10-⑫:造って磨いた子供《コレクション》
セシルがマンジュリカの手をとり入ったのは、リトミナの元副魔術師長マンジュリカが組織したテロ組織だった。
実際には、組織とはいえ主に操った人々をマンジュリカが動かしていくため、本当の意味で組織とはいえないものであった。メンバーもマンジュリカが使い捨ての操り人形としていたために、非常に流動的な組織だった。しかし、そんな組織の中でも数名だけ、固定的メンバーがいた。
その組織に大義名分などなかった。ただ世に混乱と恐怖を産みだし、それをマンジュリカ自身の快楽とするためだけのもので、ゲーム感覚であった。
そして、その拠点は、ヘルシナータ沖の、名前もないような無人島にある洞窟。
セシルが初めてそこへ連れていかれた時、まず最初にマンジュリカに紹介されたのは、その固定的メンバーの全員―2人の子供だった。
「セレスティン、こっちはアゲットとジェードよ。あなたたち、この子がこれから家族になるセレスティンよ」
マンジュリカはセシルを子供たちに紹介し終えると、「後は仲よくね」とその場を離れた。すると、男の子の方がすぐさまセシルの前に出た。
「よう、新入り。お前年幾つだ?」
「知るか」
セシルはなんだか男の子の態度が気に食わなくて、ぷいとそっぽを向く。
「なあ、お前、ホントの名前はなんて言うの?」
「知らん」
セシルは今度は反対方向にぷいと向いた。男の子は額に青筋を浮かべつつも、ひきつった笑顔をセシルに向ける。
「なあ、趣味は?なあ、特技とかある?」
「……」
セシルは完全無視を決め込んだ。
「なあ、なあってば」
しかし、男の子はめげずに話しかけてきて、うるさい。セシルはいらいらいらとしてくる。
「なあ、俺はさ」
「うるさいな!」
セシルはかっとなって叫んだ。しかし、それで男の子の怒りも瞬時に沸点に達する。
「この野郎!」
男の子はがっとセシルの頬を殴った。チビのセシルはあっけなくひっくり返る。
「アゲット。何してんの!」
ひやひやしながら見守っていた、もう一人の女の子があわててセシルを抱き起こす。
「何ってこいつむかつくんだよ。
「だからって、女の子殴るのはアカンやろ」
「………は?」
アゲット―当時のカイゼルはセシルの顔からつま先まで視線を這わす。
「…いやいやいや、確かに顔はかわいいけど、こんな性格かわいくない奴が女かよ」
「…」
セシルは黙って立ち上がると、カイゼルの鳩尾に拳をめり込ませた。悶絶するカイゼルを無視し、セシルはとことことジェード―当時のアメリアの傍に寄ると、その腕に抱きつきむすっとカイゼルを睨んだ。
「ほら見てみぃ、すねてしもたやないか」
アメリアは「かわいそうになあ」と、よしよしとセシルの頭を撫でる。すると、セシルはカイゼルにこれ見よがしに、すりすりとアメリアの腕に頭をすりよせる。
「お前、明らかに俺の時とは態度違うだろ!」
カイゼルは不公平だとセシルに指を付きつける。
「そりゃ、あんたの話しかけ方が悪かったんやろ。先輩面して、上から目線で話しかけたからや」
「……」
確かにそうだったかもしれない、とカイゼルはつまる。
「ほら見い。なあ、めっちゃムカついたのも当然やなあ、セレスティンちゃん…ってこれ、呼びにくいな、セレスちゃんでいい?」
「うん、よろしくアゲット」
アメリアには素直に返事をするセシルを見て、カイゼルはむすっとする。
「じゃあとりあえず、ここのことと、うちらのことをよく知ってもらうために、今から交流会でもしよか。今日はお仕事ないからひまやし」
「ふん、俺参加しないからな。勝手に二人でやっとけ」
カイゼルはぷいとそっぽを向く。
「ふうん、そう」
アメリアはにまーっとした横目で、カイゼルの背中に視線を送る。
「じゃあ、まずうちらのことから教えたるわ。あのなあ、セレスちゃん、アゲットってすごい秘密の持ち主なんやで。何と朝起きたら布団にヘルシナータ地「うわああああ、何話とんじゃこらああ!!」
カイゼルは叫んで、アメリアに飛び付いた。
「ええ~、だってあんたが勝手にやってって言うから、勝手にしただけやしい~」
「だからって、話していいことと悪いことがあるだろ!」
「そんなのうち、わからへんしぃ」
アメリアはとぼけるように、目をあさってに向けた。
「絶対嘘だ!」
「嘘とちゃうしぃ。そんなに心配やったら、あんたも参加して止めたらええやん」
「…ぐぐぐ」
カイゼルは拳を握りながら立ち尽くした。ちらりとセシルを見れば、にんまりとした顔でこっちを見ている。絶対おねしょしたことを馬鹿にしている。
「俺はおねしょなんかしてないからな。あれは雨漏りが激しくて、布団が濡れただけだし」
「え?アゲットくん、おねしょしていたの?オレ、ヘルシナータ地図としか聞いてなかったのに、びっくりだなあ」
セシルはにやーっと笑いながら、カイゼルに言う。カイゼルはしまったと思うが、時すでに遅し。何も言い返せず、顔を真っ赤にした。
「やあい、アゲット。年下に馬鹿にされてやんの」
「う、うるせー!もとはと言えばお前がばらすからだろー!」
カイゼルはアメリアのお下げをつかむ。しかし、同時にセシルの金的蹴りがカイゼルに命中。カイゼルは地面に膝をつきうめく。
「女の子に暴力振るなんて、サイテー!おねしょ男!」
