10-⑬:メインデッシュが冷めちまう!
マンジュリカに従うことになったセシルは、カイゼル達他の2人と同様に、マンジュリカに徹底的に魔法を学ばされた。そして、禁忌の魔法などの解読と行使や、マンジュリカの
そうして、やがてセシルは、カイゼル達と3人で実戦の場に出されるようになる。マンジュリカは、セシルが加わる以前には紛争を扇動したりなど水面下で動いていたのだが、これ以降過激化し、リトミナやサーベルン等主要国家の要人施設や政府機関へのテロや襲撃を行うようになる。さらに、それだけにとどまらず街や村の襲撃、民間人の無差別な殺戮なども行い始めた。
そして、その中の襲撃地には、セシルの父が住む街もあった。
「今日は、あなたの思うとおりにしていいわよ」とのマンジュリカの気の利いた言葉通り、セシルは因縁の深いその街を焼いていた。カイゼルと2人で、耳障りな人間の悲鳴と怒声を一つ一つ、またはまとめて焼いていっていた。
「なんか飽きてきた」
カイゼルは魔法道具の火炎放射器を、よっこいせと背負いなおす。
「大丈夫、メインディッシュはちゃんととってあるから」
セシルは倒壊した建物跡にてくてくと歩いていく。瓦礫の隙間にあった地下室への入り口らしき鉄の蓋を、重力魔法で捻じ曲げる。できた隙間から吸収魔法で威力を増した炎を流し込めば、中から何十人もの獣の咆哮のような悲鳴と叫びが聞こえてきて、それをセシルは無感情で聞く。
「こんなのがメインディッシュ?こんなの今までの街で聞き飽きてるし。セレス、もっと派手なのないのか?」
カイゼルはつまらなさそうに、頭の後ろで両手を組む。
「これじゃねえし。あっちの方にとってある」
地下室から避難民たちの声が消えたのを確かめると、セシルはどっこいせと立ち上がる。
カイゼルを連れて目的地に向かいながら、セシルはぼうっと思う。
―楽しくない
マンジュリカが楽しい事だと言ったから、マンジュリカの言うとおりにやってきた。建物を壊し、街を焼き、人々の恐怖の声を聞き、絶望して死んでいく顔を見てきた。
最初の内は良心の呵責と抵抗もあったが、いつしかそれは快楽に変わった。
だから、人を殺すのは、街を壊すのは、楽しかった。
だけど、心の中の何かが、その度にチガウとつぶやいている。
―虚しい
セシルは思う。
――ムナシイムナシイムナシイ
――オレハコンナコトデハミタサレナイ
――ミンナミンナミンナキエテシマエ
――みんなみんなみんな消さなければ、俺は満たされな…
ぱしゅん
何か首の後ろで光るが、セシルは気づかない。一瞬後には、楽しくなったからだ。
「さっさと行こうぜ!メインディッシュが冷めちまう!」
セシルは駆けだした。うきうきとしながら。
「ちょっと待てよ!急に走り出すな!」
カイゼルは慌ててセシルを追いかける。
そして、セシルがカイゼルを連れて行った先には、あの父親の家があった。周りが焼け野原となる中、一軒だけが無傷で残っている、不気味な光景だった。
「ここ、前に言ってたオレの父親の家」
「へえ」
カイゼルは興味深そうに、しげしげと家を眺める。
「で、中に」
セシルは家の玄関を開けた。
「とってあるわけ、メインディッシュが」
「ホントだ!」
カイゼルは嬉しそうに目を輝かせた。
その視線の先にいたのは、別々の柱にしかし向き合うように仲良く縛られている夫婦と、その間の床に転がされて泣いている赤子だった。
「あんたたち!私たちをどうするつもり!?」
女がぎゃあぎゃあとヒステリックに叫ぶ。とりあえずうるさいので、セシルはカイゼルの火炎放射器の筒先を拝借し、それで女の頭をがんと殴る。
「やめろ!妻に手を出すな!」
「もう出しちゃってるしい」
セシルは動けない父親にべえと舌を出した。
「セレス、やるんならさっさとやろうぜ」
「じゃあ、早速」
セシルは床で泣いている赤子を黙らせるべく、その口に筒先を突っ込んだ。
「何をするんだ!やめろ!!」
父親が狂ったように暴れはじめる。我が子を守るために、縄を解こうと死に物狂いになって身をよじる。自分のことは守ろうともしなかった癖にと、セシルはすっと冷えた心地がする。
「やめてええ!お願い、やめて、その子だけは止めてええ!」
しかし次第に、夫婦そろって目を剥いて必死に悶え暴れるその様が、何だか漁網の中の魚のようで、セシルは笑えてくる。
