10-⑦:嫌な予感

 結局、セシルたちは一度別荘に戻ることにして、街に繰り出せたのは日が暮れたばかりの頃だった。


「まだ暑いな、さっきよりはましだけど…」

 額に浮いた汗をぬぐいつつ、セシルはけだるそうにつぶやいた。


「ごめんな、オレのせいで昼のイベント行く予定、丸々潰しちゃって」

 申し訳なさそうに謝るセシルを、レスターは慌てて頭をあげさせる。

「全然いいよ、このお祭り、夜の方が本番だからね」

 夜は屋台はもちろん、花火等魔法を使った光のショーがある。夜からの参加者の方が多いのもまた事実だ。


「人も夜の方が多くなるから、迷うなよ。お前みたいなチビは人ごみに埋もれると、探しようもないからな」

 ロイは言いつつ、セシルに腕を「ほら」と差し出した。セシルは「ん?」と不思議そうに首をかしげる。

「…オレの腕につかまっとけって言ってんだよ」

 それを見て、レスターはなんだか心がぎゅっとつままれたかのような気がして、小さく息を飲んだ。

「……」

 ロイがセシルの返答を待っているのを、レスターは何とも言えない心地で見ていた。


「…いや、ほら、別にオレ、そこまで子供じゃないし」

 セシルは戸惑いつつも、断わった。なんだか少しほっとしたのは気のせいだろうと、レスターは思う。


「そっか、じゃあしっかりついてこいよ。チビ」

「チビじゃねえよ、ハゲ」

「はげてねえし、まあ将来的にはげたりするかもしれないけど」

「ははは」と軽く笑うと、ロイは頭をかきつつ先頭を歩きだす。その後をセシルがついていく。


「……」

 その二人の背中を見ながら歩きつつ、レスターは考える。

 この頃しばしば湧いてくる得体のしれない自身の感情について、考えたくなったのだ。

―もしかしたら恋かもしれないという可能性を、きっちりと否定するために


「……」

 ロイがセシルに近づいたり触れたりするたびに、不安になる心地。これはきっと、ロイに自分は焼きもちを焼いているのだろうと思う。友達として。

 先に自分が彼女と仲良くなっていたのに、後から仲良くなったロイともっと仲良くなりそうで怖かったに違いないのだ。


「……」

 ノルンに、ロイと一緒に祭りに行けと言われた時に残念に思ったのも、きっと同じ理由のはずだ。

 2人きりで楽しみたいという、友達を独占したい気持ちからだろう。子供じみた独占欲に狩られていただけだとレスターは結論を出した。


「……」

 俺が愛しているのはイルマだけ

 女性として見ているのはイルマだけ


 そう、そのはずなのだ。



「レスター、ほら!魚すくいの店だ!行こう!」

「あ、ああ!」

 レスターはロイにかけられた言葉に我に返り、あわてて返事をする。


「…魚すくいか…」

 セシルはだるそうな視線をロイとレスターに向ける。

「なんだよ、お前。魚すくうのたのしいぞ~」

 ロイがすくう真似をして見せる。しかし、セシルは大して興味なさそうに横を向く。

「いいからとりあえずやって見ろって」

 ロイはセシルの背を押し、店の方へと連れて行く。レスターは慌てて人ごみに流されないように、二人の後を追った。



「……化け物かお前」

 そして、しばらくのち、レスターとロイは、セシルを前に唖然とたたずんでいた。

 赤や緑、ピンクなどに淡く色づけられた魚が、うようよと泳いでいるはずの平たい水槽には、今や数匹が申し訳程度に泳いでいるだけだった。


「…だから言ったろ、ポイは一個で十分だって。女だからってなめ腐って三個も寄越すからだよ」

 ぶつぶつと言いながら、セシルはひょいひょいと魚をすくっていく。魚を入れるための椀は12個目に突入していた。しかし、ポイはまだ1個しか破れていない。


「……」

 ポイは一個でいいというお客を小ばかにしていた屋台の店主の顔から、次第に余裕が消えていくのを、何だか可笑しな心地で見ていたレスター。今や泣きそうな顔で自分を見つめてきたのに、レスターは知らないふりをした。


「お前さんの彼女かい?すげえなあ」

「彼女じゃないです。妹です」


 レスターは、先程からでき始めた人だかりから「君の彼女すごいねえ」とか「どっちの彼女だい?おふたりさん」とか問われるたびに「友達です」と否定すれば「うそつけえ」と小突かれるのが面倒くさいので、途中から妹ということにした。しかし、ロイは途中から、「そうなんです、オレの彼女すごいでしょ?」と調子づいている。それを見てみぬふりをして、レスターはセシルに目線を戻す。丁度、最後になった魚をすくったところだった。

