8-⑪:面倒くさい事になってしまった。
「あづい…」
「大丈夫?セシルさん…」
「大丈夫じゃないです…」
サーベルンの王都メルクトの王城。待機用に用意された部屋で、セシルは汗をだらだらとたらしながら死にそうになっていた。拷問でかまゆでにされている訳ではない。ただ単に暑いだけだ、この国の気温が。それに、寝ていないから、余計にしんどい。
寝ていないというのは、昨日の脱出劇が原因だった。昨日の夜、ユリナが寝た後、親切にしてくれたのに悪いとは思いつつ、やっぱり帰らないとと思いこっそり別荘を抜け出した。しかし、どうやったって敷地を出た瞬間、自分の部屋に戻ってきてしまうのだ。転送魔法でできた罠だと思う。一回目は草原から、二回目は林を抜けてなど、出る場所を変えて何度も挑戦したが同じだった。罠は敷地全域をぐるっと一周囲っているのか、無駄だった。そうして、あっという間に朝になってしまい、疲労と寝不足と暑さでこの様だ。
「こんなに色の白い肌じゃ、無理ないかもねえ」
セシルは自分で座っていられるだけの体力も失い、長い腰掛を占領して寝そべっていた。付き添いに来てくれたユリナに、ハンカチで汗をぬぐってもらったり、扇子であおいでもらったりとかいがいしく世話をしてもらっているが、大気自体が暑いのだからどうしようもならない。
さっきまでいた別荘では何ともなかったのだが、きっと標高が高いから涼しかったのだろう。サーベルンの平地がこんなに暑いなんて、話では聞いていたけれど、実際体験してみると死ぬ。
「溶ける…オレ、溶けちゃう…」
「お前、今日そんな暑いかあ?…確かに、今は夏真っ盛りだけど今日はましな方だぞ。…まあ、向うじゃもう秋口だもんな…」
ロイは立ち上がると、自分のハンカチを水差しで少し濡らしてセシルの額に当ててみる。敵だからとさっきまで傍観を決め込んでいたが、セシルが見るからに憔悴していくのでさすがに心配になったのだ。
「あんがと…」
セシルが気持よさそうに、目を細める。ロイは思わず可愛いと思ってしまいそうになるが、慌てて打ち消す。しかし、セシルが冷を求めて、額をロイの手に押し付けてくる。
『かわい…いや待てこいつは敵の王族で、しかも化けも…なんだこれ、気持ちよさそうな顔で、すりすりしてきやがる…子猫かよ…いいやオレしっかりしろ、こいつは化けも…あ、ダメだ、これ。かわいい。かわいすぎる!』
「セシル、それでは行きますので立ってください」
可愛さに癒されていたロイが突然の声にどきりとして振り向けば、ノルンがレスターを引き連れて転送して部屋に入ってきたところだった。
「もうむり…」
セシルは腰掛にうつぶせになった。反抗しているのではなく、実際問題もう気力がない。
「いいから行くんです。さあ立て」
ノルンは戸惑うロイをどかせると、セシルの腕を引っ張り無理矢理立たせようとした。
「ノルン、それではあまりにも可哀そうよ!」
「そうだよ…さすがにバテているんだし」
「敵に情けは無用です。ほら立て!」
ノルンはセシルを腰掛から引きずり下ろし、そのままずるずると引きずり始めた。そのまま転送魔法を使用して移動しようとする。
「ノルン、もういい」
流石に見ていられないと、レスターはノルンの肩をつかんでどかすと、床にへたり込んだセシルをひょいと抱き上げた。
「…!…降ろせえ!」
さっきまで半ば死にかけていたのに急に暴れはじめたので、レスターはちょっと驚いたが、気恥ずかしいだけだろうと抱きあげなおす。
「しんどいんだろう?だったら、別に恥ずかしいことじゃない。大人しくしていて」
レスターはふっと笑いかける。すると、ふいと目をそらしたものの、セシルは大人しくなった。
「…優しくしたら、つけあがりますよ」
「…手荒く扱っても、余計な恨みを買うだけだと思うがな」
まだまだもの言いたそうにじいっと睨むノルンから、レスターはついと視線をそらしてセシルを見る。セシルはかばってくれたのだろうかと、くすぐったい思いがわき上がるが、しかし自分をだました敵だと思い直す。だから、セシルはつい緩みそうになる口元をむすっとさせた。
