1 CARAT 水晶は青く光る

「へぇ。水晶かぁ」


 不敵な笑みをこぼした男は水のように透明で、ビー玉のように小さな玉を、手を大きくふって頭上の真上に上げていた。


「や、やめて!」


 男の前に、自分の頭と同じくらい小さな水の玉を、少女が足を震わせながら投げつける。


「おっとぉ。そんな可愛げな動きじゃ僕は仕留められないよ? ほらっ!」


 ――ポチャン。


 その音は、水場から溢れ出る噴水の音で、かき消されてしまった――。


―☆―



「はは~ん? その様子、まーたやらかしたな?」


「はぁ。うるせーよ。お前には関係ないだろ」


 もうすっかり常連になってしまったハローワークが丁度目の前に見える、この名前も知らない公園で俺はベンチに座り、ため息を大量についていた。

ため息の原因はもちろん、昨日の面接だ……と言いたいところだが、今は隣の女だ。

 桜木もみじ。かわいい名前だとか、そんな風に思ったやつらは心のそこからがっかりするだろう。


「で? 今日はどんな用? 俺と同じハローワークの常連の、桜木不良さん」


「も・み・じだっ! 桜木もみじ! そろそろお前のことぶっ殺してもいいんだぞ」


 ただでさえ金髪に派手目なメイクで不良そのものなのに、もうそんな暴言を吐いてる時点で、彼女は一生就職できないんじゃないかと。ハローワークに行っても人間性を変えない以上、就職なんて出来っこないだろうに。

 なんて、俺が言うことじゃないけど。


「……あたしたちが何か用があるときに話すことってあったっけ?」


「うん 。ないな」


 まあそうだ。


 意味ある会話なんてしたことない。だから俺はなんでこんな嫌いなやつと意味のない会話をしているのか不思議で仕方がない。


「はーあ。今月の小遣いもそろそろ底をつきるなー。なぁミオ、金分けて! 一生のお願いだからさ!」


 この「ミオ」と言う呼び方、実は気に入っている。だが、それとこれとは話は別だ。

 俺は桜木もみじが嫌いだ。


「はぁ。お前の人生は何回あるんだよ。それとな、自分の金をそんな簡単に渡せるか」


「そこをなんとか~~」


「ダメだって」


 はぁ。俺は何回ため息をつけばいいんだ。はぁ。

 一人暮らしをしている俺は、親から振り込まれる金でなんとかやってるけど、早く就職したいと思っている。

 いつまでも大嫌いな親の金で飯を食うのは地獄だ。家出したのにも関わらず、俺は結局あのダメ親の世話にならなければならないゴミ人間だ。


「ちぇ。ちょっとくらいいいじゃん……か? 

な、なあ。あんなところに水場なんてあったっけ?」


 桜木が指差した先は公園のど真ん中。

 普段なら公園の奥の小さなタンポポでさえ、どこからでも見えるほど、芝生しかないのだが……。

 そこには、噴水がわき出る、大きめの水場が公園のど真ん中に不自然に置かれていた。


「なんなんだあれは。つい三日前、俺たちそこの芝生に寝転がってたよな?」


「てかさっきまでなかったような……。行ってみようぜ」


 相変わらず行動力の塊だな。

 さすがに俺も、あそこまで不自然な置かれ方をした水場をみたら、見に行く以外の選択肢はない。


―☆―


 真っ白な器の中に、今にも溢れだしそうなほど、まん中の凹みから水が吹き出ている。

 こんな貧相な公園の真ん中に、こんな立派な噴水を置くなんて、置いた人間は一体何を考えているんだ。


「すげぇー! 見ろよミオ。ミオの二倍くらい吹き出てるぜ。この噴水!」


「やっぱり、おかしくないか。こんな噴水設置する金と暇があったら、あそこの壊れてるブランコ、とっくに直してるだろ」


 この公園は芝生が手入れされずに茂ってるし、すぐそこの端にあるブランコはチェーンが取れてるし、滑り台は錆だらけだ。こんな公園に新しい遊具どころか、噴水なんて、明らかにどうかしてる。



「じゃあなんだ? ミオはこの噴水は別の場所からパッと出現したとか、そう言いたいのかよ?」


「そんな、漫画じゃあるまいしな……ん? なんだ、これ」


 俺は噴水の水のなかから吹き出てきた、小さな玉を手に取った。丁度、ビー玉と同じサイズだ。

 手に取ると何か、白く光った気がしたけど、気のせいか?



「なんだよそれ。ビー玉か?」


「いや、ビー玉とは違う気がする。高い金になりそうだから、持っておくか」


「はぁ!? ミオばっかずるいぞ! それをあたしに――痛っ!!」


 な、何が起こったんだ……?

 桜木が「コレ」を触ろうとした瞬間、電流のようなものが流れたような。

 桜木はそこに倒れこんでいるが、俺はなんの異常もない。一体……。


「うっ」


「桜木、大丈夫か?」


 俺は頭を抱える桜木の顔を除きこんだ。


「やめてっ!」


 誰……だ?

 ここにいるのは、俺の目の前にいるのは、確かに桜木もみじだった。だが、それは桜木であって、別のだれかだ。


「その水晶は、素手で触れちゃだめ! お願い……返して……」


 うつ向きがちに涙を浮かべながら俺を睨む彼女は、さっきまでの桜木もみじではない。

 水晶……?この小さなビー玉のことか?


 ん?まてよ?


 なんだこの水晶。青く光っている?

 さっきまであんな透明だったのに、今は真っ青に染まっている。一体、何が。


 あー違う! 今は桜木だ! 桜木をどうにかしなければ!


「お、おい! 桜木、正気にもどれ!」


 俺は桜木の肩を両手で持ち、前後に何回も揺さぶった。ハッと力が入ったと思ったら、桜木は俺の腕を振りほどいて地面に叩きつけた。


「な、なっ! 何すんだよっ! 殺されてーのか!?」


いってぇ……こいつ、レスリングか何かで食ってけるんじゃねえのか?


「桜木、お前どうしたんだよ」


「は? なんのことだ?」


 覚えていない?


 なんだったんだ今のは。桜木の中に、別の人格が入り込んだような。気味が悪い。それに、アイツはコレのことを水晶と呼んでいたな。この玉、簡単に売り飛ばしていいものじゃない気がする。

 それに、さっきみたいなことになったら……。


「そっちこそ、何か考え込んでどうしたんだよ」


「あぁ……いや。なんでもない。噴水はもう見た。今日は俺、帰るよ」


「ふーん。じゃ、あたしも帰るとするかー。じゃあな」


 俺は桜木と分かれ、水晶を家まで持って帰ることにした。長く持っていれば、また何か変化が起こるはずだ。

 噴水に水晶……何か、嫌な予感がする。俺の知らないところで、何かが起こってる、背筋が凍るような、寒気を感じる。


「あー就活の真っ只中だって言うのに! こんな気持ちじゃ一生就職できねーよ!」


 ハローワークの前で、俺は声が枯れるほど大声をだした――。

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