「な、アゲット、面白いだろ?」
「うん、中々いいなこれ」
セシルはカチッとスイッチを押す。赤子の口から、真っ赤な炎が零れ落ちる。赤子は変なうめきを一声あげると、目を剥いたまま息絶えた。
「あれ、案外あっけなく死んだし。もっと、泣き叫ぶと思ったのに」
セシルは、予想との違いにちょっと残念に思う。予想では、ぎゃあぎゃあ泣きわめいてもだえ苦しんで死んでいくと思っていた。その様をこいつらに見せつけてやろうと思っていたのに。セシルは、口から煙を上げて転がっている赤子を、八つ当たりで蹴飛ばす。
「「お前ええええ!!」」
夫婦そろって、噛みつかんばかりに吠えて向って来ようとしているのに、セシルはまあ結果的に予想どおりになったと満足した。しかし、意外だったのは父親の方だ。想像以上の世にも恐ろしい怒りの形相で、セシルにありったけの罵詈雑言を吠えている。あんなに温厚で能天気が代名詞の男が、ここまで豹変することがあるとは新たな発見だと、セシルは眉唾だった。
「なあ、セレス、これで終わり?」
ちょっと物足りないなあと、カイゼルはつぶやく。
「ううん、次はこっちね」
セシルはそう言うと、腰の剣を抜いた。
「…お前、絶対に殺してや…ひぃ!?」
セシルは女の腹に剣を振り下ろした。一拍遅れた後、女の腹がかぱっとひらき、血が噴き出す。
「ひぎゃあああ!」
女は悲鳴をあげ、激痛にのたうった。
「この子、もっかいお腹に戻して産んだら、生き返るかもよ」
セシルは赤子の首ねっこをつまみあげると、血と内臓の湧き出る女の腹に押し込んでいく。にやにやと小ばかにするように、笑いながら。
「…ひいい!!…ぎゃあああ!!」
「お前ええ!!今すぐやめろ、妻を離せえええ!」
「へえ?」
セシルは立ち上がると、剣を女の首に横薙ぎにふるった。
ごろんと転がった頭を、セシルは廊下の奥に蹴っ飛ばした。
「ほら、離したよ。これでいいんでしょ」
「……う、ああああああ!!!」
殺戮者への怒りと自身が無力なことへの悲しみと、他は何だろう?色々と混ざった父親の叫びを、セシルは満足げに聞いていた
「なんで、ちゃんと離してあげたのに叫んでるの、お・と・う・さ・ん?」
その言葉に、父親ははっとセシルを見た。そして、唸るような低い声で、確かめるように言う。
「…まさかお前、前に来た浮浪児…」
「へえ、思い出してくれたんだ。けど、どうせそれより前のことは思い出してないんじゃないの?」
セシルはフードをとった。さらりと銀色の髪の毛が零れ落ちる。父親は目を見開く。
「銀色の髪の毛だと…?リトミナの王家の証をなんでこんな子供が」
父親はやっぱり自分を覚えてなどいないみたいだった。セシルは心底失望したというように、ため息をついて見せる。
「なあ、セレス。こいつはどうやって殺す?」
「う~ん、今まで散々苦労させられてきた分、簡単には殺せないよなあ。ちょっとずつ、肉をそいで殺すか?」
「ええ~それだと時間かかるじゃん。ジェード待たせちまうぜ。あいつ、仕事速いから」
さっさと刺激的に殺してくれよと難題を言ってくれるカイゼルに、セシルはお前が考えろと頭をはたく。
「どうして、こんなことを!一体僕たちが何をしたって言うんだ?」
父親は憎々しげに叫ぶ。セシルはその頭をつかむと視線を合わせ、蔑む声の調子で言う。
「ははは?何可笑しなことを言ってるのアンタ。こっちのセリフだよ。アンタが一体オレに何をしたって言うんだ?まあ、その能天気な頭じゃ、すっぽり抜けて忘れてるだろうけどな」
「何を訳の分からないことを言っているんだお前は?!僕たちはお前に何もしていない!なのに、お前は僕たちにこんな残虐な仕打ちをしたんだ!この、子供の姿をした化け物が…!」
「何言ってんだ?その化け物を作ったのはあんたじゃないか」
セシルは誇らしげに、にたあっと笑った。ライナは子供としてあり得ない表情をするセシルに、恐怖に後ずさる。
「オレをこの世に産みだしてくれたアンタに、感謝するよ」
セシルは、ライナの頭をつかんでいる手に、吸収の魔力をこめた。すると、体内からありったけの魔力を奪われ、ライナはがくんと気絶した。
とりあえず今日は殺さず、持って帰ろうと思う。面白い殺し方を考えてから、ゆっくり殺していけばい…
「アゲット!」
背後から殺気を感じて、セシルは咄嗟にカイゼルの腕をつかむ。
―どごん!!
