第47話 シャンテの最終特訓
45層でキャンプをして一夜を明かした。
時刻はまだ朝の4時。
俺は支度を終えると、まだ寝静まっているみんなを起こさないように、キャンプ場を後にした。
46層に続く階段へと足を進め、そして……。
「どこへ行く? アラド」
やはり師匠にはまだまだかなわないな。
振り返ると、シャンテが腕を組んで立っていた。
「止めたって無駄だぜ」
今こうしてる間にも、リュミヌーがひどい目にあっているかもしれないんだ。
のんきに寝てなんていられるわけないだろ。
俺はシャンテを無視して階段に向かう。
リュミヌーを助けるために。
「まだお前に言ってなかったことがある」
「言ってなかったこと?」
俺は足を止めて振り返る。
そこには、いままで見たこともないくらい険しい表情をしたシャンテの姿があった。
古の地下迷宮に突入する前、シャンテから特訓を受けた時の彼女はまるで鬼みたいだと思ったが、今のシャンテの顔はいままでのどんな顔よりも鬼に近いと思った。
その緊迫した顔に、完全に頭に血が上っていた俺が思わず目を剝いてはっとした。
シャンテは何か重大な決意をしたように、重々しく口を開いた。
「私はお前に持てる全ての技術を教えた。だが、まだひとつだけ教えていないことがある。……私の『究極奥義』とでも呼ぶべき技術だ」
「究極、奥義だと……」
「この技はあまりに危険すぎて私自身使うのをためらうほどだ。かつてのお前ならおそらく教えても習得出来なかっただろう。だが、この厳しい迷宮を45層まで勝ち抜いてきた今のお前になら、習得できるかもしれない」
あの鬼みたいに強いシャンテがそこまで言うなんて、その究極奥義ってのは、どんだけとんでもない技なんだ。
「ハッキリ言って今のお前にはセリオス……いや、『災禍の王』には勝てないだろう。私の究極奥義でも覚えない限りな」
そんな……、いやまて、今なんて言った?
「セリオスが、『災禍の王』?」
「ああ、『災禍の王』とは実体を持たない。この迷宮に充満する魔障そのものが、『災禍の王』の本体なのだ」
ということは、『災禍の王』はセリオスの身体と精神を乗っ取ったってわけか?
「じゃあ、リュミヌーをさらったのは……」
「セリオスと一体化した『災禍の王』だ」
なるほど、つまり俺たちの目的は何も変わっていないわけだ。
俺たちがこの迷宮にやって来た理由は、まさにその『災禍の王』を倒すためなのだから。
「じゃあミロシュは? あいつも『災禍の王』の手の内なのか」
「そこまではわからん。だがひとつ言えることは、あの二人はいまや私達の敵だということだ」
そうか……。
あいつらとは色々あったが、この迷宮で共闘してからは、何となく上手くやっていけるのかなと思ったのに。
やはり、俺とセリオスは相いれないのか。
「なあ、もしセリオスを倒せば、セリオスの精神は元に戻るのか?」
その質問に、シャンテはうつむいて答えなかった。
わからない、ってことか。
もし災禍の王に乗っ取られたセリオスを倒せば、本物のセリオスも巻き添えをくって死んでしまうかもしれない。
だが、それでも……。
セリオスが、いや、災禍の王がリュミヌーに危害を加えようとしている限り、俺に選択肢はない。
リュミヌーを取り戻すため、戦う。
なぜならリュミヌーは、俺のものなんだから……。
「シャンテ」
「何だ?」
俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見据えて、宣言する。
「俺にその『究極奥義』を教えてくれないか?」
その言葉を聞いて、シャンテはようやく口端をあげた。
「よく言った、アラド。では今すぐはじめるぞ、いいな?」
「ああ」
そして、シャンテの最後の特訓が始まった。
「それで、どうすればいいんだ?」
「アラドよ……、この究極奥義の特訓は驚くほど単純だ。今から私がお前にその技を放つ。お前はそれに耐えて身体で体得するんだ」
なるほど、そいつは話が早くて助かる。
そう思っていると、片手剣を構えたシャンテの周囲に、鬼気迫るような禍々しいオーラが立ち上りはじめる。
次の瞬間。
「なっ!」
死。
「ぐわああああ!!!!!」
身体じゅうに激痛が走り、俺は地面を情けなくのたうち回る。
痛い! 痛い! 痛い!
身体が八つ裂きにされたように、痛い。
耐え難い苦痛にもんどりうっていると、身体が淡い光で照らされたかと思うと、痛みが軽減されていく。
見ると、シャンテが俺の傍まできて回復魔法をかけてくれていた。
だが、その顔はいまにも消え入りそうなほど必死だった。
「シャ、シャンテ……」
「私も衰えたもんだ……、全盛期の半分ほどの威力しか出せなかった……」
何だって?
今ので、半分の威力?
俺はさっきのシャンテが放った技を思い返した。
シャンテが片手剣を抜いて構えたかと思うと、彼女はただならぬオーラを放ち、その直後、消えたのだ。
そしてシャンテが消えた後、俺の身体を何かが通過していくような感覚に襲われ……。
次の瞬間、俺は「自分の死」が具現化したように思えた。
圧倒的強者による、一方的な虐殺。
そう、あの瞬間、シャンテが「5人」になって一斉に俺をズタズタに斬り裂いていった。
俺には、そう感じたのだ。
シャンテはよろよろと身体を起こすと、再び俺と距離を取った。
その手には、さっきと同じ片手剣。
お、おいおい、ちょっと待て。
まさか今のをもう一回やるって言わないよな。
「どうやら私の身体も限界が近いようだ。次の一撃がおそらく私の生涯最後の一撃になる。耐えてみせろ。そして、この技を体得しろ!」
そう言ってシャンテがまたもや禍々しいオーラをまとう。
嘘だろ……。
俺は生まれて初めて、心底から震え上がった。
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