第19話 二刀流
「な、何だ!? あんたは……!?」
俺は思わず驚きの声を漏らす。
デスクラブとの交戦中、突然戦場に現れたかと思うと、見たこともない超絶剣技であの堅牢極まりないデスクラブの甲羅をいとも容易く破壊した女性。
その女性は一瞬で俺の隣に移動して剣を構える。
流れるような長くて美しい銀髪を靡かせ、リュミヌーと同じエルフ族特有の細長い耳をした女性。エルフ族かと思ったが肌の色がリュミヌー達と違って紫色をしている。
「あ、あなたは、シャンテお姉様! ご無事だったのですね!」
彼女を見てリュミヌーが嬉しそうに声を上げた。
ではこの女性が、俺達が探していたハーフエルフのシャンテか?
「話は後だ、それより今はこいつを倒すのが先決だ」
シャンテはよく通る凛とした声でそう言った。
慌てて視線をデスクラブの方に戻すと、さっきシャンテの攻撃で破壊されたはずの甲羅がみるみるうちに再生していく。
こいつ、自己再生能力まで兼ね備えていたのか。
「こいつを倒すには、再生される前に一気に相手の体力を上回るダメージを与えるしかない。私がもう一度奴の甲羅を砕くから、お前は奴の甲羅がなくなって無防備になったところに最大火力を叩き込め」
シャンテは鋭い視線をデスクラブからそらさずに俺に話しかけてきた。
「わかった」
俺は頷いて応える。
シャンテは一瞬俺の方を見て言葉を続ける。
「お前、名前は?」
「アラドだ」
「そうか。ではアラド、見たところお前は片手剣使いのようだが……、『二刀流』は出来るのか?」
『二刀流』だって……?
右手と左手、それぞれに一本ずつ片手剣を持って戦うスタイルか。
話で聞いたことがあるだけで、実際にそんな戦い方をしている人は見たことない。少なくとも王都の冒険者にはそんな使い手はいないはずだ。
「いや、できない」
「そうか……、おそらく片手剣一本では火力不足で奴を一撃で倒すのは難しいだろう」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「今ここで『二刀流』を習得するしかないな」
「習得って、どうやって?」
シャンテは懐から一振りの片手剣を取り出して俺のところまで投げてきた。
「『二刀流』を使えるかどうかは天性の素質にかかっている。センスのない者には一生出来ない。アラド、お前が今、実戦でやってのけるしかない」
ぶっつけ本番でやれってことか?
「私の魔力も残り僅かだ。奴の甲羅を砕けるのはおそらくあと一回。だからこれは賭けだ。もしお前が成功すれば我々は生き延びる。失敗すればここで命運は尽きる。アラド、さあ、どうする?」
「どうするもなにも、それしか方法はないんだろ? だったらそれに賭ける」
俺の言葉を聞いてシャンテが僅かに口角を上げる。
こんなの、別に今に始まったことじゃない。
冒険者をやってれば常に死と隣り合わせだし、100パーセント確実に成功する依頼なんてないしな。俺達は常に不確定な未来に己の命運というチップを賭けるギャンブラーみたいなもんだ。
俺は決心すると、シャンテが投げて寄こした片手剣を拾い、それを左手に装備。
素早くシャンテから貰った片手剣を鑑定すると。
闇剣ダークアスカロン
種類 片手剣
レアリティ SR
2層で入手した『光剣ムーングレイセス』もSRだから、今俺の手には2本のSR武器が存在していることになる。
だからその攻撃力は想像を絶する。今や王都の冒険者で俺以上の攻撃力を持つ者はいないだろう。
そして最大限攻撃バフをかけて俺の最強の必殺技を叩き込めば……デスクラブ撃破に届きうる。……ただし俺が『二刀流』を使いこなせれば、だが。
「準備はいいか?」
「……ああ!」
「よし、では行くぞ!」
シャンテは片手剣を構えて精神を集中させると、彼女の身体が金色のオーラで包まれた。
俺も二本の片手剣を構える。
『セイクリッドエッジ』!!
シャンテが右手を勢い良く振りぬくと、先ほどと同じ金色の閃光が迸り、既に再生を終えていたデスクラブの甲羅を打ち抜き、粉々に破壊する。
「ギャアアアア!!!」
またもや甲羅を破壊され、悲鳴に似た慟哭をあげるデスクラブ。奴の柔らかい部分がむき出しになる。
「今だ!」
『破攻の構え』!!!
