第20話 帰還

 古の地下迷宮を脱出した俺達は、イザルス山脈を降りてキィンロナ村へと戻ってきた。

 村に着くと、村民総出で俺達を迎えてくれた。

 特に、村の護衛役だったシャンテが戻ってきたので、村人達は安堵の表情を浮かべた。

 魔法障壁があるとはいえ、いつモンスターに襲われるかわからない状況だったのだから無理もない。

 そして……。


「アラド、約束通りマッサージお願いねっ!」


 俺は帰宅早々、ヴェーネの身体をマッサージするハメになってしまった。


「うーん……気持ちいいー」


「あんまり変な声だすなよ」


「アラド、もっと右! そう、そこ。あっ! いいよ!」


 ヴェーネがベッドにうつ伏せになり、俺がその上から両手で身体のあちこちをもみほぐす。柔らかい肌をギュッと抑えると、ヴェーネが気持ち良さそうな声をあげやがる。

 マッサージが終わると、ヴェーネは顔を赤くしてベッドにだらしなく横たわった。


「あー気持ち良かった! ところでアラド、セリオス達は見つかったの?」


「ああ、セリオスとミロシュはモンスターとの戦いで重傷を負ったがどうにか生きている。ヨアヒムとテレーゼはしばらく休んでから迷宮を脱出するそうだ」


「そっか……」


 ヴェーネは何か考え事をするように少し俯いた。


「またセリオス達のパーティーに合流するのか?」


 俺がそう聞くと、ヴェーネはゆっくりとかぶりを振った。


「私はセリオス達を見捨てて逃げて来たようなものじゃない。今更戻れないわよ」


「でもヴェーネはトラップに引っかかっただけなんだろう? なら仕方ないんじゃないか」


 するとヴェーネは、ひとつ大きくため息をついた。


「正直言うともうセリオス達のやり方についていけないの。なんて言うか、無鉄砲だし自分達の力を過信しすぎているっていうか。これ以上あのパーティーにいたら、私身が持たないわよ」


「そうか……」


 話を聞く限り、ヴェーネは前々からセリオスのパーティーを抜けたがっていたのかもしれないな。


「ねえアラド、良かったら私もアラドのパーティーに入れてもらってもいい?」


 突然何を言い出すんだ。


「いや、俺はパーティーを作った覚えはない」


「だったら今ここで結成しちゃおうよ! アラドがリーダーの冒険者パーティー!」


 俺がリーダーの冒険者パーティーだって?

 そんなこと、考えもしなかった。


「でも、パーティーを結成するには冒険者ギルドの手続きが色々と面倒なんじゃないのか?」


 詳しくは知らないけどな。

 俺は冒険者になってからいつも他人の作ったパーティーに参加するだけだったし。


「別にギルドに登録なんてしなくていいじゃん。勝手に結成しちゃえばいいのよ! ……それで、今度こそアラドと一緒に世界一の冒険者になるって夢を叶えるんだ」


 ヴェーネ、まだその夢にこだわってたのか。


「とりあえず、考えておくよ」


「うん! 出来るだけ早いうちに返事を聞かせてね」


「ああ」


 俺はヴェーネを残して部屋を出た。

 村長の部屋にいくと、ラディウス村長とリュミヌー、それにシャンテが話しこんでいた。

 リュミヌーが俺に気づいて声をかける。


「あっ、アラドさま。ヴェーネさまのマッサージは終わったんですか?」


「ああ」


 シャンテと話していた村長も俺の方を見る。


「おおアラド殿。良いところに来てくださった。実はアラド殿にも聞いてもらいたい話があるのです」


「俺に?」


 何の話だろう。とにかく空いている椅子に座って話を聞くか。

 隣に座っているシャンテが話を始める。


「話というのは他でもない。私が古の地下迷宮の奥深くに潜っていた理由なのだが……、先日村の護衛中に『魔瘴』が吹きあがっているのを見つけたんだ」


「『魔瘴』?」


「お前も迷宮で見ただろう? モンスターが死ぬと黒い霧となって消滅したのを。あの黒い霧が『魔瘴』だ」


 確かに、古の地下迷宮のモンスターを倒した時、黒い霧になったのを覚えている。外のモンスターにはそんな現象は起きないのでちょっと頭の片隅に引っかかってはいたのだが。


「あの『魔瘴』は、邪悪な魔力のオーラが視覚化したもので、大量に触れると精神を蝕んでしまう危険なものだ。最悪の場合、命を落とすことすらある」


 そんな危険なものが、この村の近くで見つかったというのか。


「それで、シャンテはその『魔瘴』がこの近くに出現した原因を突き止めるためにあの迷宮に?」


「ああ、『魔瘴』の出処を調査していくと、古の地下迷宮から噴き出しているのを発見した。だから、村の警備が手薄になることは承知していたが、村の者の不安をいたずらに煽りたくなかったから一人で迷宮に潜った」


「それで、何かわかったのか?」


「あの迷宮の10層よりさらに下……第100層にとんでもないものが封印されているのがわかった」


「それは……?」


「太古の昔、世界を闇で包もうとした魔界の盟主、『災禍の王』だ。そいつの身体から『魔瘴』が溢れ、地上にまで届いていたのだ」


 『災禍の王』!?

 神話の中に登場する、世界を滅ぼそうとして、神に選ばれた英雄によって倒されたという……?

 だが、あれはおとぎ話の出来事のはず。まさか、そんなものが実在するとでもいうのか?


「私は50層まで潜ってその事実を突き止め、地上に戻ってそのことを伝えようと思い、10層まで辿り着いてお前達と遭遇したのだ」


「……その『災禍の王』ってのは、ほっとくとどうなるんだ?」


「いずれ、そう遠くない未来、復活する……。ダンジョンの石碑にそう書かれていたよ。最近凶暴化した地上のモンスター、そして『魔瘴』、これらは『災禍の王』復活の前触れだったのだ」


 なるほど、ほっとくとヤバい奴ってわけか……。

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