11-②:この二股どあほ

「わざわざ自分から死にに来てくれたのか、その気遣い感謝するよ」

 月の光の降る、夜の野原。レスターはぎろりと憎い相手―セシルを睨み、身構える。


「馬鹿言ってもらっちゃ困るね。オレはお前の顔面を一発殴るために来たんだよ。勝手に都合よく解釈するな」

 セシルは手に氷の剣を出し、身構えた。


「殴れるもんならやってみろ」

 レスターは手を横に伸ばした。それを合図に、レスターの背後に大量の金色の矢が出現する。


「どうやって封印を解いたのかは知らないが、お前と本気で殺りあうのもまた一興だ」

 レスターは手を振るい矢をセシルに向かわせる。セシルはレスターに向かって駆けつつ、矢の雨に向けて青い斬撃を放つ。矢と斬撃はぶつかり合い、立て続けに爆発が起こる。


「とりゃあ!」

 セシルはレスターに剣を振り下ろした。剣どうしがぶつかりあい、ガキンという音が静かな空間に響く。


「単純だな、そんなんで俺が殺れるのか」

 レスターは体から純粋な魔力を放つ。それに吹き飛ばされつつ、セシルは手を振るう。氷の矢が出現し、レスターに向かう。しかしレスターは避けるしぐさも見せず、結界を張ってそれを防ぐ。


「おわっ」

 吹き飛ばされていたセシルが着地するなり、金色の魔法陣が足元に出現する。セシルは咄嗟に跳躍するが、次の着地点を狙って次々と魔方陣を出現させていく。それをすばしっこい走りと動きで回避しつつ、セシルはレスターの足元に魔方陣を出現させる。


「発動!」

 セシルの魔法陣から青白い光でできた蔓草が伸びる。しかし、レスターはすかさずその魔方陣の周囲に小さな魔方陣を展開させ、金の鎖を伸ばした。レスターの体に届く前に蔓草は鎖に絡め取られ、小さく爆発しつつ消えていく。そして、


「…!」

 足元の魔法陣に気を取られていたレスターは、後ろの空間から飛んできた氷塊に気づかなかった。レスターは咄嗟に、魔力をこめた剣を振るい、斬撃で氷塊を迎撃する。


「遅い!」

「…ぐっ!」

 レスターは鋭い痛みに剣を落とす。右肩を見ると、セシルの氷柱が深々と刺さっていた。氷塊に気を取られるのを狙っていたようだった。


「発動!」

「…!」

 レスターに刺さっている氷柱の表面に、小さな青白い魔方陣がいくつも出現する。そして、そこから蔓草が生え、レスターの体に巻きつき、レスターの魔力を吸いだしにかかる。


「…うああ!」

 レスターは痛みに身悶え、ひざをつく。


―これで終わりだ!

 セシルは、蔓草をレスターのうなじにも向かわせる。そこには精神操作の魔術式があるはず。それを消滅さえできれば…

「げほっ…!」

 しかし、セシルは口にこみあげてきたものを、こらえきれずに吐き出した。魔方陣の光が弱まる。その隙を狙って、レスターは素手でぶちぶちと蔓草を引きちぎりつつ、氷柱を抜いた。



「くそ…っ」

 セシルは口を拭いつつ、レスターに向き直る。体にドーピング剤の負担がかかっている。肉体に大量の魔力を保持することに関しての耐性はあった。しかし、細胞に強制的に魔力を発生させる負荷のことは、よく考えていなかった。


「もういい。面倒くさい。さっさと死んでくれ」

 レスターは、怒りに満ちた目をセシルに向けた。そして、手を空に掲げる。金色の球体が生まれたかと思うと、それはレスターの頭上で爆発的に膨らんでいく。

「死ねえええ!」

 そして、レスターはそれを、勢いを付けてセシルに向かわせた。


「…くそっ」

 あれをぶつけられればただでは済まない。セシルもまた、対抗するため、青白い光の魔力の塊をぶつけた。二人の間で大爆発が起きる。セシルは爆風から、ドーム状の氷の結界で身を守る。


「…!」

 しかし、金色の矢が結界を突き破り、セシルの背中に刺さった。セシルが振り返るが早いが、背後から爆発の煙に紛れて、矢の雨が降ってくる。セシルは慌てて吸収の斬撃で迎撃し、防ぐ。


「あづっ…!」

 しかし、セシルは突然背に走った痛みにひざをつく。見れば、さっき刺さった矢から金色の鎖が生え、セシルの皮膚に突き刺さっていた。しかし、セシルには息をつく暇などなかった。殺気を感じて前を見るが早いか、また金色の矢の大群が降り注いでくる。


「…何なんだよ!」

 セシルは降ってくる矢を避けつつ、刺さっている矢をつかみ魔力を注ぐ。矢はボンという爆発を起こして消えた。しかし、刺さっていた部分からその衝撃で血が噴き出す。


「くっそ…」

―あいつの魔力は底なしか?