俺は攻撃バフを自らにかけ、赤いオーラをまとう。『破攻の構え』を使うと自分の攻撃力が大幅に上昇するが、代償として防御力が犠牲になる。
もし今この状態でデスクラブのハサミ攻撃をモロに、いや、かすっただけで一瞬で俺は蒸発するだろう。
しかもこのバフは時間が経つまで切れず、強制的に切らせることができないので、もし『二刀流』に失敗すれば俺は紙装甲のままデスクラブの前に晒されるわけだ。
失敗は、すなわち死。
だが、俺は絶対生き残ってやる!
「うおおおおお!!!」
俺は右足で床を強く蹴って大きく跳躍し、両手をクロスさせた。そしてそのままデスクラブの胴体まで飛んで、交差した両手を一気に振りぬく。
『天狼蒼穹連牙』!!!
「グアアアアアア!!!」
俺の二本の片手剣から繰り出された二つの剣閃がデスクラブの胴体を蹂躙し、食い破っていく。自己再生能力が発動する前に俺の片手剣がデスクラブを二つに引き裂いだ。
デスクラブの巨体が床に叩きつけられ、大部屋全体が揺れる。
俺は着地すると、二本の片手剣をくるっと回して鞘に納めた。
「見事だ、よくぞ『二刀流』を実戦でものにしたな。アラド」
シャンテが俺の傍に来てクールな笑顔を見せて労いの言葉をかけてくれた。
「アラドさまー!」
リュミヌーが走ってきて俺の身体に抱きつく。
「取り敢えずこれで脅威は去った……うっ!!」
突然シャンテがその場に膝をついて俯いた。
「シャンテ!」
「お姉様!」
俺とリュミヌーは急いでシャンテの元に駆け寄る。
「さっきの攻撃でどうやら魔力が切れたようだ……、しばらくはまともに戦えん……」
シャンテは苦しそうに呟いた。
この先、今のデスクラブみたいなモンスターがたくさん待ち構えているのだとしたら、シャンテが戦えないんじゃ進めない。
だが、俺達の目的は彼女を見つけることだから、これ以上先に進む必要はない。
取り敢えず、今は撤退だな。
あとは……、あいつらをどうするかだな。
俺はセリオス達の様子を見る。
セリオスとミロシュは床に倒れたままピクリとも動かない。
二人を心配そうにヨアヒムとテレーゼが介抱している。
二人のところに行って声をかける。
「大丈夫か?」
俺の声にテレーゼの頭の耳がぴくっと反応する。
そして首だけを俺の方に向けてきた。
彼女はエメラルド色の髪をした獣人族の女性で、大人っぽい色気をした身体をシルバーの鎧で包んでいる。
「ええ、かなりの重傷ですが、二人とも生きています」
「そうか」
デスクラブのハサミ攻撃をまともに食らったのによく生きていたな。
運のいい奴らだ。
「俺達はダンジョンを脱出するが、あんた達はどうするんだ?」
「二人の意識が回復して自力で歩けるようになるまでしばらくここで休んでから脱出します」
「そうか」
俺とテレーゼの会話に、フラフラになりながらヨアヒムが加わる。
「アラド、お前を追放してから俺達は随分苦労したぞ。タンク役がいないからAランクモンスターにさえ苦労したりしてな。テレーゼが加入してタンク役は確保できたが、彼女はタンク特化で小回りが効かなくてな。いなくなって初めてアラドのありがたみを知った。今更遅いかもしれんが……許してくれ」
そう言ってヨアヒムは頭を下げた。
「……別に、俺は気にしてない」
別に強がりとかじゃなく、本当にもう気にしちゃいない。
セリオス達とはもう共闘することはないだろうから。
「では、私達はこれで」
そう言ってテレーゼは、ヨアヒムと共にセリオス達に応急処置を施し始めた。
俺はリュミヌー達のところに戻る。
「シャンテ、リュミヌー。取り敢えずこれ以上の探索は危険だから一旦地上に戻ろう。いいな?」
「うむ」
「わかりました」
俺はアイテムポーチから脱出アイテムを取り出し、この古の地下迷宮から無事脱出した。
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