ノルンは、もう知らない、といった風につんと顔を背ける。
「これから王前へ行きますから、用意してください」
ノルンは床に指を向ける。すると、緑色の光を放って魔方陣が浮かび上がった。ユリナを残し、レスター達はその内側に入る。
そして、次の瞬間には、玉座のある部屋にいた。
「おお~来たか」
ひょうきんな声がセシルの耳に入った。こいつが元凶かと怒りにセシルは暑さも忘れ、睨みつけようと首を声の主に向けた…
「ひさしぶりじゃの~、セシルちゃん。おっきくなったのお」
「……は?お、おっちゃん!?…おっちゃんだよな。なんでここに」
玉座で目を細めている人物に、セシルは驚愕する。
「へ…ちゃん?」
レスターとロイは、同時にぽかんと口を開ける。
「ひ、久しぶり?!…い、いやそれより、お前、陛下に向かっておっちゃんなぞと無礼な!」
ノルンの叱責。しかし、声に明らかに戸惑いが混じっている。しかしまた、その言葉に驚愕したのはセシルだった。思わずレスターの腕から飛び降りて、国王の前に立つ。
「は、陛下?…冗談がきついぞ。あいつ、サーベルンの商人だろ?な、そうだよな、おっちゃん?前にイルマと一緒に、ヘルシナータに病気の奥さんを連れて来ていた…」
セシルは国王に問いかける。その中で出た固有名詞に、レスター達は驚愕する。そんな3人を横目に、国王はセシルにすまんのおといいながら、首をふった。
「実は儂、サーベルンの国王をやってたんじゃ。騙してて、すまん」
メンゴといった風に、手を合わせるおっちゃん改めサーベルン国王。
「はあ…?!」
セシルの口ががこんと外れんばかりに空いた。そして、そのまま目を白黒させて固まってしまう。
「あの…陛下、これは一体どういう…」
レスターが戸惑いつつも、口を開く。すると、国王はこめかみを指で掻きながら、首を傾けて照れくさそうに言う。
「実はな、儂、王妃が病気になった時に、診てもらいにお忍びでヘルシナータに行ったんじゃよ。5年ほど前、王妃が病に倒れて3ヵ月ほど療養していたのをお前達もしっとるじゃろう?あの時じゃ。医者にも匙を投げられて藁にもすがる思いでの。あそこは医学が発展しているじゃろう?本当はむこうから医者を呼びたかったんじゃが、昔に
レスターは半ばぽかんとした心地のまま、話を聞いていた。確か、5年ほど前、王妃が病で3ヵ月ほど空気の良い所に療養に行ったと聞いていたが、実はヘルシナータに行っていたなどとは知らなかった。ヘルシナータは500年前の反乱時に一度はサーベルンに取り込まれ消えた国家だったが、リトミナに度重なる戦の末取り返され、今は独立して共和制の国家になっている。しかし、親リトミナの国で国家元首もリトミナ王家の遠縁であるし、国民も未だにサーベルンをよくは思っていない。そんな国で、しかも王家の者がよく診てもらえたなあと、ぽかんとしたまま聞いていると。
「…じゃが、その時に運悪く、乗った船が海賊に襲われてしまって」
レスターは驚く。道中そんな危険な目に合っていたなんて。
「その時に丁度、乗り合わせていたのがセシルちゃんじゃったというわけじゃ。おチビさんだというのに、5分もせず海賊を一人で撃退してしまっての、あの時は驚いた。後で11歳じゃというのに、一人でリトミナからヘルシナータまで家出してきたって聞いてもっと驚いたものじゃ」
「家出」
11歳で海を渡ってまでした家出。レスターは思わず、セシルを見る。
「あーあれは…若気のいたりというか」
よっぽどの理由があったのだろうと憐れむ視線を送るレスターから、セシルはばつが悪そうに視線をそらす。カイゼルとお菓子を巡ってした喧嘩がヒートアップして、心配させて自分の行いを後悔させてやろうとして家出したなんて、そんなお子ちゃまな理由とても言えない。
「友達とお菓子を巡って喧嘩したことが、理由と知ってなおさら驚いたが」
「…ぶッ!」
