第42話 溶岩エリア

 その日の夜、俺たちは久しぶりにキャンプをした。

 と言ってもダンジョンの中だけど。


 今いる場所は『古の地下迷宮』の40層。

 フロア全体がだだっ広い空間で灰色の壁が四方を囲む。

 ボス部屋なので雑魚モンスターは現れない。

 なので俺たちは周囲に警戒することなく英気を養う。


 大部屋のちょうど中間あたりにキャンプファイヤーを作って、それを囲むように俺たちは車座になって食事をしている。


「うわー、これおいしい!」


 そう言ってお椀を左手で持って右手で箸を持って麵をすするヴェーネ。

 俺たちが食べているのは『ラーメン』という料理だ。


「俺の故郷の郷土料理なんだ」


 静かにそう語るのは、セリオスパーティーのヨアヒム。

 彼はメンバー最年長で、杖を使用して主に遠距離から攻撃魔法で戦う後衛アタッカーだ。

 テレーゼと並んで比較的俺に対して穏健派な態度をとる人物。

 多分まだ20代だと思うんだけど、その貫禄あふれる風貌と後衛職らしからぬガッチリした体格のせいか、30歳を超えていると言われても信じてしまいそうだ。


 ヨアヒムの言葉に、リディは興味深げに瞳を輝かせる。


「へえ、故郷ってどこ?」


 ドワーフ族のリディは肌の色がやや緑がかっているが、それ以外は10代前半の女の子と変わらない見た目をしている。

 だが、ドワーフ族は成人しても人間の子供と同じくらいの背丈なので、ああ見えてリディは20歳を超えているらしい。

 ということは、俺より年上ってことになるんだよな。

 以前、詳しい年齢を聞こうとしたら「バカっ!」とか言われて怒られた。レディーに年齢を聞くのはやはりドワーフ族でも失礼なんだな。


 なんて当たり前のことで反省したのだ。


 それはそうと、ヨアヒムの故郷である。


「オリエンタラ公国という所だ」


 リディの質問にヨアヒムは落ち着いた口調で答えた。

 オリエンタラ公国というと、大陸の最東端にある小さな国だったかな。

 俺は行ったことないけど。


「へぇー、どんなとこ?」


 リディはやけに興味深々に聞いている。


「どんなとこって言われてもな……。特に特徴のない国だ」


「えー、何それ」


 不服顔のリディ。

 そりゃそうだ。

 あまりにもそっけさなすぎるだろその答え……。


 でも『ラーメン』なんて食べ物があるんだから、特徴がないなんて事はないだろ、と思いつつ麵を啜る。うん、美味い。


 リディの隣には妹のロッティが黙々と麵をずるずると啜っている。

 この子の事は未だによくわからん。

 凄腕の技工師ってことくらいしか。

 姉のリディと正反対の性格で、いつもアンニュイな態度を崩さない。

 でも姉とそんなに歳は離れていなさそうだから、意外と俺とそう歳は変わらないのかも。

 まあ主に見た目のせいでどうしても子供扱いしてしまうんだけど。


 ラーメンを食い終わり、眠くなってきたので俺たちは休むことにした。


 次の日。

 充分に疲れは取れたので、俺たちは41層に続く階段を降りる。


 むわっとした熱気が俺の肌を焼いた。

 ヴェーネが言った通り、フロア全体が溶岩で満たされている。

 辺り一面赤で覆われた光景。


 俺たちは溶岩の合間にある細い道を通って先へと進む。


 心なしか、身体が重くなって来た気がする。

 空気中の魔障の濃度が濃くなっているのだ。

 確かに何もしてないのに、体力が奪われていく感覚がある。


「急ぐぞ」


 クールながらもせかすようにセリオスが告げる。

 俺は頷くと早足で進む。

 後ろを見るとヴェーネやミロシュもついてこれている。

 だが、元々冒険者じゃないリュミヌーやリディはついてくるのに精一杯って感じだった。

 俺はペースを落としてリュミヌーの隣につく。


「大丈夫か?」


「はい……、すみませんアラドさま、ご心配をおかけして……」


「あまり無理はせず自分のペースで走るといい。俺がついてるから」


「ありがとうございます」


「ちょっと、私もいるんだけど……」


「ああ、すまん。もちろんリディもだ」


 リディは一つ息をついで、


「それより、私の事はいいからロッティについていてくれる? あの子も大変だと思うから」


 俺は後ろを見ると、リディ達より更に遅れてロッティが辛そうにトコトコ歩いている。

 さすがにあの身体でこの環境はキツイよな。

 俺はロッティの傍まで行くと、


「大丈夫か? 荷物持とうか?」


「…………お願い」


 さすがのロッティもこの環境で移動するのはキツイと見える。

 普段は素っ気ないのに、珍しく俺に頼ってきた。

 俺はロッティが抱えている工具が詰まったカバンを持ってやる。

 お、これ、意外と重いぞ。

 この子、これをずっと抱えてきてたのか。


「なあ、ロッティ。もしよかったら俺のアイテムポーチにしばらく入れておいてやろうか?」


 俺の提案にロッティは静かにこくんと頷いた。


「よし、わかった。もっと俺たちを頼っていいんだぞ、ロッティ」


「……考えとく」


 ちょっとは心を開いてくれた、のかな?

 まあ、今はこれでいい。

 いきなり仲良くしようとしても難しいだろうからな。


 俺はロッティと並んで溶岩の中を進んでいった。

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