9-③:四つ葉のクローバーは、ごろごろと転がっているのに
―30分後、
「…そういうわけで、俺はイルマと「あ、四つ葉のクローバー見っけ」
「…?」
レスターが気づくと、隣には誰もいなかった。実は、終わる気配のない惚気話を聞くのが面倒くさくなったセシルは、途中でレスターの話を聞くのを放棄して、後ろの方の原っぱでごろごろしたり草をいじったりしていた。
「……」
―せっかく話していたのに…
確かに独りよがりに話し過ぎたかもしれないと思いつつも、レスターは釈然としない気持ちになる。
「……何をしているんだい?」
レスターはしょうがないなあと気分を切り替えて立ち上がると、懐中時計をポケットにしまいつつセシルの傍へと行く。
「四つ葉のクローバー見つけたんだ。お前の時計見てたら、久しぶりに探したくなって」
えへへと、摘んだ四つ葉のクローバーをレスターに見せるセシル。
「へえ、懐かしいな。昔俺もそうやって探したなあ」
レスターは少し子供に戻ったような気持ちで、セシルの傍にしゃがんだ。自分も見つけてやろうと、クローバーの茂みに手を伸ばす。
「…そう言えば、ここでイルマと一緒に夕方まで探したんだよな。だけど、一個しか見つからなくて。お揃いにもう一つ欲しかったんだけど、結局見つからなくてさ。イルマにあげたんだけどね」
イルマがあの時計を選んでくれたのは、きっとその時のことを覚えていてくれたからだろうとレスターは思っている。あの時計にはその時のお返しの意味も込められていたのだ。あの時の幸せな時間のお返し。
懐かしく寂しい心地に、レスターが目を細めて寂しげに微笑んだ時、
「は?」
セシルのけげんな声。レスターは顔をあげる。
「お前、四つ葉のクローバーなんて、そんなに探さないと見つからないものなのか?」
「え…だってそうだろう?見つけたら幸せになれるって言うぐらいだし」
レスターはセシルに、戸惑いつつもそれが当然だという調子で返す。しかし、セシルは意外そうな顔をした。
「そりゃちょっと目を凝らさないといけないけどさ、そんなに見つけるの難しくないぞ?普通5分ぐらいで見つかるだろ?今だって探してから3分ぐらいだし。それに、1つさえ見つければ、後はそれほど苦労しないし。四つ葉のクローバーができるクローバーってのは、大抵遺伝的に四つ葉ができやすい奴でさ。それでクローバーってのは茎を横に伸ばして増えてくし、種もそのそばに落ちるはずだから、1つ四つ葉を見つけると大抵そばにもいっぱい四つ葉が生えてるもんなんだぜ…。まあ、これ経験則に基づく自説だけどな。…お、あった」
セシルはほら見ろと言わんばかりに、ぷちんともう一つ摘んで見せる。
「ほら、ほら、言ったとおり一杯あるだろ?」
四つ葉のクローバーばかりほいほいと摘んでいくセシル。レスターの前には10分もしないうちに、摘まれた四つ葉のクローバーの小さな山ができている。
「ありがたみが、なくなるな…」
レスターは少々唖然とした心地でそれを見ていた。何だか今日、自分から美しい思い出と夢が1つずつなくなった気がする。
「ほら、オレいらないし、全部やるぜ」
セシルは積んだクローバーをがさっと両掌ですくい、ほれとレスターに差し出す。
「いいや、遠慮しとくよ…」
そんなものより俺の心から奪ったものを返してくれ、と言いたい。無理だろうから言わないが。
「なんだよ。お前が欲しいって言うから摘んだのに」
「……」
元々探していたのは君だし。それに、自分も探そうとしただけで、欲しいとまでは言っていない。
しかし、セシルは口をとがらせて、クローバーを地面に落として捨てる。そのまますねたような様子で立ち上がり、先程景色を眺めていた場所まで戻ると、レスターに背を向けどさっと座った。
「…」
ころころと機嫌の変わる子だなあ。まるで気まぐれな子猫だ。と思ったとたん、セシルはぱたんと横に倒れる。「ふん」と言う声が聞こえて、剥れていることがわかったので、レスターは苦笑する。
―しょうがないなあ
どうやって機嫌を直してもらおうか。何かないかなあと、レスターは周りを見回す。すると、丁度白い花が咲いているのが目にはいった。
「……?」
剥れてセシルは寝転んで目を閉じていた。しかし、ふと、ぽさっと頭にかぶせられるものがあって、目を開ける。頭の上には、笑いをこらえるような顔をして、自分を見ているレスター。
「……?」
きょとんとして頭の上に載っている物をつかんで見る。そんなセシルを見て、レスターはいたずらが成功したような気がしてくすくすと笑う。
「白詰草の冠。君が摘んでくれたクローバーに白詰草を足してつくったんだ。あげるよ。…君も小さい頃、よく作っただろう?」
「…いや、つくったことない」