セシルは思わず吹いた。他の3人からぽかんとした顔を向けられ、かあああっと顔を赤くする。なんで知っているんだ?かっこつけて「親と将来の進路の事で衝突して(キラーン)」と話したはずなのに。
「とにかく、その後セシルちゃんのつてで、医者を紹介してもらって王妃を無事見てもらうことができたのじゃ。おかげで今もぴんぴんして、毎日忙しく走り回っておるわ。…会いたいと言っておったが今日は隣国との先約があっての、最後までごねておったわ。しょうがないから、尻を叩いて追い出したがの」
国王は思い出しながら、おかしそうに笑った。しかし、呆然と自分を見るセシルに気づくと、真面目な顔になって居住まいを正した。
「…騙して悪かったの。いくらセシルちゃんでもリトミナ王家の者である以上、儂らがサーベルン王家の者じゃと知られるわけにはいかなかったんじゃ。それを利用するような子でもないとわかっておったが、許しておくれ」
「って事は、オレをリトミナの王家の者だって知ってたの?」
かつらもかぶっていたし、だまっていたはずだったのに。ばれる要素はなかったはずだと思いつつも、子供だったのでどこか抜けていたかもしれないとセシルは思い直す。そんな心を見抜いたかのように、国王は口を開く。
「実は儂もイルマも特殊な魔法を使えての、相手と目さえ合えば人の心が読めるんじゃよ」
「は…?」
「
「陛下っ!」
おそらくそれはこの国の機密事項だったのだろう。ノルンが遮ろうと声をあげるが、国王が手を出して抑える。
「だから、セシルちゃんが家出した理由はすぐに分かった。……まあ、リトミナ王家の者だという事や元セレスティンだっていう事と、実は女の子だっていう事はその時より前に、トーンの心を読んだ時から知っていたけれど」
「え!?」
「え?!」
セシルは驚愕する。レスターも別の意味で驚愕していた。父上がセシルの性別について知っていただと?国王は彼らを見ていたずらが成功したような、うれしそうな顔をした。
「それで、こうして呼んだのは、お礼をしたいからと思ってじゃ。セシルちゃん、わざわざ
国王は後でその医者から、セシルの養父と知り合いだった彼が連絡して、彼女が養父に家に連れ戻されたことを聞いたが。
「陛下、まさか、今回の誘拐って…」
彼女にお礼をするためだけに命じられたんじゃないだろうな。レスターはこの誘拐が、そんなことのためだけの理由で行われたわけがない、と思いたいが。
「そうじゃ♡」
しかし、陛下は悪びれる様子もなく、ウインクした。
「「「な…!」」」」
レスター達は絶句し、言葉を失う。
「お礼をしたいと思ってな」
「お礼って…わざわざお礼するためだけにオレを誘拐したのか?」
セシルは信じられないと思う。敵方の王家にお礼をするなんて難しいかもしれないが、直接会えずとも、偽名を使って手紙を送るなりやり方はあるはずだ。
「違う、誘拐がお礼じゃよ」
「は?」
何故誘拐がお礼になる?訳が分からず口を開けるセシルを前に、国王は真面目な顔で座りなおす。
「セシルちゃん、この頃マンジュリカのことで、気が休まることもなかったんじゃろう?」
確かにそうだが、それが誘拐とどう関係があるのか。
「そうでなくとも、お前さんは苦労人じゃ。なにかにとらわれず、自由に生きる機会をあげたいと思っての。マンジュリカのせいにして誘拐すれば、お主が世間的にいなくなったことになる。誰からも狙われず、何も気にせず生きられると思ってな。…初めて会った時から、おチビさんだというのに、逃げたい逃げたいってかわいそうなほど思い詰めていたからの。あの時の家出だって本当のところ、友達との喧嘩という口実を得たから利用しただけじゃったろう?ずっと力を貸してやりたいと思っていたんじゃよ」
「…つまり、お礼ってのは、オレを世間的に消して、自由に生きさせるということ…?」
「そうじゃ」
国王は頷く。理解が早いことにうれしい風だった。しかし、そんな国王に、セシルはわき上がる怒りを抑えられない。
