。勘違いで殺人者になるところだった」


 近くの人の少ない酒場で、俺は変な布を被せられ、ブラウンに深々と頭を下げられている。

 この布をいきなり乱暴に被せたことについて謝ってほしいのだが。

 それにしても、本当に異世界に来てしまったようだ。

 ここがどんな世界なのか、全く理解していないし、なぜこんなところに俺は飛ばされたのか、見当もつかない。


 それに……。


「あ、あの。こんにちは。わたしはジュリ・リスタルと申します」


 真っ白な肌に、綺麗なクリーム色の髪。

 その髪は自信なさそうにうつむいた彼女の顔を、見えなくなるくらい隠してしまう。

 彼女はいったいなんなんだ。

 いきなり現れて、いきなりよそ者の俺を助けて。

 しかし、今は別に聞きたいことがある。


「あ、あのさ、その、魔王っていうのは何なんだよ。このせか……この国には、そういう、存在がいるのか?」


 ゲームやアニメでよく出てくる魔王。

 俺はゲームは一度もクリアしたことないしアニメは最終話まで見たことはない身だが、魔王というものはだいたい城を持っていて、手下がいて、魔獣とか、モンスターを呼び出すような、世界征服を企むような、そんな存在だった……気がする。

 この世界には、そういう魔王がいて、勇者がそれを倒す的な、RPG的なせかいなのだろうか。

 ブラウンはそんな俺の質問を聞いて、驚いたように目を見開く。


「おまえ、あの魔王を知らないのか? ああ、でも、よその国の人間なら、知らない奴もいるのか」


 ブラウンは目の前の酒を飲んで息をつくと、再び話し出した。


「魔王っていうのはな、ただのあだ名みたいなもんだ。あいつは自分の名前を一切口にしない。だから俺たちの間でいつの間にか魔王と呼ぶようになったんだ。つい先月のことなんだが、『黒の水晶』が見つかり、この国の城で保管することになった。やつは、それを狙っている。だからごく少数がもってる『封印石』を集めているんだ」


「は?」


 話を聞いて最初にこぼした言葉は、この一言だった。

 前半のほうはなんとなくわかった。つまり、魔王という名前は、仮のものであって、人々が勝手につけた名前だと。

 後半からは黒の水晶だとか、封印石だとか、意味の分からない単語が並んで意味が分からない。


「黒の水晶というのは――」


 隣の方から聞こえてきた声。顔をあげて、俺をまっすぐ見つめながら話すジュリ。

 ジュリが話す内容は、こんな内容だった。


 古くから伝説とされてきた『黒の水晶』

 伝説ではどんな願いも叶える魔法の玉だと言われている。真っ黒な色をしていて、決して透けていない。常にその球体の中で、黒いもやが動き回っている。


 ――願いを叶える代わりに、その魂を食べる――


 それが、黒の水晶の力。願いの叶え方は強引で、それを望んだものが幸せになったことはないと言われている。

 遠い昔、千年以上前、その水晶に魂を食べられた人間の力で、世界を滅ぼした。と言われている。

 魔王はそんな黒の水晶の力を、欲しがっている。自分の魂を食べられると知っていても。どんな願いなのかはわからないが。


 そして、『封印石』

 時には封印し、時には封印をとく。

 封印石はいい意味でも悪い意味でも使われる石。世界にわずかしかない貴重なものだ。本当に困っている人のもとにしか現れない、使い方を間違えない人のもとにか現れない、そんな、優しい存在だと言われている。

 なんでも昔、この国のマリーニャ王が、掘り出されたたった1つの封印石をいくつかに砕いて、悪い者の手に届かないように魔法をかけた。だから、強く願う者の前に現れては、役目をはたし別の人のもとへ現れる。そんな、幻のような、救世主のような存在だと言われている。

 マリーニャ王が封印石を砕く前の話だが、『黒の水晶』は封印石によって封印された。

 その封印をとくには、散らばった封印石を集めて、元の形にもどす必要がある。


 ――『封印石』を元ある形に戻し、『黒の水晶』の封印をとく。


 それが、魔王の今している行動だ。


「なるほど」


 話を聞き終わりようやく納得した俺は、最初にこの言葉をこぼす。

 このまま魔王の思惑通りに進んでいけば、魔王は本当の「魔王」になってしまう。つまり、そういうことか。

 自分の魂を食べられても叶えたい願いとは、一体どんな願いなのだろうか。

 おれはその魔王にあったことがないが、こんな布を被せられるほど似ているというのか?


「ハハ、そこまで話さなけりゃわかんなかったか」


 ブラウンは苦笑しつつ、首元にかけられたペンダントをみる。

 その中の写真には、彼の娘と思われる小さな茶髪の女の子が、無邪気に笑っている姿が写っていた。


「数年前に悪魔に取りつかれてから、ずっと植物状態でな」


「悪魔?」


「さっき、ジュリちゃんが話していた内容に、昔、魂を食べられた哀れなやつの話をしただろ? 黒の水晶が、そいつを操って魔獣や悪魔を次々と生み出したんだ。

 そいつの肉体が壊れるまでだったか、封印石が見つかるまでだったか、軍は封印ができなくてな。今でもその名残というか、残像というか、色んな悪魔や魔獣がのこっているんだ。娘は、そんな悪魔に取りつかれて……。

 娘のことを考えたら、なんだかそばにいてやりたくなったよ。今日はこれで帰らせてもらう。悪いが、これで払っておいてくれ」


 ブラウンは重たい表情のまま、椅子に立ち上がり、硬貨を置いて店を出て行った。

 自分勝手に願いを叶えようとしたやつのせいで、今でもその影響が出ているというのか。

 それを知っていて魔王は黒の水晶に願い事をしようとしている。

 俺はひょっとしたら、とんでもなく危ない世界に来てしまったのかもしれない。


 二人きりになってしまった俺とジュリは、言葉を交わさず、しばらく沈黙状態が続いた。

 沈黙が嫌いな俺は、一番聞きたいことを聞いた。


「おまえ、俺の事、どれだけ知っているんだ?」


 空色の目は俺を見つめた。そして、口を開く。


「――水晶は持っていませんか?」

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