10-⑥:顔面詐欺師

「レスター、ロイ、もう入っていいわよ」

「おお…」


 部屋のドアを開けるなり、レスターとロイは感嘆の声をあげた。中には綺麗に化粧されたセシルがいた。銀色の髪の毛は灰色のかつらで隠しているものの、そのかつらもきれいに編み込まれて花で飾り付けられていた。


「かわいいな、こりゃ」

 ロイはセシルの周りをぐるっと一周して、感嘆の息をつく。

「良く似合ってるよ。ホントかわいいなお前、もういっそのことオレの彼女にならない?」

 褒めるどさくさに紛れて、セシルの肩を抱くロイ。


「はあ?なるかよ」

 セシルはロイの手を軽く振り払う。ロイはにやにやと残念そうな笑みをつくる。

「ええ~そりゃ残念。彼女になってくれたら、毎日オレのおいしい飯を食わせてやるつもりだったんだけどな~」

「…マジか!…って、違う、オレは飯ぐらいで男に心を売ったりなんかしないから!」

「目が泳いでいるんだけれど…」

 レスターはぼそりと言う。


「冗談だって」

 ロイは、ぽんとセシルの背を叩いて突き放すと、ハハハと軽く笑った。しかし、その目がかすかに真面目な色を含んでいたのに、レスターは気づく。



「…」

 ロイとセシルはお互いにノリのいい性格同士で、二人は何かと気が合っていた。レスターは、セシルに自分以外の仲の良い友達ができて良かったと、微笑ましく思って見ていたものだ。しかし今、レスターはなんだか、焦燥めいた不安な心地がわき上がるのを感じていた。


「冗談がきついぞ、もう」

「まったく」といいながら、セシルはロイの背中を思いっきり叩き返す。「いでえ」とロイの悲鳴が上がる。


「セシル、注意してね。ロイはそういうセリフを大安売りしているから、うっかり乗ったら遊ばれて捨てられるからね」

 レスターは、なんだか黒い心地がわき上がるがままにそう言った。断じてロイの評価を下げたくなったからではない、からかいたいだけだと内心で言い訳しつつ。


「ひでえ、レスター!オレ、確かにモテるけど、女の子を弄ぶなんてそんなことしてねえし!」

「へえ、タラシなんだ」

 じとーっとロイを見るセシル。ロイは慌てて反論しようとしたが、


「もう。あなたたち、早くしないと始まっちゃうわよ。さっさと準備して!せっかくの年に一度のお祭りだっていうのに、見どころを逃しちゃったらどうするの」

「はい!」

 ユリナの急かす声にレスターは慌てて、セシルの肩に手をやり引き寄せる。


「ちょ…?え…?」

 セシルはレスターの顔をすぐ目の前にして、かああっと顔を赤くして固まった。そんなセシルに気づかず、レスターは、セシルの首のチョーカーの鎖を指先でつかんだ。そして、レスターが何やら唱えるとあっけなく鎖は切れ、ごとんとチョーカーのトップが床に落ちた。


「…え?」

 きょとんとするセシルに、レスターはそれを拾い上げて見せる。


「このチョーカーは、これを掛けている者が、指定の場所の外に出ないようにするためのものなんだ。転送装置の部屋にも行けないようになっていたんだけれど、これさえなければ自由にここから出られるようになるよ」

 彼女を自由にするかどうか迷ってはいたが、レスターはもう大丈夫だろうと思う。根拠のない自分の主観かもしれないが、今までの付き合いでこの判断には自信がある。それに…と見れば、早速魔法を使おうとしているセシルが目にはいった。


「残念、魔法は使えないよ。これで封印していたわけじゃないからね」

 魔法さえつかえなければ、彼女が暴挙に出たとしてもある程度は抑えられるだろう。レスターがぽんとセシルの肩を叩けば、「うう」と悔しそうな顔をしたセシルが振り向いたので、苦笑する。


「くっそ、どうやって封印してんだ。何かオレの体に魔法道具でも埋め込んでんのか?」

「ふふ、どうせ君には解けないから教えてあげるけど、俺の魔力で魔術式を君の体に直接書いて、魔力を封印してあるんだよ。動力源は周辺の空気中の魔力で、体内にも食い込ませてあるから、いくら君でも魔法は使えないよ」

「……」

 すると、セシルは固まった。レスターは不思議に思い、首をかしげる。


「お、お前…オレの体に書いたって…まさか…」

 セシルは、胸を抱きわなわなと唇を震わせる。顔が真っ赤だ。それで、レスターは自身が今まで隠していたことを、図らずも白状してしまったことに気づく。

「…あっ、そのあれは、しかたがなかったことで…!」

 レスターは両手を上げて必死に言う。実はレスターはセシルをいわゆる素っ裸にして、彼女の体に封印を施したのだ。


 レスターは必死に言い訳を考える。あれは必要だからやったことで、ちゃんと母上の監視と威圧を受けながらやっているから、変なことは一切していない。いやそう言うと、母上がいなければ変なことをするつもりだったのかと誤解を受ける。