「勝手な真似を!オレは別に、そんな気遣い頼んでなんかない!」
確かに、何もかも捨てて逃げたい、自由になりたいと思ったことは一度や二度ではない。だが、こんな形で自由になるのは、兄上やカイゼル達にどれだけの心配をかけるかわからない。しかも、まだサアラとのこともほったらかしである。それどころか、これがマンジュリカに対して変な刺激にならないとも限らない。
「お礼は頼んで貰うものではないじゃろう?」
「そう言う事を言ってんじゃない!」
人の心も考えないで。独りよがりなお礼に、怒りのままにセシルは叫ぶ。しかし、それに国王は少しもひるまず、姿勢を崩さず続ける。
「別に全部受け取ってもらえるとは思っておらぬ。…じゃが、少しの期間の間だけでも、これから先の自分の将来のことを考えてみてはくれんかの。自由な自分の将来のことを…。若い間は一度だけじゃ。本当にやりたいことを考えて、答えを出す機会を持つべきじゃよ…それでも国に帰りたいということになったら止めんが、何かやりたいことが見つかったら、その時は全面的に後ろだてをしてやろう。それがお礼じゃ」
「お節介じじい…オレの気持ちを知った風に」
セシルは拳を握りしめ、睨みつける。しかし、実際知っている(というか分かってしまう)国王は、セシルの中に受け入れたいという心の傾きを見つけ、優しい目で続ける。
「この国には、何か答えが出るまで、いつまでもいてよい。こっちにいる間の世話はラングシェリン家に任せるから」
「「「「はあ?!」」」」
急に振られた言葉に、レスター達は驚愕する。セシルも同様だ。
「何でオレがこいつらの世話に「なんで陛下の私情に我々がつき合わされなくてはならないんですか?!」
ノルンは、それまでは堪えてだまって話を聞いていたが、さすがに声を荒げた。その剣幕に思わずセシルは言葉を止めて、黙ってしまう。
「いいじゃないか、乗りかかった船のついでじゃろ?」
国王は、肘掛けに頬杖をついてあさってを見る。
「ついでって…そんなくだらない理由であんな危険な任務をさせられた我々が、なんでこんな化け物の世話までさせられなければならないんですか?」
ノルンは割に合わないと激怒していた。レスター達も同様だ。
「そうだよ!オレらあやうく死にかけたんだぞ!」
ロイもキレる。昨日の襲撃では一歩間違えれば死んでいた上、ロイはさらにリザントで魔物に殺されかけている。レスターも文句を言ってやりたい気分だ。王家の役に立つことだと思っていたから任務に勤しんでいたのに、こんなことのために動いていたなんて。そんな3人の心を読みつつ、国王は心の内を話す。
「5年前、儂は大切な家族を失いかけた。しかし、セシルちゃんのおかげで失うことなく、その後の幸せな時を過ごすことができているのじゃ。その間悲しいこともあったが、それでも妻と手を取り合って前を向いていられるのは、セシルちゃんのおかげだと思っておるのじゃ。その恩人が困っているだろう今、みて見ぬふりをすることができなかった…」
「……」
「お前たちにこのことを黙って任務をさせてすまなかった。この通り謝る」
国王は深々と頭を下げた。レスターはそれを戸惑いつつ見ていた。しかし、やがてレスターはロイとしかたないなと目を見交わし、苦笑する。もしも、陛下がその時妻を失っていれば、あの時の悲しみを乗り越えることもできなかったのだろうし。しかし、ノルンだけは納得のいかない顔をしていた。
「任務を命じられた陛下のお気持ちはよくわかりました。しかし、我々が彼女の面倒を見る理由にはなりません。陛下が隠れて見ればいいだけの話じゃないですか?」
レスターは忘れていた「面倒を見る」という部分を思いだし、あわててノルンに同意する。誘拐の理由は納得しても、この子をうちで面倒みるなんて危険で心休まらない事をするなんて、たまったものじゃない。誘拐の実行犯である自分たちのことを恨んでいるだろうし、なんたってラングシェリン家とリトミナ王家は犬猿の仲なのだし、いつ寝首をかかれるかたまったものじゃない。しかも、マンジュリカホイホイときた。
