10-⑤:脳みそもお祭り中
「…明日は何を着ていこうかな」
その夜、レスターは自身の部屋で洋服をあさっていた。
ツンディアナは高原地帯なので幾らかは涼しくなってきているが、あちらはまだまだ暑い。薄い服の方がいいだろう。色は涼しい寒色系の方がいいけれど、髪に似合わないしなあ…。
「呑気なものですね。敵の女とほいほいとお祭りにいくとは。脳みそもお祭りしているんですか?」
「…!」
その声にはっと振り向けば、ノルンが部屋の入口に立っていた。ドアが開く音もしなかったところを見るに、転送の魔法を使ったのだろう。
「聞いていましたよ。あいつを外に連れ出すようですね」
どうやら、小動物を使って諜報活動をしていたようだ。あれほどかまうなと言ったから、てっきりもう放っておいてくれているものだと思っていた。レスターはいらっとする。
「お前には関係ないだろう?」
レスターはふいとそっぽを向き、服を取り出す作業に戻る。あれから、レスターはノルンと話さなくなった。人間としてあんな最低な行いをしたというのに、反省すらせず平然としているからである。仕事上では仕方がないので話すが、それ以外は廊下ですれ違っても目も合わさない。
「反対ですよ。何が何でも認めません」
「お前が認めなくてもいい。俺がそう判断したのだから従え」
「……」
ノルンは黙った。しかし、部屋を出て行くでもなく、無表情のまま何かの言葉を待つかのように、レスターの背を見ている。そして、やがてノルンは、小馬鹿にするように息をつくと、口を開いた。
「…従えと言うほどの立場の人が、マンジュリカ事件多発の今、しかもマンジュリカホイホイを連れてイベントに参加する等、とても正気の沙汰とは思えないのですが」
「……!」
レスターは思い出す。今年のお祭りは、麻薬の横行の場になる虞があることを理由に、王府から自粛のお達しが出されていたことを。だが、商人や王都民たちからの猛反発があって(かといってマンジュリカのことを知らせることもできず)、結局警備を強化すること、規模を小さくすることで開催することになったことを。
だが、レスターは今年も参加しないから関係のないことだとほとんど聞き流していた上、あれ以降元気になったとはいえセシルのことが心配で頭が回っていなかった。
「そんな判断もできなくなるほど、女に狂わされましたか?傾国の美姫とはよく言ったものです。あの女、見た目だけは綺麗だから理解はできますが、まさかあなたが女に囚われることになるとは思ってもいませんでしたよ」
「……」
断じてセシルに囚われていたわけではない。ノルンがあんなことを彼女にしたから、セシルの心のことが心配で、必然的に構う時間が増えただけである。しかし、考えようによっては、セシルに囚われていたことは事実で、レスターは何も言い返せない。
「奥様も少し考えれば祭りなど行かせられない事等わかるはずなのに、あの女のせいで皆がおかしくなってしまったようですね」
ノルンは腕組みをし、壁に寄り掛かった。
「あんな女に囚われてしまったなんて、あの世でイルマ様は嘆いているでしょうね」
「…っ」
レスターはずきっと心が痛んだ気がした。レスターの顔が苦痛にゆがんだのを、ノルンは感情を消した目で見る。
「馬鹿なことを言うな。女に狂っただとか、囚われただとか、あの子との関係はそんなものじゃない。ただ仲良くなっただけだ。それの何が悪い」
その言葉が自身に言い聞かせるようになっていることに、レスターは気づかない。
「とにかく、お前が何と言おうが俺は行く。俺が責任もって、彼女の面倒を見るし、周囲の警戒もする」
レスターは本音ではすぐにでも、ノルンの言うとおり外出を取りやめにしたかった。しかし、そうするとノルンの言っているあるまじき事までも、認めてしまうことになりそうな気がした。だから、レスターは意地を張ってそう言い放ってしまう。
「……」
ノルンは何も言わなかった。レスターも意地が続くにまかせて知らん顔をし、明日来ていく服選びを続行する。
「…なら、ロイも連れて行ってください」
「…?」
レスターはけげんそうにノルンを振り返った。最後まで行くなと言い張り続けるだろうと思っていたのに。
「周りを警戒するにしても、彼女が逃げないように見張るにしても、一人より二人の方がいいかと」
「…」
それはそうだと思う。しかし、レスターは一瞬返答に詰まった。それはもっか喧嘩中の相手に素直に頷くなんて、プライドが許さないこともあったが、
「…」
せっかく二人っきりで楽しめると思ったのに、という残念な思いが、レスターの心にはっきりと湧いたからである。
―なんだこの感情は
レスターは慌てて思い至った可能性を打ち消した。そんなことあるはずがない。ノルンの言うとおりのことが、あるはずなどない。
「…わかった。ロイも連れて行く。それならお前も満足だろう?」
戸惑う自身の感情を上書きするかのように、レスターは不機嫌そうな言葉を発した。
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