すると、レスターは意外というような顔をした。
セシルは、これは子供がよく作るものだということは知っている。幼い頃、そういう子たちをよく見かけたことがあるからだ。だけど、セシルはその輪の中に入ったことは無いから、作ったことはおろか作り方さえも知らない。
だから、その子たちが帰った後の原っぱで、幼いセシルは一人、四つ葉のクローバーばかりを探していた。それが楽しいからやっていたのではなく、クローバーを相手に、他に遊べる方法を知らなかったからだ。しかし、しまいには飽きて、最終的にはセシルはやさぐれたような気分で、白詰草やクローバーをぶちぶちと抜いていただけだった。
「俺が教えてあげようか?」
―今更教えてもらってもなあ…
もう子供じゃないしというひねくれた感情が湧く。だけど同時に、素直にうれしいと思う気持ちもわき上がってくる。
「…うん、教えて」
子供の遊びをいい歳した今教えてもらうことに気恥ずかしさを感じつつも、それをすれば心の中の空虚な部分が満たされるような気がしてセシルは頷く。
「ほら、こっちに来て」
レスターはセシルを立ち上がらせると、白い花が多い所へと促して座らせた。
「そんなに難しくないから、すぐにできるようになるよ」
「ホントに…?」
セシルはレスターがつくった冠を心配そうにまじまじと見る。なんだか、どうなってるかよくわからないつくりだけれど。
「じゃあ、セシルさん。花を2本摘んで。そうしたら……」
セシルは不安な心地で、レスターの説明に従って花冠を編み始める。そうこうしているうちに、セシルはレスターが言った簡単だということが納得でき、夢中になってあみあみと編んでいく。そして、ちょうどいい長さになったところで、レスターの助けを借りつつ仕上げていく。
「できた…!」
レスターがつくったものより少々不格好だが、初めてにしては上出来だろう。セシルはうふふと花冠をかぶって立ち上がると、うれしくてくるんと回った。レスターが微笑んで「よくできました」と手を叩いてくれる。
セシルは今や雑念など何もなく、純粋に嬉しかった。本当にただの子供に戻ったような気持ちで、何だかとても楽しくて満足感があった。
「ありがと、レスター!」
セシルは満面の笑顔でレスターにお礼を言う。
「…どういたしまして」
レスターはこの時、自身の名を初めて呼んでもらえたことに少し驚きとうれしさを感じていた。こんなに喜んでもらえるなんて思ってもいなかったレスターは、ぴょんぴょん跳んでいるセシルを微笑ましい心地で眺める。
「あ、そうだ。これユリナさんが帰ってきたらあげよっと!」
まるで、母親に自慢したい子供みたいだな。そう思った時、レスターはふとセシルの事情を思いだす。
―母親が、ああなってしまったからか…
「なあ、レスター!これ喜んでくれるかな?」
「あ、ああ!きっと喜んでくれると思うよ」
レスターは同情の気持ちを見せてしまわないよう、慌てて笑顔を作り返事する。するとセシルは花冠を頭から取り、心底嬉しそうに見つめる。
「……」
彼女の幼少期を実際に見たわけではない。けれど、きっと今の彼女の方が、彼女が子供の時より、子供らしいのではないかとレスターは寂しく思う。
「…セシル」
「ん?」
初めて呼び捨てで呼ばれ、しかしユリナが喜ぶ顔への期待に胸を膨らませているセシルはそれに気づかない。
「これは君の分」
レスターは先程の四つ葉のクローバーでつくった花冠をセシルの頭にかぶせる。彼女の幸せを願う心地で。
「お、おう…?」
「…よく似合うよ」
「…そ、そう?……ッ!」
レスターが軽く頭を叩くようにして撫でると、セシルは肩をびくんと揺らした。そして、一瞬後に顔を赤くする。きっと、照れているのだろう。
「さあ、一端別荘に帰ろうか。あまり外にいると、侍女たちが不安に思うかもしれないからな」
レスターはセシルに手を差し出す。厳密に言うと、帰ってこないことで心配した侍女たちがノルンに連絡を入れて、レスターの安否の確認と称した水を、差しに来ることを危惧しているのだ。
「え…」
セシルは戸惑う。レスターはそれを不思議に思う。セシルはレスターが差し出した手をおろおろとみていた。
実はこの時のレスターは知らなかったが、サーベルンではレディファーストのような習慣があるが、リトミナではそんな習慣はないのだ。だから、斜面を登るセシルを助けるためにレスターが出した手は、セシルの目には手をつなぐ行為のためだけに差し出された手に映るのである。
「?」
レスターは自分の手が汚れているのだろうかとみるが、その様子はない。だから、レスターは構わずセシルの手をとった。途端かああっと顔を赤くするセシルに気づかず、レスターは歩きはじめる。
―…あれ?
