第25話 名工の娘
ジンガンの工房前で俺達に声をかけてきたのは、ドワーフ族の女だった。
身長は俺の腰に届くくらい、人間でいうと10歳前後くらいの女の子に見えるが、彼女はドワーフ族なので、子供とは限らない。
俺は彼女に応える。
「ああ、俺達はジンガンに依頼があって来たんだ」
「ふーん」
ドワーフ族の女は一度オレンジ色の髪をかきあげた。腰まで届く長い髪が風で靡く。
「じゃあ残念だったね。聞いたんでしょ? ジンガンがもう亡くなってるって」
「あ、ああ……」
それはさっき通りすがりの人から聞いたことだ。
「ところであんたは?」
「私はリディ。ジンガンの娘よ」
「ええっ」
俺とヴェーネが同時に驚く。
後ろに立っていたシャンテが前に出てきて口を開いた。
「久しぶりだな、リディ。と言っても私のことは覚えてないかもしれないが。なんせ最後に会ったのは10年も前だからな」
「あなたは……?」
リディが少し考えるような仕草をした後、
「あ! もしかして、シャンテおばさん!?」
そう大声で叫んだ。
「シャンテ……」
「おばさん……?」
俺とヴェーネがあっけに取られたようにそう漏らした。
するとシャンテは呆れたようにうなだれ、
「……お姉さん、だ」
そう念を押すように訂正した。
普段クールな彼女らしからぬ動揺っぷりだ。
声も心なしか震えてるし。
「それで、シャンテおば……お姉さん、お父さんに何の用だったの?」
「おばさん」と言いそうになったのを慌てて首を振って呑み込み訊ねるリディ。
シャンテの眉間に僅かにしわが寄った気がしたが、それも一瞬のことですぐにいつものクールな顔を取り戻した。
「実は……」
シャンテは淡々と事情を説明した。
キィンロナ村に設置されている魔導砲を修理してもらいたかったことを。
すると、リディは少し思案して、
「うーん、私は技師じゃないから無理だけど、妹のロッティならもしかしたら出来るかも……」
「ロッティ? ジンガンにもう一人娘がいたのか?」
「うん。ロッティは今年10歳だから、お姉さんが知らないのも無理ないかもね」
「そうか」
今度はヴェーネが質問した。
「そのロッティって娘なら魔導砲を直せるの?」
「多分だけどね。私は技師の才能はからっきしだったけど、あの子はお父さんの才能を受け継いでいる。まだ10歳なのに既にこの街でも十本の指に入る技師なんだから」
「へえ、すごいな。じゃあそのロッティにお願いすればいいのか」
「でも……」
リディの顔が暗く沈む。
「ん? 何か問題があるのか?」
俺の質問にリディは少し言葉が詰まったようになった。
「うん、実は今、あの子ちょっとスランプ気味みたいで……」
「スランプ?」
リディはこくりと頷く。
「とりあえずロッティに会って行く? 今、家にいると思うけど」
「そうだな、会っていくか」
シャンテもヴェーネも了承したので、俺達はリディと一緒に工房に入った。
工房の中は少し散らかっていて、とても職人の仕事場には見えなかった。
無造作に机の上に置かれているハンマー。
もう長い間火が点いていないような鍛冶場。
希代の名工の仕事場とは思えない。
「ロッティ、お客さんよ」
妹を呼び出すリディの声。
しばらくすると、二階からトコトコと一人のドワーフ族の少女が降りてきた。
姉と同じくオレンジ色の髪をした少女だ。
だが、その顔には生気がなく、せっかくの美少女が台無しになっている。髪はボサボサで手入れが一切されていない。肌も血色が悪く、薄暗い色をしていて見るからに不健康そうだ。
「なに? おねえちゃん。なんか用?」
「用があるのはこの方達よ、ロッティ」
眠たそうなロッティの言葉にリディは呆れ気味にそう返した。
「うーむ……」
半目を開いたままぼーっとしているロッティを、唸りながらジッと見つめるシャンテ。
「なあ、この子、とても鍛冶仕事なんかできそうに見えないんだけど大丈夫か?」
不安になって思わずそう漏らしてしまった。
だがリディは特に気にした様子もなく、
「一ヶ月くらい前からずっとこんな感じなの……。お陰で仕事も碌にできなくって生活がヤバイのよ……」
溜息交じりにそう呟く。
「これは……」
「何か分かったのか?」
そうシャンテに訊ねると、彼女は額に汗を一滴たらしながら真顔で頷く。
「どうやらこの子は魔障に冒されているようだ」
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