爆発が起きたのは、セシルがカイゼルの腕をつかみ寄せて氷の結界を張ったのと同時だった。鍵をかけたはずの玄関扉が、玄関ごと破壊されたようだった。
「……ここにいるのか?悪党ども」
落ち着きつつも、怒りのこもる声が煙の中から聞こえる。
―邪魔者か
セシルは青白い斬撃を煙の中向けて放った。しかし、次の瞬間、金色の光が煙の中を閃いたかと思うと、
―ばっしゅん!
「……?!」
変な音を立てて斬撃が胡散する。
「……ん?」
相手も首を傾げるかのような気配がしたが、セシルは構わずフードをかぶりなおすと、カイゼルと共に後ずさり身構える。収まりつつある煙の中から、男が姿を現す。
「…聞いていた通り、子供が3人か」
「「…ジェード!!」」
壮年の赤毛の男は、その肩に気を失ったアメリアを抱えていた。
「お前!ジェードに何をした!!」
カイゼルが剣をふるう。白い球体が複数現れ、男に向かう。しかし、男はその場から動かず、目の前に淡く金に輝く薄い壁を出現させる。その壁に触れると、球体は白い煙となってあっけなく消えた。
「…!」
―今のは一体…?
「この子なら大丈夫だよ。ここまで道案内してもらっただけだから」
男はかかとをこつんと床にぶつけた。すると、緑色の魔法陣がかかとの横に出現する。
「だけど、君たちのところへ帰せないのはご了承いただこうか」
男はその魔方陣にアメリアを降ろした。すると、次の瞬間、魔方陣が消えると同時に、アメリアの姿もなくなっていた。
「…な!」
セシルは驚愕に後ずさる。
「てめえ、ジェードをどこへやった!」
頭に血がのぼったカイゼルは、男へと向かっていこうとする。
男はそれと同時、金色の斬撃をカイゼルに向かわせた。
「馬鹿!」
セシルは慌ててカイゼルの首根っこをつかみ止めると、青白い斬撃を男の放った斬撃向けて放った。斬撃同士がぶつかった瞬間、ばしゅんばしゅんと小さく爆発を起こし、消えていく。
「……?」
―魔力が吸収できてない?
結果的に攻撃は防げているものの、セシルはその違和感を気味悪く思った。
「君、ただの子供じゃないね。一体何者なんだい?」
男は剣を構えなおすと、すっとセシルの目を見据えた。セシルは得体のしれない相手に、後ずさりたくなる心を鼓舞して剣を構える。
「アゲット、危ないから下がってろ」
「ああ…」
セシルの額に浮かんでいる冷や汗を見て、相手の悪さを理解したカイゼルは、セシルの後ろに大人しく下がる。
「その魔法を使えるなんて、君、リトミナ王家の人間だろう?」
「…残念ながら、路肩の浮浪児だよ、おっさん」
セシルはおどけてみせつつも、内心忌々しく思った。何故、ばれているのか。髪の毛はフードで隠している。さっきの魔法だって、初見で吸収魔法だと見抜けるような代物じゃない。しかも、今回は全部吸収に失敗しているのに。
―とにかく。こうなったら、相手を殺すしかない
セシルは氷の槍を出現させると、それを立て続けに放った。男はその場から動かず、それを結界で防ぐ。氷は結界に触れたところから、ぼろぼろともろくはかなく消えていく。
「…何なんだよあれ!?物理的に防いでいる訳じゃないだろ?!」
「うるさい、黙ってろ」
カイゼルが後ろで叫んでいるのにいらいらしながら、セシルは次は爆炎で男を包み込む。しかし、やはり男は平然と炎の中で立っていた。もっともっと、視界を無くすほど炎で包めば…
「…っ!!」
「…残念だったね」
爆炎と煙に紛れて背後から剣で突いたつもりだったのに、セシルは剣を持った手をつかまれていた。
「…ちょっと、確かめさせてもらおうか」
「…!?」
男の手の掴んでいる所から、金色の鎖がセシルの腕に伸びる。まるでつる草のように絡み付いていくそれを、セシルは慌てて吸収魔法を使って解こうとした。しかし、
「…ひぎゃっ!」
セシルが腕に魔力を帯びさせた刹那、鎖の巻きついている場所がぼしゅん、ばしゅんと小さな爆発を始める。それを見ると、男はやはりといった顔をした。
「…もうわかったからいいよ。大人しくしていて。それ以上抵抗したら、腕がなくなるからね」
「…なんだよ、これ?!なんなんだよっ!」