別荘へと歩きつつ、レスターはふと思う。
―いつの間に、俺、この子とこんなに仲良くなっているんだろう
朝はあんなに嫌だったのに。しかも、この野原へ来るときは、こんな風にこの子の手をとろうとなんて思いもしなかった。
「……」
そう言えば、イルマのことを話してからとてもこの子に近付けたような気がする。
―イルマが力を貸してくれたのかな?この子と仲良くなれるように
きっとそうに違いない。レスターは心の中でありがとうと言いながら、開いた手でそっとポケットの上から時計に触れた。
その夜。
「う~ん。これよりこっちの方が面白いかな…」
レスターは、自室のテーブルに積んだ本を吟味していた。すると、部屋がノックされる。
「はい……あれ?」
レスターが返事をすると、入ってきたのはユリナだった。
「母上、どうしてここに?」
レスターは、ユリナが用事を終えて別荘に帰ってきた後、入れ替わりに自宅に帰ってきていた。だから、ユリナはそのまま別荘に居るものだと思っていたのに。
「セシルさんが眠ってから、こっそり帰ってきたのよ」
ユリナは本の傍にくると、うふふとレスターに笑いかけた。
「あの子、私に白詰草の冠をくれたの。あなたに花冠のつくり方教えてもらったんだって。さっき部屋をのぞいたら、あなたからもらったものを枕元に置いて眠っていたわ。よっぽどうれしかったのね」
そんなにうれしかったのか。大したことをしたつもりはないのにそこまで喜ばれて、レスターはくすぐったい気分だ。
「今日は楽しめたでしょう?」
なんだか悪戯が成功したような、楽しそうなユリナの声音。母上は、もしかしたらこうなることがわかっていたのかもしれない。
「…楽しめました。まさか、あんなに面白い子だとは思っても見なかったので」
レスターは少ししてやられた感じがしたが、悪い気はしないので素直に頷いた。
「そうでしょう?やんちゃで気まぐれで、けれど素直な所も可愛い所もあって、まるで子猫みたいでしょう?」
「確かに、そう思います」
レスターは今日の彼女を思いだし、小さくほほ笑む。ユリナも微笑むと、レスターの顔を伺うように小さく首を傾けた。
「仲良くなれたのね」
「…なれるともなろうとも思っていませんでしたが、なってしまいましたね。参りましたよ。もしノルンに知れたらと思うと…」
レスターは苦笑すると、困ったように頭をかく。きっと、『敵相手に何仲良くなっているんですか?気を許せば何をされるか分かりませんよ。きっと相手は今頃、油断したあなたに何をしてやろうかと頭を巡らせている頃でしょう…(後略)…』と言われるだろうから。
「しばらくは内緒にしておきましょう。あの子、心配してくれているのはわかるけれど、うるさいものね。まるでお姑さんよ」
ユリナも困ったように笑う。
「せっかく仲良くなったのだから、また今度にでもノルンの目を盗んでこっちにくる?協力は惜しまないわよ」
「そのことなんですが…」
実はとレスターは続ける。さっき書庫から出してきた本の山を、ユリナの視線を促すように見る。
「今日、何か本を読みたいと言われて。あっちには辞典ぐらいしか置いてないので、今度持ってくると約束したんです。だから、明日にでも、ノルンにばれないよう、母上に色々と頼もうと思っていたんです」
レスターはいたずらっぽく笑う。
「もちろんよ。実を言うと、今日、ノルンにあなたたちのことを報告しようとする侍女たちを口止めしたのは、私なんですもの」
ユリナは悪い顔を、レスターにして見せた。
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―何故、この世この現実に、幸せは少ないのか。
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