セシルの言葉に、カイゼルはぐぐぐと拳を握り立ち上がる。
「てめえ…セレスティンといったな。もう許さねえ!」
「もう仲良くなってくれたようで何よりだわ」
洞窟の中、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声がこだまする。別の壕でその声を聞きながら、マンジュリカはこみあがる嬉しさを押さえきれず、口元を妖しくゆがませた。
「何がともあれ、これでやっとコレクションがそろったわ」
マンジュリカはふうと吐息をつくと、首に手をやりぽきりと鳴らす。
「特にあの子。つくるのも大変だったけど、6年も磨いてきた分、どう輝くか楽しみだわ」
マンジュリカはセシルと出会った最初から、彼女の心を読まずとも、彼女のことを十分すぎるほどよく知っていたのだった。
**********
「オレは、マンジュリカの手をとった。何かに救いを求められるなら、誰でも良かったんだろうと思う。どうせ、あのままでものたれ死んでいただけだろうから。どっちが良かったかなんて、今となったらもうわからねえよ」
「………」
ロイに話しているうちに、空はどんどんと暗くなっていく。夕焼けの朱色は、もう空のどこにも見えない。空に登りつつある満月を見ながら、セシルは語り続ける。
「…セレスティンなんて名前をつけられたおかげで、未だにあの宝石を見る度にいやな気分にさせられる」
セシル達3人はマンジュリカから、髪や瞳の外見的特徴に見合う宝石の名前で呼ばれていた。カイゼルは髪の毛の色からアゲット。アメリアは翡翠色の瞳でジェード。セシルは、瞳の色からセレスティンと。
「コードネームに宝石名をつけるって、マンジュリカって大分と宝石好きなのか?」
ロイはババアって宝石好きそうだし、と付け加える。
「う~ん…宝石っていうか…マンジュリカはやたらと蒐集癖のある変態で、綺麗なものとか、珍しいものとか変わったものとかが大好きなんだ。そういったものを手に入れるのに手段を問わないし、手に入れてからもやたら執着するし。かと思ったらすぐ飽きるときもあるし。…具体的に言うと…そう言えば、メラコ教が信仰している山に降ったって言い伝えのある星を採掘しに、9年ほど前に山奥までわざわざ連れて行かれたことがあったんだけど。1個だけそれっぽいのがあって、あいつ、それをネックレスにして死ぬまでもってやがったな」
セシルは宗教に無頓着とはいえ、あの山はメラコ教徒にとっての御神体だ。セシルは未だに罰が当たらないかと、そのことを思い出すたびにひやひやしている。木とかは切っていないから遠目にはばれなかったはずだが、神職の人はたまに山に入るらしいのでたぶん気付いているはずだ。自分が山を荒らした犯人だとばれたら、怒られるどころでは済まない。
「そう言えば、お前以外のやつらも、結構可哀想な生い立ちだったよな…。オレも自分のこと可哀想だって思ってたけど、お前らも大概だよな」
ロイは同情めいた目で、セシルを見る。セシルは力なく「ああ」と頷く。
「カイゼルは、小国ウルムの出身で、父親は裕福な商人だったんだけど、経営が悪化して借金で首が回らなくなって。父親が家族を皆殺しにして、無理心中。カイゼルだけが生き残って親戚に引き取られたものの、そこの家族に毎日いじめられて家を飛び出したんだって。それで、浮浪していたところを、マンジュリカに拾われて。…アメリーは、リトミナの西の方の山奥の村出身で。怪我や病気を直すという特殊な魔法を持つ家系だったから、代々その村の人々から外界から隠されて崇められていたんだ。だけど、その噂を聞きつけた賊が村に入って、村の者は皆殺し、アメリーは奴隷にされて。それで、その魔法の力を欲しがる者たちの間で、売り買いされていたらしい。人間、誰しも病気や怪我で死にたくないからな、不治の病にかかった貴族とかにこぞって買い求められて、アメリーは酷使されたんだって。それどころか、確か最後の所有者が、アメリーを虐待してはその怪我を直させて楽しむ変態だったらしいんだけど…マンジュリカがその男を殺して、アメリーは助けてもらったんだって。…まあ、実際は助けてもらったっていうか…」
セシルはアメリアの事情を思い、やりきれないというように、目を閉じた。
「…お前のことは、駆け落ちしてまで母親と結婚した父親が、家族を捨てて家を出て…それで、狂った母親に虐待されていたと聞いていたよ。ただ、母親が売春していただとか、母親に男に売られそうになっただとか、お前が街を破壊しただとか、そんなこと全然知らなかったよ…」
ロイは、労わるような目でセシルを見た。
「…たぶん、おっちゃん―お前らの王様は、半分嘘の情報をお前達に渡したんじゃね?お前らがオレに関しての本当の情報を利用することが無いように、オレのことを考えてくれていたんだと思うよ。あの人、優しいから」
セシルは、ふふっと優しく微笑んだ。しかし、すぐに、暗い顔になる。
「お前らがオレに関して持っている情報のことは詳しくは知らないけど、おっちゃんは他にも色々と隠してくれているんだろうと思う。オレが女だったこともそうだけど、オレが父親にしたこととか」
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