セシルは空いた手で、男の腕を叩く。しかし、男の力の方が強くてどうにもならない。
「セレス!」
カイゼルが剣を男に振りかぶる。しかし、カイゼルはそれ以上動けなかった。
「…!?」
カイゼルの体中に、金色の鎖が巻き付いていた。カイゼルの足元にいつの間にか出現していた魔方陣から、鎖が伸びて拘束していたのだ。
「アゲット!」
「……」
男は何やら詠唱を唱え始める。それと同時に金の鎖に、鉄条網のような棘が生えカイゼルの皮膚に食い込んだ。カイゼルの悲鳴が上がる。
アゲットを助けないと。セシルはその隙にと懐に手を突っ込み、
「…っ!」
「言っただろう?大人しくしていてと」
一気に伸びた鎖が、セシルの体に巻きつき動きを封じた。短剣を持った姿勢のまま、セシルは動けなくなる。
「うああああ!」
その間にも、叫びもだえ苦しむカイゼル。
「アゲット!」
セシルは吸収魔法以外の思いつく限りの魔法を鎖に集中させた。この相手の得体のしれない魔法は、どうやら吸収魔法と接触すると爆発を起こすと理解したから。しかし、今度は爆発はしないものの、魔法が発現する手前で消えてしまう。
「…う、あ」
カイゼルは、ばたりと倒れる。そして、そのまま動かなくなった。
「アゲット…!」
「大丈夫。気絶させただけだ」
男は顔をこちらに向けた。安心させるかのように微笑を湛えているものの、セシルをつかむ手には逃がさないとでもいうかのように力が込められている。
「ただ、ああして気を失うのが嫌なら、大人しくついてきてもらおうか」
「………どっちも嫌だね。だけど、」
セシルは男の顔を睨み返す。ぽうっと、青白い光がセシルの体に浮かぶ。
「痛いのは散々慣れてんだよ!」
「…!!」
セシルは吸収魔法を鎖に注ぎ込んだ。ばちばちばちと、鎖が火花を吹く。
「…な」
男は驚きに目を見開いた。
鎖と皮膚の接触面が割けて、血を噴く。しかし、セシルはさらに魔法を注ぎ込む。火花を立てる音が、激しくなる。
「…君っ!やめないと…!」
男は焦った様子で言う。そして、男がつい、手を緩めてしまった。その刹那、
―ばっしゅん
鎖の一端が切れ、はじけ飛んだ。男の魔力が手心で弱まったところを、セシルは鎖の一ヶ所に自身の魔力を集中させ、爆発させて壊したのだ。セシルはその隙を逃さず、跳んで拘束から逃れる。
「…君」
唖然と自分を見る男。血だらけになったセシルは、肩で息をしながら男を睨む。
「アゲットを返せ。ジェードを返せ。さもなきゃ、ここでお前もろとも、死んでやる」
セシルは剣を床に突き立てた。
「リトミナ王家の魔法知ってんなら、『王家の最悪の事態』知ってるだろ?ここで起こしてやるよ」
にやりとセシルは挑発するかのように笑う。
「そうなったら、お前のワケのわからない魔法でも、防げないだろ。しかも、その魔法で防いだら、お前は爆発、どっかんだもんな」
「……」
セシルの目はただの挑発ではない、本気だった。男は平静を装いつつも、どうしたものかと焦る。
「さあ、どっちだ!さっさとえら…」
その時、セシルの首の後ろで光が走る。ふらとよろけたセシルを、男は咄嗟に受け止める。
「おい、君…?」
セシルは意識を失っていた。男は警戒しつつ、先程光ったセシルの首の後ろを見る。
「……?」
うなじに魔術文字が、うっすらと桃色に光って浮かび上がっていた。何の魔法かはわからないが、消しておいた方が良さそうだと、男はそれに触れた。しかし、途端、ふらっと視界が揺らいだかと思うと、
「…うわっ?!」
男はセシルを投げ出す。否、男はセシルを投げようとしたわけではない。男はいつの間にか自分の腕にだいていた、焼けただれた死体を放り出したのだ。
「……ッ?!」
はっと顔をあげれば、あたりは燃え盛るどこかの街の風景。男はとっさにそれが幻覚と気づいて、自身に魔法をかけたが、
「しまった…!」
一瞬の合間のはずだったのに、2人の子供はどこにもいなかった。
「親玉の仕業か…」
赤髪の男―トーン・ラングシェリンは苦々しくつぶやいた。
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