 体を見ていないとは言えない。しっかりと封印を施すため、嫌でも見る羽目になっていた。なるべく無心を心掛けていた…白磁の芸術作品みたいでちょっと見とれてはいたが…ってそんなことを言ったら、半殺しにされる。


「最低!顔面詐欺!真面目なのは顔だけかよ!死ねえええ!」

 セシルは泣きながら、レスターの襟ぐりをつかみ揺さぶる。


「くるし…仕方なかったんだようぐっ、だって君うぐっ、そうしないとうぐっ、逃げるし」

「何がしかたがなかっただ、てめえ!そんな破廉恥な方法でセシルの魔法を封じていやがったのか!お前の魔法封じって素っ裸にしなくてもできるはずだろ?!最低だな!」

「そりゃできるけど、吸収魔法相手には、念には念を入れて封印しなきゃいけなかったんだよ…」

「うるさい、言い逃れするな!」とロイまでが一緒になって、レスターを責める。


「レスター…ばれた時にこうなるだろうからだから、私はあれほど止めろって言ったのよ…」

 ユリナが頬に手をやり、視線を逸らしてため息をつく。

「仕方がないじゃないですか…」

 レスターは首に手をやり何とか酸素を吸う余地を作りながら、セシルをなだめようとするが、ロイの合いの手も入ってさらにヒートアップするばかり。


 それから30分後、レスターは機嫌を直す条件としてセシルから、今度セシルの気が済むまで酒をおごる約束を取り付けられたのだった。





 そして、その一騒動から数十分後。まず、祭りの開始場所である教会に行こうと、3人は王都の街に繰り出した。しかし、



「あづい…」

 教会で今頃はお祈りの真っ最中である頃、だらだらと汗を吹きだしながら、セシルは食事処の机につっぷしていた。

「すまない、忘れていたよ…」

 レスターはその隣で反省していた。彼女が極端に暑さに弱いことを失念していた。可哀想なことをしてしまったと思う。


「後悔しても来ちまったもんは仕方ねえ、夕方になれば幾らかマシになるだろ」

 その隣に座りながら、ロイはやれやれとセシルの汗を、お冷やで冷やした手ぬぐいで拭う。


「うう…冷蔵保管庫に入りたい…」

「入ってもいいけど、夜には死体保管庫になってるだろうから止めろ」

 ロイはよしよしとセシルの頭を撫でる。するとうっとおしそうにその手を払った。


「そもそも、このかつらが一番の元凶だ!蒸れて暑いんだよ」

「駄目だ、やめろ!」

 レスターは、早速かつらをかぽっと脱いだセシルの頭を、慌ててかつらごと机に押さえつけた。ゴンと大きな音がする。しまった、音を立ててしまった。


 しかし、周囲を見れば、店員たちは厨房の方で忙しくなる午後に向けての事前準備中で、こちらの様子に気づいた風はない。それに、街の者はほとんど教会に行っているため、店内には自分たち以外誰もいない。


「ふう、良かった…」

 リトミナ王家の面々の顔は知らずとも、彼らが銀の髪を持つことはサーベルンの民衆でも”銀色の悪魔”としてよく知っている。街中でかつらなど脱げばすぐに身元がばれ、大騒ぎになるだろう。それに、今年は警備が厳しいので、街中を城の兵達が行ったり来たりしている。うっかり地毛を見られたら大変なことになる。


「何が良かったんですかい、旦那…?」

 セシルは鼻を押さえて、うらめしそうに顔を起こした。指の隙間からは鼻血がぽたぽたと落ちている。


「ごめん…」

 うっかり力を入れ過ぎたようだ。レスターは、慌てて御手拭を渡す。


「ただでさえ鼻低いのに、へっこんだらどう責任とってくれるんだよ…」

「お前、サイテーだな。女の子に怪我させるなんて」

 恨めしげなセシルの声と、柄にもなく妥当なことを言ってくるロイの声が、レスターの心をじくじくと責める。


「こんな奴ほっておいて、オレとどっか涼しい所、探しに行こうぜ」

 ロイはちり紙をくしゃくしゃと丸め、セシルの鼻に詰めた。そして、セシルの手をとって立たせる。よろけた後、ロイにもたれかかるセシル。ロイはその肩に腕を回した。



「……」

 ただ体を支えてあげているだけだ。それ以外の意味などない。レスターは自分に言い聞かせる。


「……ちょっと待って」

 しかし、数秒後には、レスターは我慢できずに立っていた。


「すまない、本当に俺が悪かった。一端あっちへ帰ろう。鼻血の手当てもしなきゃいけないし、それに涼しいから。しばらく休もう」

 レスターは、何故か焦っている自分の心を、ごまかすかのように言葉をかき集めてつなぐ。決して、彼らを二人きりにしたくないからこんなことを言っている訳ではないと、心の中で自身に言いつつ。


「……そうだな」

 ロイは、低い声でしぶしぶといった感じに頷いた。


「オレも賛成。レスター、負ぶって…」

 セシルはよろよろとロイの腕から抜けると、レスターの肩を叩いた。


「…はいはい」

 レスターはロイよりも自分が選ばれたかのような気分がした。そして、それに何だかほっとした。しかし、レスターは、後ろでロイが複雑な顔をしたのに気付かなかった。

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