「そうだよ!なんでこいつらと一緒に居なきゃなんねえんだ!」
やっと言葉を発するタイミングを見つけたセシルも言う。こんな自身を誘拐した犯罪者どもの厄介になるなんて嫌だったし、何よりもあの人に似ていて実は違う存在だったレスターのそばに居るのが嫌だった。
「…最初はそうするつもりじゃったんじゃがのお…」
国王は困ったように視線をレスターの肩越しにやる。レスターがそれにつられて見れば、ユリナがいた。
「母上…!いつの間に」
「えへへ、お邪魔してます」
お邪魔してますって。にこにことして手を振るユリナに、レスターはもしやと思う。
「ユリナが昨日通信でセシルちゃんのことを嘆願しにきての。お前さんらよりも先に事情を話したんじゃが、そうしたらこの子の面倒をみると言ってきかないのじゃ」
やっぱり、とレスターはこめかみに手をやる。
「だって、よく見知った人に世話される方が、この子も安心するじゃない?」
「よく見知ったって、昨日会っただけですよね?」というつっこみは…倍返しで言い返されるから、しないでおこうとレスターは口を閉ざした。というか、昨日の夕方までセシルの処遇についてうるさかったのに、それから後ぷつっと無くなってやたらに機嫌が良くなってたから、原因はそれだったんだなと思い当たる。
「奥様…」
ノルンは眉間に手をやり、はあとため息をついたようだった。そんなノルンを見て見ぬふりして、ユリナはニコニコとしてセシルの手をとる。
「セシルさん、じゃあ早速うちに戻りましょう。とっておきのお菓子を用意してあるのよ」
「ちょっとユリナさん!まだオレ、この話納得してないよ!」
ラングシェリン家の世話になることは当然、このおせっかいなお礼自体受け取るつもりはない。セシルはユリナの手を振り払おうとするが、逆に引かれて抱きつかれてしまう。
「別にいいじゃない。そんなに深く考えないで、しばらくの間、旅行しているつもりでうちにいればいいんだから」
「そんな簡単な話じゃ…」
ないと続けて叫ぼうとしたのに、セシルはふくよかな胸に顔面を押し付け…押さえつけられて口を塞がれてしまう。
「……母上」
レスターは、何が何でもセシルにこの話を飲ませようとしている母を見ながら、どうやら説得は無理らしいと前を向いた。
「わかりました、面倒見ます…」
国王は、そのあとに心の中で続く「見りゃいいんだろ、見りゃあ」という投げやりな言葉を読みながら、苦笑いする。
「できるだけサポートはするから、後はよろしくじゃの」
ウインクして、へこっと頭を下げる国王。
「もう、勝手にしてください。…ああ、頭が痛い」
ノルンもこれ見よがしにため息をつく。
「もういい!オレ、帰る。リトミナに帰るから!」
その叫びにレスターが見れば、セシルがユリナの腕から何とか抜けたところだった。しかし、ユリナは後ろから抱きしめると見せかけて、ぎゅうと腕でセシルの首を絞めた。
「痛い、ユリナさん!首が、閉まる!」
「あら、ごめんなさい。返事が良く聞こえなくて耳を近づけようとしただけなんだけれど」
「絶対嘘だ!オレ、帰る、うぐう!」
セシルは、ぎりぎりと容赦なく締め上げられている。ユリナには武術の心得があるから、生半可な締め上げ方ではない。
「わかった、わかった行くから!行きますから!死ぬ、死ぬ!離してえ!」
セシルがついに根をあげた。合意の返事をとりつけたユリナは「そう、良い子ねえ」と、白目を剥いているセシルを片手で抱えたまま、なでなでしている。
「…セシルが奥様にあそこまで気にいられるなんて。不思議だけど、本人からしたら災難だな…」
ロイは憐れむような視線をセシルに送る。
「…だな」
レスターはロイに頷きつつ、何だかとても面倒くさい事に足を突っ込んでしまった気がして、先が思いやられる気がした。
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