 群衆からどよめきが上がる。


「…あのお客さん、それ全部持って帰るんですか?」

 小さくなってセシルに確認を取る店主。なんだか哀れだが、セシルをなめ腐ったのがあだとなったのだから仕方ない。


「…こんなに要らねえよ。ていうか、飼うのめんどくさいから1匹もいらねえし」

 セシルはドバーッと椀を全部水槽にぶちまけていくと、立ち上がった。店主は心底ほっとした顔をしている。


「ホントすげえな、さすがオレの彼女!」

「いつの間にお前の彼女になってんだよ、バカ」

 抱きついてきたロイの鳩尾を、セシルはゴスッと肘で撃った。



「次は射的に行こうか」

 次にロイが提案したその場所でも悲劇は起きる。


 1回3発。空気で玉を放って景品に当てて落すのだが、セシルは1発に付き反射させて2.3個当てていく。しかも皆、価格の高そうな大物ばかり。


「ちっ、四連続は無理だったか…。今度はなんとしてでも成功させるぞ。おっちゃん、もう一回」

「ひいい!」


 5回目の挑戦を終えたセシルのセリフに、店主は悲鳴を上げた。レスターは慌ててセシルの肩を持つ。

「セシル、そろそろ他のお店へ行こう。ねっ?」

「ええ~、せっかく乗ってきたのに」

 セシルは今や最初の頃のけだるそうな様子は全くなく、目をきらきらとさせていた。レスターは、その目の輝きに悪いと思いながらもセシルの背を押した。


「乗らなくていいから、ほら」

 レスターは、逃げるように人だかりを抜けその場を後にする。ロイも景品の山を忘れず頂いて、その後を追う。



「じゃあ、次は輪投げ行こ!あれ、オレ得意なんだ!」

「お願いだから、手加減してあげて。景品は取っても2.3個にしてくれないか?」

「ええ~、なんで。せっかく肩が慣れてきたのに」

「やめて、頼むから慣れないでくれ」


 レスターはセシルの両肩を持って説得する。本人が得意と言う輪投げで、肩が慣れてきた今ならどんなタイトルを叩きだすかたまったものじゃない。今までの店主たちの泣きそうな顔を見るだけで、肩身が狭かったというのに。


 それにセシルがこれ以上目立つのは危ない。どこかにマンジュリカの手先が潜んでいるかもしれないからである。変装しているとはいえ、顔を見られればばれるかもしれない。


「わかったよ。手加減するよ」

 セシルはつまらなさそうに口をとがらせ返事した。


「なあ、セシル。なんでお前、こういうのそんなに上手なんだ?」

 ロイは、よっこいせと、増えた荷物を背負い直しつつ聞く。


「う~ん。なんというかリトミナっていろんな宗教があるから、年がら年中どこかしらで祭りやってて。だから、いろんなとこに行ってるうちに得意になっちゃったというか」

 昔はカイゼルかラウルを連れて(無理やり引っ張って)いろんな所へ祭りに行ったものだ。行き過ぎて飽きていたが、久しぶりに遊んでみると乗ってきた。


「とりあえず、次は腹ごしらえとしようか」

 これ以上遊びの方に行かせると危険だと思い、レスターは提案する。


「じゃあ、一端この景品の山預けようぜ。邪魔だし重くてかなわん」

 ロイはそう言い、また荷物を背負いなおす。

「それもそうだな。預け場所にいこうか」

「預け場所?」

 セシルは首をかしげる。


「教会の人が預かってくれるんだよ。ちょっとお金はかかるんだけどね」

「へえ、ご丁寧だな。リトミナの祭りにはそんなのないぞ。年一回しか祭りがないと、こうも手を掛けてくれるもんなんだな」

 揶揄の色がある笑みを返すセシルに、レスターは苦笑する。


「そう言えば、レスター。今何時だ?」

「え?」

「いや、花火が9時から始まるからさ、今何時ごろだろうと思って」

「ええっと…」

 レスターはポケットをまさぐり、時計を取り出す。時計のふたを開けながらふと、この時計のふたを最後に眺めたのはいつだったろうかと思う。


「おい、レスター?」

 ロイは時計を見たままぼけっと突っ立っているレスターに、けげんそうな声をかけた。

「…っごめん、今7時2分前だよ。まだ大分と時間があるな」

 レスターは慌てて言う。


「じゃあ、さっさと預けに行って、何か食べようぜ。セシルは何食べたい?」

「オレ、わたあめがいい。」

「やっぱ子供なんだな」

「うるさい、人の自由だろ」

「あんなのただの砂糖じゃねえか。何がいいんだか」

 言い合い歩き出す二人。しかし、レスターは立ち止まったまま、時計をぼうっと見ていた。




「さあ、着いたぞ、ここが教会だ」

 ロイは荷物をどっこいせと背負い直し、ふうと息をついた。そして、後ろを振り返って…そこにセシルしかいないことに気づく。

「あれ、レスターは?」

「…あれ、さっきまでいたと思うんだけど。まさか、はぐれた?」

 セシルは人ごみの中に目を凝らすが、レスターらしき者はいない。


「あの野郎、ぼさっとしやがって」

「オレ、さっきの場所まで戻りながら探してくる」

「大丈夫だろ。教会に行くって知ってんだから、待ってりゃ来るだろ。まあ一応、連絡するか」

 ロイは、耳のピアスの飾りを指でたたく。このピアスはノルンがつくった連絡用の通信機だ。レスターも日頃から付けているから、呼びかけに応じてくれるはずだ。そして、ロイの期待通り、通信のつながる音がした。


「……おい、レスター!どこほっつき歩いてんだ。……おい聞いてんのか?……はあ?」

 急に機嫌が悪そうに声音の変わったロイに、セシルはどこにいたのだろうと不安になる。

「……わかったよ」

 ロイは、しぶしぶと言った風に頷いた。そして通信を切った風だった。


「…レスター、どこにいたの?」

「…どこも何も、しばらく一人になりたいから、セシルの面倒を見ていてくれってさ。花火までには合流するからって。自分勝手なやつだよ、ったく」

「さっさと荷物を預けてオレらだけで楽しもうぜ」とロイはずんずんと教会への階段を上っていく。


「……」

 急に変なことを言いだしたレスター。よくはわからないがなんだか嫌な予感がしつつ、セシルはロイの後に続いた。

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