 使用できる魔力の量に関しては、自身の方に絶対のアドバンテージがあるはずだった。だから、粘っていればレスターの魔力は自分より先に尽きるはずだった。

 しかし、中々底が見えてこない。大規模な魔法をぼんぼんつかっているはずなのに。


―流石は公爵様か

 若い上、公爵という顔ではないのであまり意識したことがなかったが、やはりレスターは公爵なのだ。実際に戦ってみると、その魔力保有量の多さに驚かされる。



「…っ」

 セシルは絶え間ない攻撃を必死になって避けては防ぐ。防戦一方となった状況に、セシルは次第に息が切れてくる。こんなに早く息切れを起こすなんて、予想外だ。こんなにもドーピング剤は体に負担がかかるものだったのか。もっと考えて飲むんだった。


「ちょこまかと!さっさと死ね!」

 金色の光の槍が、セシルの頭上から降り注いだ。セシルは膝をつきそうになる体を叱咤し、避けつつ駆ける。


「死ね!死んでしまえ!」

 普段の誠実なレスターからは聞いたこともない罵声。そして、今まで見たこともない怒りの形相。解けた髪を振り乱し人が変わったかのような彼の姿に、以前に聞いたラングシェリン家の子息がエレスカの城を一人で陥落させた話が、セシルの中で急に現実味を帯びてきた。


 きっとその時もこんな風な姿をして暴れていたに違いない。イルマが殺されたことへの怒りに身をまかせて。ならきっと、今はオレに対する怒りに身をまかせているのだろう。

 しかし、レスターは、一体何の怒りをオレに向けているのだ?セシルは、操られてからのレスターの言動を思い出す。



「…」

―セシル、俺は君が好きだ。だからこの世から消えてくれ

 俺がイルマを愛し続けるために、死んでくれ


――意味が分からない。…いいやわかるには分かるのだ。

 要するにイルマが好きだったんだけど、オレに心が移ろった。だけど、レスターには、イルマを愛し続けないといけないという義務感がある。それは彼の真面目さゆえだろう。


 だが、オレのことを諦められきれない。だったら、オレがこの世にいなくなればいい。そうすれば、自分はイルマのことだけを愛し続けられるから。


 レスターが考えているだろうことは、きっとそんなところだ。



「……」

―いらいらいら

 考えるだけで腹が立ってきた。それはオレへの怒りというには、あまりにも自分勝手すぎないか?


「むかつくんだよ!!」

 セシルは叫ぶ。咆哮と共に爆炎がレスターに向かう。


「…!」

 レスターは結界を張った。しかし、無効化しきれなかった炎がレスターを襲う。レスターは慌ててそれを剣で薙ぎ払う。


「てめえが勝手にオレを好きになってやがんだろうが!それをオレの存在のせいにするな、バカ野郎!イルマを選ぶにしろ、オレを選ぶにしろ、全部お前の問題だろ?!お前が自分で解決すればいいだけの問題だろ?!」

 セシルは爆炎の球体を頭上に二つ掲げた。


「それに勝手にオレを巻き込むな、この二股どあほぉぉおおおぉ!」

 セシルはそれをレスターに投げつけるかのように放った。レスターは2つの金色の球体を、それぞれの爆炎に向かい放つ。2人の間でぶつかり合う魔法。

「…!」

 レスターの球体が消滅する。そして、消滅しきれなかった炎がレスターに襲い掛かる。


「うあっ!」

 レスターは自分の周囲に結界を張るが、炎は消滅してもなお勢いだけは風となってレスターを襲う。レスターは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。そして、何度もバウンドしながら、斜面を転がった。


「……これで終わりだ、レスター・ラングシェリン」

 セシルは立ち上がれないレスターの前髪をわしづかみ、自分を見させる。


「自分の都合に散々オレを巻き込んでくれた罪、万死に値する」

 セシルは青筋を浮かべつつ、ひきつった笑みをレスターに向ける。


「罰として酒1年分。樽365個持って来いやあああ!」

「…がっ!」

 セシルはレスターの頬を殴り飛ばす。いい音が鳴った。




「はあ、はあ」

 セシルは肩で息をしながら、動かなくなったレスターを見ていた。

「おえ…」

 緊張が解けた途端、セシルは胃の中の物を盛大にぶちまけた。何度も何度も吐きだすが、尽きることは無く、内容物がなくなった代わりに血が同じ量だけ出てくる。吐くたびに、喉が焼けつくように痛む。


「…さっさとケリつけなきゃ」

 セシルは何とか嘔吐感をこらえると、レスターに体を引きずるようにして寄る。そしてセシルはがくりと膝をつくと、レスターの長い髪の毛をかき分け、うなじを露わにした。

 セシルはそれだけの行為でもひどく億劫で、視界が眠気のようなものでくらくらと定まらない。


「…っ」

 セシルはどさとレスターの隣に倒れ込んだ。一度倒れ込んでしまうと、もう起き上がる気力すらわき上がらなかった。


 動け、セシル。セシルは自身を叱咤するが、体は動いてくれそうにない。そうこうしている間にも、マンジュリカはレスターに何かするかもしれないというのに―

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